第28話 捕らわれの竜
何度目か分からない気絶から目を覚ますと、牢屋のような場所に俺はいた。
辺りを見渡すと、牢屋の中には申し訳程度の簡単な藁を敷いただけの寝床しかなかった。
鉄格子の下の隙間から、パンと牛乳が差し込まれていた。
何があったんだっけと身体を起こすと、ものすごい気だるさを感じた。
首に違和感を覚え、手を当ててみると、どうやら鉄製の首輪がはめられている。
これではまるで犬じゃないかと思ったが、急に空腹を感じて目の前のパンに手を伸ばした。
食べながら、徐々にさらわれたときのことを思い出した。
(情けねー。 何が神竜だよ。 簡単にさらわれちゃってさ・・・)
自嘲気味な笑みを浮かべながら、コップに注がれている牛乳を飲み干した。
少しぬるくなっていたが、渇いた喉にはありがたかった。
(さて、ここはいったいどこだろう?)
今一度、辺りを見渡してみる。
牢屋の中にはやはり寝床代わりの藁が敷いてあるだけで、あとは何もない。
鉄格子の外はというと、この牢屋はどうやら洞窟の中に作られたもののようで、目を凝らしてみると洞窟の入り口が重そうな鉄の扉でふさがれており、現在ここは真っ暗だった。
脱出を試みて、魔力を出そうとしたが失敗に終わった。
原因は、どうやらこの首輪のせいのようだ。
魔力を無理やり抑えられている感じがして、思ったように力が出せない。
本来であればこんな鉄格子、簡単に捻じ曲げることができるのに。
立ち上がって天上を見上げてみるも、すぐに洞窟の岩肌が見えただけで、なんの希望も見出せなかった。
その上、足には重りがついており、魔力が抑えられている今の状態では、少し歩いただけで疲れて倒れてしまう。
(ったく、なんだって俺をさらったんだ? 何が目的だ?)
考えていると、ふと、目に光が飛び込んできた。
入り口の方を見ると、一人の人間がこちらに向かってくるのが見えた。
逆光でなかなか顔が分からなかったが、だんだんとハッキリしてくるその顔を見て、身震いした。
「お、お前っ・・・!!」
「ああ、起きていらしたのですか」
鉄格子の前まで来た黒い衣装に身を包んだその人物、ノヴェルは、以前俺の角を触った執事その人だったのだ。
「なんでお前がここに? ・・・まさかお前、俺をさらったやつの仲間だったのか?」
ノヴェルは頷く。
信じられない思いで彼を見た。
すると彼はさも面白いものを見たかのように目を細めると、鉄格子の隙間から手を伸ばし、俺の首輪を掴んで自分の方へと引き寄せた。
「ひっ…」
情けない声を上げると、ノヴェルはクスクスと笑って言った。
「あなたは不思議に思っているのでしょう? 何故私があの時貴方にあんなことをしたのかと」
俺としてはあれは忘れたい記憶だったために、目を逸らして「さてなんのことでしょう?」ととぼけてみた。
ノヴェルはそんな俺をさらに自分の方へ引き寄せた。
(近い近い近い!!)
抵抗を試みるも、ほぼまったくと言っていいほど力が出せないこの状態で、それは無駄な足掻きだった。
ノヴェルはもう片方の手で俺の頬をさする。
背中に悪寒が走り、必死に腕を突っ張っているがあまり意味を成していない。
「それはですね・・・。 一目見て、貴方を気に入ったからです。 カスティ様の意見に賛成したのも、対象が貴方だったからですよ」
貴方だったからですよって言われても・・・。
セトは未だに抵抗を続けている。
ノヴェルはセトの頬をさすっていた手を、徐々に角がある位置へとあげていった。
「や、やめっ・・・!!」
予想はしていたセトだが、今は身体が動かないために逃げることができない。
顔をそむけたところで、距離を稼いだだけだった。
そうして遂に、ノヴェルの指がセトの角に触れた。
「ぅあ…ぁ…」
突っ張っていた手から力が抜け、冷たい床に頭をつける結果となった。
ノヴェルの手はそのまま角を包むように角を覆った。
「たの…む…から……っ……は…放して……!!」
背中に電気が走っているかのように、おかしな感覚が続く。
目の前に火花が散るようだ。
それに耐えることができず、懇願するようにノヴェルに言った。
ノヴェルはというと、そんなセトを愛しい者のように見つめていた。
なんて美しいのか、と。
倒れたこの美しい神竜は、自らの手の中で悶えている。
そして潤んだ瞳で自分を見て、止めてくれと懇願している。
ノヴェルはその状況に舌なめずりをした。
セトはというと、もはや意識が安定しておらず、ただただ目の前の男に止めてくれと言うしか術をもたなかった。
「…やめ…っ…あぁ……」
意識がまた飛びそうになったところで、洞窟の中に子供の高い声が響いた。
「ちょっとノヴェル! この変態、僕の神竜から離れてよ!」
するといままで触れていた手がスッと離れた。
「申し訳ありませんでした、カスティ様」
セトはくたくたになって、このまま眠ってしまいたいと思い、倒れたままでいた。
しかし、ノヴェルよりも一回りも二回りも小さな手が、再び首輪を掴んで持ち上げた。
「ねぇ、起きたんなら声かけてよ。 僕が最初にあんたとお話したかったのに」
そんなこと知るかと瞼をうっすらとあけると、そこには11,2歳くらいの男の子がいた。
まだ幼さの残るその顔を、不満そうにぷくっと膨らましている。
しかし、なかなか反応を示さないセトを見て、今度はノヴェルに向かって言った。
「ちょっと、僕の神竜で何してたのさ! 角を触って、もしまた気絶したらどうしてくれるのさ」
「しかし、さすが神竜と言うだけあって、普通の竜のようにすぐに気絶することはありませんでしたよ?」
ノヴェルの話を聞いて、カスティはくるりとセトに向き直り、ふーんと笑みを浮かべた。
セトはしかし、すでに意識が半分飛んでいるような状態で、彼らの話はほとんど聞こえていなかった。
「ま、いいや。 追手は今んとこ、上手いことひっかかってくれてるみたいだし、まだ大丈夫っしょ!」
カスティはそう言うと首輪を放し、ノヴェルを連れて洞窟を出て行った。
再び、洞窟の中は暗闇に包まれた。




