第32話 神竜降臨
ラルクや騎士、竜たちは、カスティの命令によるセトの攻撃をすれすれでかわし、なおかつ傷ついたルティを守り防御し続けていた。
「はあっはあっ・・・!」
だが、流石のラルクも息が上がってきていた。
セトの上級魔法の猛攻撃を受けて、未だに死者がいないのは奇跡と言っていいだろう。
しかし、ここにきてとうとう、全員の体力と魔力の限界がきた。
セトが放った風の刃が、その前の攻撃で体制を崩していたラルクに襲い掛かる。
「しまっ・・・・・!!」
容赦ないくらいのたくさんの鋭い風刃がラルクの鎧を、肌を、肉を切り裂いた。
「うあああぁぁ!!」
派手に吹っ飛び、ラルクは倒れた。起き上がろうともがくが、力を失ってガクッとそのまま地に倒れる。
騎士達は団長と叫びながら彼の元へ駆け寄る。
そんな彼らをカスティは笑いながら見ていて、次はどんな攻撃を仕掛けようかと考えていた。
すると彼の目の端に、先程まで騎士や竜たちに守られていたルティが立ち上がるのが目に入った。
「わお、ビックリ。 君まだ動けたの?」
セトの手の向きをルティに合わせた。
少しばかり動かしにくかったのは気のせいだろうか? と思ったカスティだが、今はこの神竜の相棒である天虎を自らの手で攻撃させるというシチュエーションに心を躍らせていた。
『セトさんを解放しろ!!』
何とか立ち上がったルティが、精一杯の思いで放った念話だった。
それをカスティは見下すようにフンと鼻で笑い、セトに命令を出した。
「やめっ・・・・・!」
セトが声を出した…と同時に、無数の風刃がルティに向けて放たれ、ラルクと同じように切り裂かれた。
倒れたルティの白が、徐々に紅く染まっていく。
「そんな・・・ルティッ!!」
・・・ドクン・・・
セトの体内で、”何か”が波打つ。
「あんたにはホント驚かされるよ。 まだ僕にはむかうだけの気力と精神力があったなんてね。 まったく、操られているってのにたいしたもんだよ」
セトが声を出したことで、セトが今頃になってカスティに抵抗したと感じたのだろう。
しかし、まだセトの魔力が徐々に上がっていることには気が付いていない。
・・・ドクンッ!・・・
セトの中で、”何か”が先程よりも大きく波打った。
セトがまだつながれていた両腕の拘束を力ずくで解いた。
カスティは唖然としてセトを見ている。
己の身体の中でどんどん大きく膨らむ”何か”が怖くなり、セトは自分自身の体を自由になった両腕で抱きしめる。
――― 我が息子よ ―――
念話じゃない、身体の中から直接響いてきたその声に驚き、誰もいないと分かっていながらきょろきょろと辺りを見てみる。
――― 我が息子クロノスよ・・・。 今その身体の第二の封印、解いてやろう ―――
え、と思う間も無く、身体の中から今まで以上の・・・今までの何百倍もの魔力があふれ出るのを感じ、慌てて制御した。
(・・・なんだ・・・!?)
突然の出来事で頭がついていかない。
混乱していると、また声が聞こえてきた。
――― 大切な・・・守りたいものが今目の前にいるのだろう? ―――
誰とも分からないその声に、セトはコクンと力強く頷いた。
すると身体にあったおかしな気配はフッと消えていなくなった。
キッ と、呆然とたたずんでいるカスティを睨みつける。
カスティはビクッと震え、震える手でピィーと指笛を吹いた。
すぐに彼の部下のダニエラとノヴェルが彼を守るようにセトの前に立つ。
「なんで・・・。 さっきまで僕の操り人形だったじゃないか・・・。 それがなんでここにきて突然きかなくなるんだよ!!?」
つい数秒前までルティやラルクたちが傷ついてゆくのを楽しんでいたくせに、自分の思い通りにいかなくなった途端これだ。
セトはまず、カスティを守るように自分の前に立ちはだかり、すでに詠唱を唱えている二人の足を切断しない程度に風で切る。
当然立っていることなどできず二人は倒れ、詠唱も途切れた。
痛みで呻いているために、よほどの精神力がなければ彼らはもう詠唱などできない。
カスティも詠唱を唱えていたが、彼の口の中に風を固定して口の中の自由を奪う。
そうしてから、ほとんど紅に染まったルティの元へ駆けつけ、出血した血をルティの身体に戻し、治療した。
気を失っているが、もう大丈夫だろう。
ラルクの元へ行き、同様に治療した。
終わってから、カスティに向き直る。
彼は詠唱ができないために、自身の契約竜たちを呼んでいた。
十頭以上はいるカスティの契約竜は、どれも大きさや魔力が普通の固体よりも増幅されており、やはり理性はなかった。
『王、あやつらは我らにお任せを』
ギルバートがセトにそういうなり、横を駆け抜けて相手の竜に飛び掛って行った。
他の動ける竜たちも後に続くように飛び掛る。
ロキは自分は必要ないと判断したのか、セトの傍らに来て伏せの姿勢をとった。
『おかえりなさい、王。 真名をまだお教えしていませんでしたね。 私の真名はロクトノスです』
ロキはニコッと微笑んで真名をセトに教えた。
「確かに、受け取った」
セトも笑顔で返す。そして、なかなか苦戦を強いられているギルバートたちを見て、手っ取り早く終わらせて早く帰りたいと思い、竜化する。
いつもよりも力がみなぎってくるように感じる。ふと視線を感じてロキに目を向けると、ただでさえまるい瞳を本当にまん丸になるくらいに見開いて、パカッと口をあけて俺を見ている。そして視線を下に向けたことで気付いた。
(…俺…白くね?)
視界に入ってきたのは一点の穢れもない白。おどろいて魔力を少し抑えると、元の黒い色に戻った。なるほど、魔力が一定量を超えると白くなるらしい。しかし、今までは別に魔力を抑えなくても黒のままだったというのに、いったいどうしたというのだろう?あの声は封印がどうのとか言ってたけど…。
黙りこんだ俺を、ロキは心配して念話を伝えてきた。
『王、どうなされたので?それに先程の白いお姿は…』
『な、なんでもないよ。さあ、あのくそ生意気なカスティを懲らしめてやろう!』
努めて明るい調子でロキに言い、自身も敵の竜を倒しにかかる。
とはいっても、もう半分以上はギルバートたちが倒してしまっていて、残った竜たちもすでにボロボロだったために、勝敗はすぐに決まった。
眼前に倒れる自身の契約竜たちを見て、カスティはグッと唸った。
『観念しろ、カスティ。俺を散々好き勝手しやがって!!』
念話を伝えると同時に「グルルルァアアアアァァァ!!!!」と叫んでやったら幼い彼は目に涙を浮かべた。
「ひぃい…!?」
世界制服だと意気込み、大人二人を部下にして、果てには神竜をも巻き込んで威張りくさっていたカスティは、もはやただの子供となっていた。
そんな彼に向けてセトは鋭くとがった棘がたくさん付いている自身の尻尾を、カスティの脳天めがけて振り下ろす。
ドォォオオオオオオン…!!
尻尾の先はカスティの前髪をかすり、彼の足元に落ちた。しかし彼は恐怖のあまりに気を失い、そのままばったりと倒れた。
セトはやっと、カスティの呪縛から解き放たれた。




