第30話 セトの危機
洞窟の外は実験施設のような場所になっており、いくつかのシンプルな外見の建物が立ち並んでいた。
そのうちの一つに、セトたちはいた。
怪しげな液体や植物。
動物、魔物のホルマリン漬けのようなものが入ったカプセル。
異様な臭いを放つ何かなど、いろんな得体の知れないものが壁一面にずらりと並ぶこの部屋の真ん中の台の上に、セトは寝かされていた。
・・・もちろん無理やりに。
「おい! ちょ、これ解けって!!」
自分に背を向け、鼻歌を歌いながら作業をしているカスティに呼びかけてみても、振り向きもしない。
そしてなんとか身体と台とを縛っているこのロープから抜け出そうとするも、やはり首輪のせいでうまく力が入らず、どうしようもない。
俺は、かなりあせっていた。
それもそのはず。
だって自分が今横になっているここは実験台の上。
実験台ですることといったらただ一つ。
・・・実験だ。
分かりきっている。
こんな身動き一つ取れない状態で何かされても、俺は全く抵抗することができない。
それが怖い。
(ちっくしょう・・・!)
カスティがくるりと振り返った。
・・・右手に薄紫色の液体が入ったビーカーを持って・・・。
いよいよやばいと思った。
「ちょ、待った! お、落ち着こう! 話せば分かる!」
カスティはクスッと笑って歩み寄る。
「落ち着くのはどっちさ」
そんなことは分かっている。
明らかに、動揺しているのは俺のほうだ。
いや、問題は、その液体で何をするつもりだ!?
冷や汗が流れる。
心臓が大きく波打つ。
口の中も乾いてきた。
「な、何をするつもりなんだ、いったい? お前は俺を攫ってまで、何をしたい?」
カスティは ああ、そのことか というと、ビーカーを持ったままニッと笑い、こう言った。
「世界征服!!」
「・・・はあ?」
思わず、そんな声が出てしまった。
だって今日び、大真面目に世界征服とか・・・。
しかし、カスティはそんな俺の答えなど気にもしていないようで、目をキラキラ輝かせて言う。
「だってさ、世界を手に入れられたら、すごいと思わない!? 自分の思うがままに世界を操れるって、とっても魅力的!! ・・・それに、そうしたらもう、僕を殴る人も居なくなるよね? 本当のパパとママも僕を捨てたりしないよね? 僕はもう一人にならないよね?」
なんだか後半、カスティの声の調子が落ちて・・・・彼の闇を見た気がした。
何も言えずに彼を見ていると、暗くなった彼の顔がパッと明るくなり、またはしゃぐように俺に言った。
「で! そのために神竜の、あんたの力が必要なのさ!!」
「…俺の?」
カスティは答えず、俺の首輪に薄紫の液体を垂らした。
「ちょっ!?」
何を、と言おうとして、首元に全く液体がかかってこないことに気が付いた。
不思議に思っていると、そんな俺の表情を見て、カスティが解説を入れてきた。
「あぁ、これね、あんたからは見えないだろうけど、今この液体をあんたの首輪に吸収させてるんだよ」
吸収?
・・・つまり?
「?」
分からない。
首輪にその液体を吸収させて、どうするってんだ?
そもそも、その液体はなんだ?
カスティが、液体を注ぎ終わったらしい。
ビーカーを台の端に置いた。
「まだ分からないよね。 実はこれね、魔力操作薬なんだ!」
ジャーンと言いながら腕を大きく広げて見せた。
しぐさは可愛らしいが、言ってることはとんでもない。
(魔力操作!?俺の魔力をか? ・・・でも、魔力を操作されたからといって別に・・・。 逆に魔力が大きくなったらこいつらから逃げられるかもしれない!)
と思ったのもつかの間。
カスティの次の言葉で俺の思考は真っ白になった。
「あんたの魔力を操作できるってことはさ、あんたから魔力を吸い取ることもできるし、あんた自身を操作することも可能だってことでしょ!! もう最っっ高!!」
(待て待て待て・・・。 魔力を吸い取ることは分かる。 だが、おれ自身を操作できるってのはなんだ!?)
カスティがそんな俺の考えを呼んだかのように言う。
「はあ、ホント、竜の力の源が魔力でよかった! しかもそのことにほとんどの竜が気付いてないことも幸いしたよ。 おかげであのサラマンダーも上手いこと操作できたし! ・・・神竜を手に入れた僕って最強じゃん!」
カスティは一人ではしゃいでいるが、俺の心境はごちゃごちゃだった。
サラマンダー・・・は確か竜だよな?
・・・上手いこと操作できたってことは、竜を魔力で操れることは実証済み・・・ってことは・・・俺もこれから・・・・。
「・・・出せ・・・」
恐怖から、冷静な判断が鈍ってきているのは自分でも分かった。
「早く俺をここから出せ!!」
カスティは突然暴れだした俺を意地の悪い笑みを浮かべて見ている。
「くっそ・・・!! 解けよ! このロープ!!」
体内で押さえられている魔力が出口を探して渦巻く。
セトの身体から少しずつではあるが魔力が漏れ出し、角や鱗が出てきたところを見て、カスティは驚きの表情を見せた。
「驚いた。 流石神竜といったところかな? こんなに強力な魔力封じの結界を張った首輪をしているのに、魔力が漏れ出るなんてね」
言いながら、カスティは自身の魔力をセトの首輪に向けて放った。
すると、暴れだしていたセトの魔力は一瞬にして収まり、角や鱗も引っ込んだ。
「・・・・!?」
急に力が抜けたことに驚いたセトは、わけが分からず目を瞬かせている。
「ね? 言ったでしょ?」
カスティは楽しげに、満足げにそう言った。
その笑顔を見て、俺は絶望を覚えた。
+ + + + +
『あれじゃないですか!?』
ルティが叫んだ。
皆ルティの見つめる先に目を凝らすと、頷いた。
「ああ、きっとあれだな。 皆! 準備はいいか!?」
ラルクの言葉に皆頷いた。
そして、見えた施設に向かってスピードを上げた。
施設が目の前に迫り、あと少しというところで、一行の前にワイバーンよりも大きいグリフォンが三頭躍り出てきた。
一行は驚いて急停止した。
「な、なんだ!?」
『団長、こやつらはグリフォンです。 ですが・・・普通のサイズよりもやはり大きいですね』
ワイバーン、ギルバートが答えた。
普通よりも大きいということは、こいつらも黒マントの差し金だ。
一行に緊張が走る。
ラルクの背後で、剣を抜く音が聞こえてきた。
ラルクも剣を抜き、かまえる。
「ギョァアアアア!!」
耳障りな鳴き声を発して、三頭いっせいに飛び掛ってきた。
ワイバーンたちがそれを迎え撃つ。
速さでは、ワイバーンのほうが勝っていた。
翼を掴み、羽ばたかせなくしてやり、地面に叩き落す。
そこへ地上部隊のリンドブルム達が飛び掛り、喉めがけて噛み付く。
二頭まではそうして倒したが、残りの一頭がなかなかそう簡単にいかなかった。
ワイバーンたちの攻撃を華麗にかわし、炎を放つ。
その炎をよけた先にいる竜たちに向かって続けて雷を放つ。
どれも決定打にはならなかったものの、じわじわと体力をそがれるような攻撃の仕方だった。
竜たちはついに怒り、その速さを生かしてグリフォンを円形に取り囲み、一気に火球を放った。
これにはグリフォンもたまらず、よけきることができずに火達磨になりながら地上へと落下した。
『はあ・・・はあ・・・。 ・・・今の一頭だけ、変に訓練されているような戦い方でした・・・』
ギルバートが疲労した様子でラルクに言った。
ラルクも頷き、少し何か考えるように手をあごに当てていたが、すぐに「行こう」といって目前に迫っている施設へと向かった。




