第36話 英雄
雨はすっかり上がって、太陽に良く似た天体が暖かな日差しを地上に注いでいる。
先程まで曇っていた暗い空が嘘のように、外はこれ以上ないくらいの晴天となっていた。
城下町の人々は雨が降ったことを心配していたが、上がった途端に家を飛び出して城門へと向かう。
城門の前にはすでに大勢の住民が集まっており、いつもは2~3人ほどしかいない警備の者も20~30人になって城門の周りを固めていた。
門の内側にはグランティス大王国が誇る竜騎士団が、団長ラルクを先頭に綺麗な隊列を組んで城の出口に立っている。
竜たちも姿勢を正し、騎士団の隊列の後ろにこれまた綺麗に並んでいる。
これだけの人数が城の周りに集まることは、大きな式典以外ではまずありえない。
しかし、今日はこの国の英雄であり、300年ぶりに現れる天竜(神竜と噂されている)セトがウルテカのいる村へ帰る日だ。
その情報はどこからともなく城下町に流れつき、今こうして城の前に城下町中の住民が集まって来ているというわけだ。
「こ、こんなにたくさん・・・。帰るって言ったの昨日の、しかも夜だよな?」
ルティに確認するように言うと、ルティもまた驚きを隠せない様子で頷いた。
『はい。 いくら城下町だからって、情報が広がるのが速すぎやしませんか?』
ルティは隣に立っているアーサーに目を向ける。
アーサーにも多くはないが魔力があり、ルティが城にいる間に話せるようになったのだ。
「わたしも驚いたよ。 使用人たちはほとんど城下町の人間だから、仕事を終えると家に帰る者も多いのだが・・・ 。一晩でこれほど広まるとは思っていなかった」
セトはてっきりアーサーがまた何か企んでいたのではないかと思っていたが、どうやら違ったようだ。
アーサーに続いてセトとルティが騎士団たちの隊列の真ん中を通って城から出てくると、城門の前にいる住民達がわっと歓声を上げた。
2桁にもなっていないような小さな子供から、100近いお年寄りまで、集まっている多くの住民がセトの名を呼んだり感謝の言葉を叫んでいたりした。
「いつの間にか人気者になってたみたいだな、俺」
それを聞いたアーサーはフフッと笑った。
「冗談はよしてくれ、セト。 貴方は最初から大人気だったろう?」
そうだっただろうかと思い返してみれば、確かにこの城に来たときから女性に囲まれるは力を狙われて攫われるわで大人気だった。
攫われたことはあまり嬉しくない記憶だが。
話しているうちに城と城門とのちょうど真ん中に来ていた。
そこは騎士団たちの隊列も途切れて場所が広く取られていた。
ここはセトが竜体になる所として用意された空間。
先導して歩いていたアーサーもその場から離れる。
すこし離れたところまで移動すると、彼は寂しそうな顔をして振り返った。
「・・・やはり・・・帰ってしまうのか・・・?」
その言葉を受けて、セトはやれやれと肩をすくめる。
魔力で身体を覆い、竜体になる。
気を付けて魔力は極力抑えたため、あのときのような真っ白い身体になることはなかった。
竜体になって目線がかなり高くなったところからアーサーを見下ろす。
『往生際が悪いですよ、王』
たしなめると、彼は残念そうに笑って そうだな と言った。
そして表情をキリッと王らしい凛々しい顔に切り替えると、大きく息を吸った。
「我らグランティス大王国を救った英雄セトよ、我々は貴方がまたここに戻ってくることを心から願っている。 我らが大神ガイアよ、しばし彼の安全を見守りたまえ」
住民達もそれに続いて唱える。
どうやらこれは旅人か何かに対して別れのときに使う決まり文句のようだ。
――― 言われんでも息子の世話くらいするわい ―――
微かに聞こえたのは、あの時の声だ。
しかしあの時とは違ってどこか優しげで楽しそうだった。
そのことにセトは不思議と安心感を覚えた。
(・・・この声は・・・俺の・・・父親なんだろうか・・・)
そんなことを思っていると、下からかなりの数の視線を感じた。
見ると、騎士団も兵士達も竜達も住民も、皆が笑顔でセトを見ている。
城の中からも同様の視線が送られているのがわかる。
『・・・皆、短い間だったけど、今までありがとう』
ペコリと頭を下げると、下からまたたくさんの声が湧いた。
「とんでもない!」
「世話になったのは俺たちのほうだ! ありがとう!!」
「セト様! またいらしてくださいね!!」
「ありがとう!!」
彼らを見て、温かいなと思った。
ここもあの村と同じくらい暖かい場所になっていたんだな。
『皆ありがとう。 俺はきっとまたここに戻ってくるよ。 そしたらまた町にも顔を出すよ。 そのときはよろしく頼む』
一際大きな歓声が上がった。
『じゃあ、また!』
一声天高く咆哮すると、セトは翼に力を入れる。
またルティはいつの間にか頭の上に乗っていた。
なるべく地上の人たちが風圧で飛ばされないように風魔法を駆使してそれを防いだ。
3回も羽ばたくとセトの巨大な体はもう上空へと浮かび上がった。
そこから下を見ると、城の周りにいるかなりの人がセトに向かって手を伸ばし、できる限りにその手を振っていた。
それを見て、一拍おいてからセトは村へ向かって羽を進めた。




