第25話 竜、町へ
ぽかぽかと暖かな日差しが照っており、気持ちのよい風が頬を撫でていく。
そんな絶好の散歩日和に、セトとルティは町へ繰り出していた。
・・・護衛といういらないおまけつきで・・・。
ここグランティス王国の象徴色は白で、王国に属する兵士や騎士は皆、白地に金の装飾が付いた軍服を着ている。
どの国からも、清潔感があふれるようですばらしいと評価を受けているこの軍服だが、セトを護衛するのには不向きだった。
セトはいつも黒を基準とした和服に似た服を着ており、自身の黒髪と瞳の色によく合っていた。
普段ならば黒という色はたいていの場所では目立たない色なのだが、周りを白で固められているこの状況では・・・逆にかなり目立っていた。
横にルティもいるから、なおさらだった。
「あら・・・? あの方はもしかして・・・」
「全身真っ黒ね・・・。 ん? 黒・・・?」
「見てあれ! 天虎じゃないかしら!」
白の外側からの視線が、痛いほど伝わってくる。
なるべく気にしないように、セトは前を向いてただ目的のお店へともくもくと足を進めた。
そもそも何故セトがこの城下町に出てきたかというと、明日に控えている自身のお披露目会のためだった。
生憎セトはついこの間ここから山を幾つも越えたところにある村から飛んできたわけで、服など村にいる頃からあまり買ったことがなかった。
そのため、いうまでもなくそういったパーティ用の服なんて持っていなかったのだ。
それをつい先程思いついてアーサーのところへ相談しに行ったら、買ってきてやるとか言われたのに対し、自分の服は自分で選ぶと言った結果がこれだった。
「なんでこんなに護衛が必要なんだよ・・・」
呟くと、10人はいるだろう護衛のうちのセトに一番近い一人が答えた。
「セト様はこの国にとって大切な救世主様でありますから」
それを聞くと、セトは不服そうに眉を寄せた。
「だからって、こんなに人数必要? 俺一応竜だよ?」
しかし護衛たちはいいえと首を振る。
「いくらセト様が何万もの反乱軍を一瞬で蹴散らせるような力を持った強力な天竜様でも、人間体のままでは竜体のときよりも力は劣るはずです。 流石に今のセト様でも我々では歯が立ちませんが、万が一という場合がございます。 セト様はもう世界中にその名が知られつつある300年ぶりの天竜なのですよ? もう少し自覚を持っていただきませんと」
はいはいと曖昧な返事をして、彼らが護衛を止めるのを諦めた。
『お堅いですねぇ。 セトさんだけじゃなくて僕もいるのに・・・』
『なー。 こんなこと言うのもあれだけど、人間体のままでも魔力を抑えることを止めたら普通に竜体時と同じくらいの魔力つかえるんだが・・・。 あれか? 天竜じゃない竜はそうなのか? それとも人間は俺たち竜が人間体時は竜だとばれないように魔力をわざと抑えていることを知らないのか?』
『さあ・・・』
護衛にこれ以上何か言っても無駄だと思い、ルティとだけ念話をした。
ふと目線をあげると、目的の店が見えてきていた。
看板には”copia”と書いてあった。
店に着くころには、俺たちの周りには人だかりができていた。
どうやら、俺が例の天竜だということが徐々に広まっていったらしい。
年齢層や性別は実に幅広く、腰の曲がっているおばあさんもいれば、棒つき飴を舐めている小さな子供まで様々だった。
だが、どうにもやはり女性の数が多いのは、俺のルックスのせいなのだろうか。
城に来てから、やたらと女性が寄ってくるために、アーサー王のところへ行って「俺ってそんなにイケメン?」と聞いたら、困った顔をされて鏡を目の前に突き出されたのだ。
自分の顔をじっくり見たのは、あのときが初めてだった。
そして自分で自分の顔を見て恥ずかしくなるぐらいの、美形だった。
それにしても、あのアーサーに呆れられた顔をされたのには腹が立ったため、部屋を出る間際に彼の服を魔法で全部脱がしてやったのを覚えている。
人が多すぎてなかなか店の中に入れないために、護衛の人たちが人を掻き分け掻き分け、なんとか入り口までたどり着いた。
(今度来る時はルティと二人だけで、透明魔法でもかけてこようかな・・・)
店の中は綺麗で、奥にカウンターが一つあって、手前に見本のドレスや燕尾服などが置いてあった。
セトは早速カウンターまでルティと歩いていき、ベルを鳴らした。
カウンターの後ろの扉から、「はーい、少々お待ちくださいねー」という女性の明るい声が聞こえてきた。
数秒待つと、扉が開いて頭に黄色のバンダナを巻いた元気なお姉さんが出てきた。
・・・なんとも、この店に不釣り合いな女性だった。
思わず、「おぉ・・・」なんて口に出してしまった。
ルティでさえも吃驚して翼をピーンと広げている。
女性の第一印象は、どちらかといえば大通りなんかに面している小さなお店で、自営業をやっていそうな感じの人だった。
彼女はルティの伸びている羽を見て、それからルティを見て、最後に俺の顔を見た。
そして、数秒の沈黙の後・・・。
「・・・あ、え!? もしかしてセト様!?!」
セトはコクンと頷いた。
彼女は両手で顔を押さえ、その場で顔を赤らめた。
そして、急に「ちょっと待ってください!」と言うと再び店の奥へと消えて行き、1分もたたないうちにこの店に合ったスーツ姿で出てきた。
(どうやったんだ・・・)
苦笑いをかみ殺していると、彼女が上ずった声で「どうぞ」と言い、カタログを開いた。
対して俺は「ありがとう」と言ってカタログを見た。
ルティも前足をカウンターに乗せて一緒に覗く。
『どれにするんですか?』
「うーん・・・。 スーツなんて着たことないし・・・たぶん。 今着てるような服が一番いいんだけど・・・。 なかなか無いね」
あったとしても、黒ではなくもっと派手な色だった。
困っていると、お姉さんが控えめに「あのー・・・」と言ってきた。
彼女の方を見ると、彼女は一瞬ビクッとした。
「あ、あの、それでしたら、私が今作って差し上げることもできますけど・・・」
「それは、明日の朝までにできる?」
「あ、いえ、今お作りすることができます」
耳を疑った。
今!?
Now!?
・・・つまり彼女は、今この場ですぐに服を作ってくれると言うのだ。
すっげー・・・。
「ホントですか!?」
食いつくように言うと、彼女はまたまた顔を赤らめて、「ええ」と言った。
そうするように頼むと、まつこと十分。
彼女がカウンターの奥から大きめの紙袋を持って出てきた。
出来上がった着物が入っているらしい。
俺は彼女にお礼を言って、アーサー王に渡された魔符に着物の金額を書いて彼女に渡した。
この魔符は金額を書くと、あらかじめ設定されている金庫や銀行などからその分のお金を引き出すことができ、破くと破いた本人の金庫や銀行にその分のお金が届くという便利なものだった。
だが、普通は皆財布を持ち歩くため、このように魔符を使って買い物をする人は、たいていは大きな買い物をする店人か、大金持ちかのどちらかだった。
ちなみに今回の魔符は、アーサー王から渡されたもののため、おそらく城の金庫から今の金を払ったのだろう。
店を出ると店の周りを固めていた護衛たちがすばやく俺の周りに来て、城への道を歩いた。
城につくまで、大勢の人が俺の後ろをついてきたために、その日の昼ごろは町で変な大行進が見られた。




