第27話 反乱再び
会場は騒然となっていた。神竜セトが、ほぼその中心で何者かに攻撃を受け、気絶させられたのだ。その何者かは今、セトの頭をつかんでセトの顔を覗き込んでいた。
「ふーん。これが噂のセト様?へぇ、思ったよりも随分いい男じゃん」
黒いマントを身に着けて、フードを深くかぶっているその人は、唯一見えているその口元ににやりと笑みを浮かべた。首輪のようなものをつけられてから動かなくなったセトを見て、竜たちは怒りをあらわにしたすさまじい形相でその黒い人を睨みつけている。
ルティはセトが襲われた直後にその黒い人に向かって飛び掛ったが、何の魔法か、地面に叩きつけられてしまってから少しも立てないでいた。王族、貴族はまだ動揺していて、おろおろと辺りを見回していた。そんななか、アーサーただ一人がそのセトと黒い人の元へ一歩踏み出した。フレイムも、もう透明魔法は解いており、アーサーの後に続いた。
「…セト殿を返して貰いたい」
その静かな怒気を含んだ一言で、会場が一瞬にして静まった。黒い人はセトにつけた首輪を持って立ち上がると、ゆっくりとアーサーの方を向いた。
「嫌だ…と言ったら?」
面白そうに言った黒い人を、アーサーは無表情で見つめ返し、サッと右手を上げた。
途端、会場のあらゆる扉、物陰から、大勢の騎士兵士、竜が飛び出してきて、黒い人に鋭くとがった獲物や爪を向けた。
それを黒い人はぐるりと見回し、ヒュゥと口笛を吹いた。続けて、こんな絶体絶命の状態だと言うのに、黒い人はケタケタと笑い出した。
アーサーは黒い人をキッと睨み、怒鳴った。
「何がおかしい!!」
黒い人は腹を抱えて笑った後、「だってさぁ」といいながら、右手につかんでいるセトの首輪を引っ張って、セトの身体が自分の前に来るように持ってきた。
「僕がこうしたら、どうするの?」
これにはアーサーも含めたその場にいる全員がグゥと唸った。黒い人はその様子を楽しんでいるようで、また笑い出した。
「ほらほら!攻撃してきなよ!!大事な大事な神竜様と一緒に、僕を串刺しにしてごらんよ!!」
あははははははと無邪気に笑い、セトを自身の前に掲げたまま、黒い人はその場でフワと浮いた。そしてそのまま、左手を天上に向けてレーザーのような光線を放ち、開いた穴から出て行った。
「じゃあね~」
ルティはその様子をただ見ていることしかできず、魔法が解けると共に立ち上がって、大きく吠えた。
「ガァオオオォォォ!!!!!」
しかしその声はセトに届くことはなかった。竜たちも悔しそうにたった今黒い人が出て行った天上の穴を睨みつけている。
「…大変なことになった…」
アーサーや他の国王たちは青ざめた顔でなにやら話し合っていた。
そこへ、会場の扉が荒々しく開かれ、一人の使用人が真っ青な顔で駆け込んできた。何事だとアーサーが問うと、使用人はその場でひざを付き、震える声でこう伝えた。
「じ、城内に内通者が…!!一人は執事のノヴェル、もう一人は三大貴族の次女、ダニエラ=ラティーヌです!!二人は会場からセト様をさらった黒マントの者と共に、城から抜け出し、現在逃亡中です!」
皆一斉に、ラティーヌ家の方を見た。彼らはと言うと、使用人以上に青ざめた顔をしていた。
「おい!どういうことだ!?」
一斉に詰め寄られて、ラティーヌ家代表として来ている当主レイムと、その妻ヴァネッサは何がなんだか分からない様子で首を横に振るだけだった。
「な、なんであの子が…」
「信じられない…」
周りの音など聞こえていないかのように小さな声でぶつぶつと呟いていた。
アーサーはというと、すでに追跡の命令をラルクたちに出しており、会場から続々と騎士や兵士が出て行った。
「なんとしてでもセト殿を助け出せ!!」
他の王族や貴族達も、連れてきていた竜に追跡を手伝うように指示を出していた。
「セト様をあんな輩に好きにさせてたまるか!」
ルティもラルクたちを追って会場を出た。
城内部はパニック状態だった。内通者の二人が城を出る際に派手にあばれていったおかげで、通路には死傷者多数が転がっていた。そのせいもあって、なかなか外へ出られず、無駄な時間を使った。
「やつら、すべて計算してやがったな…!!」
ラルクは苛立つ気持ちを押さえて先に進もうとするが、うっかり人を踏んでしまいそうで、思うように進めない。そんなラルクの元へ、ルティが駆け寄ってきて、ひょいとラルクを背に乗せた。
『しっかりつかまっててください』
ラルクは驚きつつもルティの背にしがみつき、ルティはそれを受けて羽を広げ、人が転がっている通路を一気に突破して外へ出た。
「ありがとう、ルティ。しかしやつら、どっちに行った?」
ラルクがきょろきょろと辺りを見回すも、それが分かるような痕跡は残されていなった。
『こっちです!』
鼻をひくつかせてルティはそう叫んだ。ラルクが「よし頼む!」というと、ルティは了解したというように大きく跳躍し、そのまま空に舞った。
遅れて城から出てきた竜や騎士、兵士たちは、ルティにまたがったラルクを見て、その方向へと駆け出し、飛び出した。
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「こんなにうまくいくとは思ってもいなかった!」
黒いマントを身につけた彼は、魔法で作った檻に入っているセトを見て高らかに笑った。その後ろに続く元執事ノヴェルと三大貴族の次女ダニエラは少し不安そうな表情を見せた。
「あの、カスティ様、本当に良かったのでしょうか?」
カスティと呼ばれた彼は、ダニエラを睨んだ。ダニエラはひっと肩を震わせた。
「僕になんか文句あるの?」
「ぁ、ありません…。申し訳ありませんでした…」
ダニエラが引っ込んだのを見て、カスティはフンと鼻を鳴らすと、ノヴェルを見た。
「お前もなんか言いたそうだな?」
ノヴェルは少し黙った後、遠慮がちに言った。
「…セト様が神竜だとわかっていたのですか?」
カスティはニヤッと笑うと、「いいや、さっき初めて知った」と言った。
ノヴェルはそれを聞いて「え」と言った。
「力が強けりゃ、何でもいいんだよ。天竜だと思っていったらまさかの神竜!!とんだ儲けもんだよ!!僕はついてる」
軽く言ってのけたカスティを、ダニエラとノヴェルは不安げな顔を見合わせた。彼らが心配しているのは、追っ手のことだ。神竜がさらわれたとなれば、グランティス大王国の同盟国だけではなく、他の強国も手を貸すだろう。あわよくば、セトを自国に引き入れようとして。
カスティももちろんそんなことは分かっていた。分かっている上での行動だった。
「たとえ世界中が僕らに向かってきたとしても、僕らがやろうとしていることを実現させたらかなう奴なんていないさ」
「カスティ様、神竜の力を、我々はまだ知らないのですよ?」
ノヴェルが忠告するように言っても、カスティは大丈夫だと言って笑った。
「だって見てよ!僕が作ったこの魔力封じの首輪!これつけた途端この神竜は気を失ったんだよ!!完璧じゃないか!」
二人の心配をよそに、カスティは一人、鼻歌を歌った。




