第23話 竜、城へ
「・・・来た!帰ってきた!」
一匹のリンドブルムが突然叫んだ。その一言で部屋にいた皆は一斉に伏せていた顔を上げ、外へと向かって走り出した。脇目もふらずに外へと飛び出し、空を見上げた。だが、彼ららしき姿は見えない。皆一様にきょろきょろと空を見渡した。すると突然、すぐ近くから念話が聞こえた。
『皆して空を見上げて、どうしたんだ?』
たった今出てきたばかりの村長の屋敷の入り口へくるりと身体を向けると、そこには漆黒の天竜とルティとワイバーン二頭と、彼を迎えにいった者たちの姿があった。ウルテカや騎士団員、残されていたリンドブルムたちはわっと彼らに走り寄り、抱きついた。
「セト、おかえり。あぁ、もう帰ってこないかと思ったよ・・・」
「セト様!」
「セト様ぁあああ!!」
ウルテカは目に涙をうかべてセトを見上げ、騎士団員たちは喜びのあまりわけの分からない言葉を発している者もいた。そんな彼らを見てセトは、申し訳ないことをしたなと思った。
『ごめん、そんなに心配されるとは思ってもいなくて・・・』
そんなセトを皆「心配するに決まっているでしょう!」と泣きながらしかった。セトは、もう一度謝った。いったん和やかな雰囲気になったと思った途端、ウルテカがハッとした顔になって言った。
「セ、セト!大変なんだ!グランティス王国が反乱軍に攻撃を受けている!先程ルーネから言霊魔法で報告を受けたんだが・・・状況は最悪だそうだ・・・」
最初、そのウル村長の言っていることの意味が飲み込めなかった。グランティス王国が攻撃を?反乱軍?最悪って・・・。
『え、ちょ、どういうことですか?』
困惑して問うと、ウルテカは至極簡単に説明した。
「・・・グランティス王国が、反乱軍によって滅びそうだ」
『なっ・・・』
ふと周りを見回すと、皆俺を期待の眼差しで見ている。行けってか?何の義理もない国を助けに?それは俺が天竜だからか?
いろいろ考えた。俺が行っても、もう手遅れかもしれない。アーサー王は気に入らないし、城に行ったらもしかしたらそのまま留まるようにいわれるかもしれない。でも・・・。
『皆の傷つく顔は見たくない。俺は人間の心から笑ってる顔が好きなんだ。俺が行ったら、国民たちは笑顔になってくれるでしょうか?』
ウル村長に問うと彼はにっこりと笑い、「もちろん!」と答えた。俺も喉をグルルルと鳴らし、再び翼を広げた。騎士団たちはとっくに自分の竜にまたがって、俺を見ていた。ワイバーンに乗った二人は俺の両脇に来た。それらを確認すると俺はウル村長を風で持ち上げ、背に乗せた。
「セ、セト!?」
『村長も一緒に行きましょう!俺に行くだけ行かせて村で待ってるなんて許しません』
そしてトクサを見て、言った。
『しばらく、この村のことは頼んだよ!皆に伝えておいて!村長は天竜セトがお借りしましたって』
トクサは困り顔で笑いつつも、「はい!」と元気に返事を返した。
それを確認すると、セトは一気に空へと舞い上がった。ワイバーンたちもすぐ後に続く。リンドブルム部隊はもう走り始めていた。
俺は城の方角へと一気に加速しながらワイバーンとリンドブルムたちに風を纏わせ、スピードを速めた。
「さすが天竜・・・。ワイバーンとは比べ物にならないほど速いね」
背中でウルテカがそう呟くのが聞こえた。少し遅れていたワイバーンたちは魔法のおかげで俺に追いついてきた。リンドブルムたちも魔法の効果で地面から少し浮いて、ワイバーンと同じ速度で地を駆けている。
『王、すごいです!』
『こんなスピード出したの初めてです!!』
彼らから楽しげな念話が聞こえてきた。
もう、城は目の前だった。
かなりのスピードで飛んで来たため、地上からはセトたちの姿はまったく分からなかった。ただ、ものすごい突風が吹いた。そう感じただけだった。
『村長!城ってあれですか?』
大きな、いかにも城っぽい建物が見えたためそう問うと、村長は「ああ」と答えたがその声はかたかった。何せ、城内部から煙が上がっているのだ。反乱軍には魔術師が多いとのことだったため、きっと遠距離魔法で攻撃されたのだろう。
城にも魔術師はいるが、そんなに多くない。何故なら、竜騎士がいるからだ。竜は魔法が使える上に、直接攻撃も強い。いくらラルクが抜けていたとしても、城にはまだまだ竜騎士はいるし、部隊長もいるわけで、そう簡単に城にここまでの被害が及ぶはずはないのだ。まして、今はラルクやルーネ、王も城にいるはずなのだから、彼らが来たときにすでにこの有様だったとしても、今また別の城内部で爆発が起こっていいはずがないのだ。
『・・・かなり・・・劣勢というか・・・・・・防戦一方ですね・・・』
「・・・我々も外側から加勢するぞ・・・!!」
村長の掛け声で、空と地の竜と人は皆一斉に「『はっ!!』」と言って戦の中へ飛び込んだ。
リンドブルムは地上から、セトにかけてもらった風魔法の効果のおかげで信じられない速さで動き回り、次々と反乱軍を吹っ飛ばしていく。ワイバーンは上空から、巨大な火の球や氷の球を次々と飛ばし、反乱軍を端から始末していく。
反乱軍は皆、突然の加勢に驚き多少戸惑ったものの、すぐに魔道師たちが反撃してきた。が、それもつかの間。俺は城壁の一番高いところに舞い降りて、高く大きく咆哮を上げた。
「グルルルァアアアアアアアアアアア!!!!!!」
怒号や悲鳴で騒がしかった辺りがシーンと静まり返り、たくさんの視線が俺に集まった。城外からも、城内からも。俺はその静まり返った隙に、風を使って城の周りから引き剥がすように、なぎ払うように反乱軍を次々と切り裂いていった。そして、反乱軍の誰かがぼそりと呟いた。
「・・・・・天・・・竜・・・・・?」
それにつられるように次々とざわめきは広がり、彼らの表情は恐怖に変わっていった。
「おい、天竜がいるなんて聞いてないぞ!!!」
「だめだ・・・俺たちの負けだ・・・」
「天竜相手にかないっこねーよ・・・」
学のあるものは、たとえここ数百年間天竜が現れていなかったとしても、その力の強大さと気高さは知っていた。ここで今負けを認めているものたちは、少なくともそういう者たちだった。しかし、そうでない者・・・学のない者達はそのことを知らない。せいぜい御伽噺やら絵本やらで、天竜というすごい竜がいるという程度の知識しか持たない者もいるのだ。
その者たちが、どうして今の一撃で天竜の強さに気付けようか。
「あんなの、竜がちょっとでかくなっただけだろう!?」
「ちょっと魔道師部隊!はやく今までどおりあの竜にも拘束魔法をかけてよ!」
ちなみに魔道師はと言うと、とっくにセトに向けてその魔法をかけていた。だが、効かないのだ。
「だって・・・だってあの竜・・・いくら詠唱して魔法をかけても・・・効いてる様子が全くない・・・」
魔法は詠唱した方がより強く、丈夫なものになる。それが、これっぽっちも効いていないとなると、魔道師は天竜に対して全く意味を成さないものとなってしまっていた。それを見た無学の者達は、流石にやばいと思ったのだろうか、今度は直接攻撃を仕掛けてきた。
『魔法の次は弓矢か・・・。ちょっと痛い思い出があるな』
「そうだったね。セトの場合、普通は刺さることはないんだけど運が悪かったんだよ。おなかはもともと弱いから、普通竜はそこには防壁を張って戦闘に臨むんだけど、足の方は鱗と鱗の間に矢が刺さるなんて、本当に不運だったね。まあ、トクサの毒のせいでもあったんだけど」
『まさか、毒で鱗が溶けたんですか!?』
「その、まさかだよ。トクサの作る毒は村一番でね、大きな獲物を狩りに行くときは、皆トクサの作った毒を武器に塗って出かけているんだ。ああ、でもセト、君はもうその耐性ができていると思うからいくらトクサの毒でももう鱗が溶けるようなことはないと思うよ?」
なんて呑気に会話をしている間も、矢や石、槍なんかが飛んできていた。それらをすべて防壁で跳ね返していた。
「あ、あの竜・・・そこらの竜と違う・・・!!」
「もうあの竜はいい!城を落とせばこっちのもんだ!」
「城を攻めるぞ!魔術師部隊、やれ!!!」
魔術師が一斉に遠距離魔法を唱えた。だが、唱える前にリンドブルムたち地上部隊に倒された。いくつか飛んできた魔法は、セトの魔法で術者本人に跳ね返された。
学あるものは、すでにこの戦場からいなくなっていた。ねばっていた者達も、無理だと分かったのか次々と引き上げていく。そのおかげで騎士団たちの士気はあがり、まだ残っている反乱軍を倒しにかかった。
グランティス大王国は勝ったのだ。




