第34話 帰る場所
セトが誘拐された事件は、その日のうちに城下町中の人間に知られることとなり、次の日にはその周りの町にも広まっていた。
それと共に、グランティス王国を救った英雄、300年ぶりに現れた天竜セトは、実は神竜だという噂も徐々に広まっていった。
もちろんアーサーは各国の王や貴族にそのことについては口止めをしたのだが、人の口に戸は立てられないもので、あちらこちらからその噂がささやかれるようになったのは仕方がないことだった。
セトもあの場でバレた時点でいずれこうなることは分かっていたことで、特別驚きはしなかったし、大きな動揺もなかった。
(とはいっても、いい気分じゃないよな・・・)
城の中ですれ違う人たちにいちいち深々とお辞儀をされるし、今までキャーキャー寄って来ていた女子たちのあの興奮はどこへやら、今では遠目に顔を紅くしてセトをうっとりと眺めるしまつだ。
(静かになったのはいいけど、これじゃ逆に落ち着かない。 常に見られてるみたいでさ・・・)
大理石の大きな柱の後ろから、三人ほどの貴族の女性がこちらを覗くように見ているのを発見して、長いため息をはいた。
+ + + + +
「・・・・ということで、村に帰ります」
あの事件から一週間。
アーサーの部屋…つまり王の間に、セトとルティはいた。
城には一時的のつもりで来たわけで、こんなに長く滞在するつもりはなかったのだ。
それがたまたまお披露目会やら誘拐やらで村に帰るのが長引いてしまったのだ。
それはアーサーも承知していたはずなのだが、やはりここにきてあの我が儘が始まった。
「・・・どうしてもか?」
「どうしても」
「も、もう少しいたらどうだ?竜たちとはゆっくり話せたのか?」
この人もしょうがない人だなと思いながら、息を一つはいた。
『やっぱり引き止めるんですね、この人は』
ルティも呆れ顔だ。
「アーサー様? 俺は か・え・り・た・い んです!」
彼の目前まで迫って”帰りたい”ことを強く言った。
すると彼は少し身をひいて うーん と唸った。
この数日で、彼はセトに対してかなりくだけた感じのしゃべり方になった。
セトがそう頼んだためだ。
ウルテカがセトに対して敬語を使わないのに、その兄で王であるアーサーがセトに敬語を使うのはなんだか変に思われたのだ。
そのことを彼に言うと、最初こそ微妙な話し方だったものの、二,三日で今のような話し方になったのだった。
「し、しかし・・・」
「帰ります。 帰りますったら帰ります。 しかしもだっても聞きません! 俺は明日ここをルティと共に発ちます。 分かりましたね?」
もう有無を言わさずに言い切ると、流石のアーサーも黙って頷くしかなかった。
『…セトさん、なんかここ数日でアーサー様の扱いに慣れましたよね』
ルティが苦笑いで念話してきた。
俺は まあな と答え、ルティと共に王の間を後にした。
扉を閉めた途端、中からアーサー王が「セト殿ぉ~、行かないでくれぇええええぇ」と泣き喚く声が聞こえてきた。
「・・・ま、あのくらい言わないと帰してくれなさそうだったし、いっか」
『ですね』
二人でさっさとその場を離れ、部屋へと戻った。
そうして、ここを発つ準備を始めたのだった。
+ + + + +
「セト様、今日も帰ってこないですね・・・」
そのころ、村ではトクサがセトが城へ行ってから毎日のように城がある方角の空を見上げ、そう呟いていた。
帰って来ているウルテカも、トクサにならって毎朝城の方角を見つめるのだが、セトはなかなか帰ってこない。
村人たちはセトが天竜だと思い出したために、神様のような存在であるセトが落ちてきたところにセトの銅像を建てるなんてことを計画していた。
ウルテカはこの計画を いいんじゃない? で一発OK。
流石にこんなにあっさり通るとは思っていなかった村人たちは、いよいよ張り切ってデザインを考えていた。
そんな村人達も、思っていることは村長やトクサと同じだった。
(セト様、早く帰ってこないかな・・・)




