第37話 おかえり
日課となった城の方角を眺める作業。
トクサはボーっとその方角を眺めていた。
村の中心部へ目を向ければ、もうほぼ完成した『天竜セト像』がたたずんでいた。
かなり大きなこの像を、この数日でここまで作り上げることができたのはウル村長の魔法のおかげだった。
そしてまた城の方角を眺める。
「・・・セト様・・・まだかな・・・」
大きな欠伸をして目をこすり、再びボーっと空を眺める。
いつもなかなか諦めきれなくて、なかなか窓から離れられないのだ。
やっと窓から離れようと思ったとき、目の端に黒い鳥が映った。
ついともう一度そちらを見やると、大きな鳥が村へ向かって飛んでくるのが見えた。
前にも同じように飛んできた鳥をセトと勘違いしてはしゃいで、後でかなり落胆した経験があるために、あまり期待せずにその鳥を見ていた。
しかし、だんだんと近づいてくるその鳥は徐々に大きくなり、もう鳥とは呼べない大きさだと気付いたとき、今度こそ確信をもって家から飛び出した。
「みんな! みんな!! セト様が帰ってきた!! 今度こそセト様だよ!!」
トクサはセト像をよじ登り、一番高い頭の部分に立って、もう完全に竜だと分かる影にむかって手を大きく振った。
トクサの呼び声に、もう畑仕事を始めていた村人も、やっと起きて家から出てきた村人も、学校に行く準備をしていた子供達も皆、セト像の周りに集まって飛んでくるセトを見上げた。
ウルテカも像の前に駆けつけ、同じように空を見上げる。
「セト様だ!!」
「帰って来なすった!!」
「すごーい!! ホントに天竜だ!!」
子供達はまだ天竜となったセトを見たことがなかったために、大はしゃぎだった。
そんな賑やかな様子は空からでも確認できて、セトは久しぶりに見る村の人たちの顔を見て、「グルルルッ」と満足げに喉を鳴らした。
いつの間にかできていた大きな自分の像を目印に、その手前に降り立った。
トクサとウルテカが真っ先に駆け寄ってきて、降り立ったばかりのセトの足にキュッと抱きついた。
『遅くなってすみません。 いろいろあったもので・・・』
ウルテカが顔を上げると、驚くことに泣いていた。
ギョッとして見ると、ウルテカは慌てたように涙を拭い、ニコッと笑った。
「おかえり、セト」
ウルテカに続くように村人達が「おかえりなさい、セト様」と大きな声で言った。
その言葉の温かさにうるっときたセトは、少し言葉を詰まらせてから、
『ただいま、みんな』
と言った。
ところでウル村長はなんで泣いたのだろうと、チラと見ると、それに気付いた彼は懐から一通の手紙を取り出した。
村の皆も村長が泣いたところなど見たことがなかったために、村長を泣かせた原因が気になって黙ってそれを見ている。
「これは数日前に城から届いたものなんだけどね。 ここにセトが攫われて安否不明って書いてあるものだから、心配で心配で仕方がなかったんだ。 セトが帰ってくることを楽しみにしている村の皆にはとても言えなかったよ。 でも・・・無事で本当に良かった・・・!」
また涙をぼろぼろこぼし始めたウルテカを慌てて慰めようと手を伸ばすも、この身体のままでは傷つけてしまうと思い、すぐに人間体になった。
「ウル村長、ほら、俺は大丈夫だったんだから! そう泣くなって! 村長としての威厳はどこにいったんですか」
困ったなと笑いながら背中をポンポンと叩いてやると、すまない と言いながら涙を拭った。
ホッとつかの間。すぐにトクサに後ろから抱きつかれた。
「うおっ!?」
驚いてつんのめると、トクサだけではなく子供達も抱きついてきた。
「セト様、そんな目に合っていたんですね・・・。 本当に無事でよかったです!改めて、おかえりなさい!」
トクサがこれ以上ないくらいの笑顔を顔に貼り付けて、俺を見てきた。
俺もそんなトクサの頭を撫でて、「ただいま」と言った。
「すごーい! お兄ちゃん天竜だったの!?」
「お城に行ってたの? お城ってどういうところ?」
「ルティ君も一緒に行ってたの?」
「お城っていっぱい竜様いるんでしょ?」
子供達からの様々な(主に自分とお城の)質問を受け、そうだよ とか簡単な説明をしてやったりとかしていると、村人達がそれをほほえましそうに見ているのが分かった。
止めてくれる気はないようだ。
やれやれと思い、子供達を自分から何とか引き離す。
「ほらほら! 皆学校はどうしたの?」
皆がハッとなって時計を確認した。
「うわっ!」
「やばいやばい!!」
「これ絶対遅刻だよ!」
と言いながらばたばたと駆け出したのを見て、俺は村の皆に「ちょっと行ってきます」と言うと、子供達の後を追った。
ルティと共に簡単に追いつくと、竜体になって子供達を風で背に乗せた。
「うわわっ!?」
「ぇえ!?」
突然セトが追いついてきて竜体になったことと、背に乗せられたことに驚いて、子供達はキョトンとしていた。
『学校まで送ってってやるよ。 遅刻しそうなのは俺のせいだしね』
数秒後にやっと現状を理解した子供達は、セトの背中で感動した。
「すげー!! 俺たち天竜の背中に乗って学校に行くんだ!!」
「いいの!?」
「夢みたい!」
ルティはまたちゃっかりセトの頭に乗って、気分良さげに「グルルルルッ」と喉を鳴らしていた。
もちろん姿を消す魔法はかけて、空へ舞い上がる。
高いところが苦手な子もいるだろうに、皆セトの大きな背中で楽しそうにしていた。
『怖くない?』
「全然!」
「だって天竜様の背中だよ!」
「落ちるわけないもん!」
信頼されているなあと思っているうちに、学校についてしまった。
『ほら、着いたよ』
グラウンドに降り立つと、子供達は名残惜しそうにセトの背から降りた。
セトに触れている間は子供達にも透明化魔法はかかっているため、離れた途端に姿が見えるのだ。
端から見たらグラウンドに突然子供達が現れたように見えるわけで…。
その様子を見ていた先生や子供達は、わけが分からず目を見開いてそれを見ていた。
もちろん、子供達は学校で天竜の背中に乗ったことを自慢げに話すだろうから、すぐに原因はバレるのだが。




