第22話 竜の心
暖炉が赤々と燃えている暖かな部屋には、集まって話し合っている数人の姿があった。
ルーネとウルテカ、ラルクの三人だった。
アーサー王はと言うと、ウルテカにかけられた催眠魔法がまだ効いているらしく、寝息を立てている。
話題はもちろんセトのことだった。
「セト様、よほどコロラドの住民にばれてしまったことがショックだったのね・・・」
「そりゃ一番知られたくない秘密をいきなり大勢の人にばれたってことが分かったら、誰だってかなりのショックを受けますよ」
「セトの場合、その秘密ってのが大きかったからね・・・。元はといえば・・・」
ウルテカは言いかけて視線を眠りこけている兄に向けた。
ウルテカの視線につられるように、他の二人もアーサー王を見た。
そして何度目か分からないため息をいっせいにはきだした。
「ラルク、なんでお前が竜に会っただなんて噂が流れたんだ?」
「それは・・・」
口ごもったラルクを見て、ルーネとウルテカは彼をどんどん壁へと押しやっていく。
とうとう逃げ場が無くなったラルクは、視線を横にずらして言った。
「俺の寝言のせい・・・です・・・」
ウルテカとルーネはその答えを聞き、二人で顔を合わせてやれやれと首を振った。
「それは・・・仕方ないな・・・。 あまり仕方ないで済ませられる話ではないが、寝言は制御しろと言ったって無理な話だ。 ラルクを責めることはできない。それにこの村にラルクを呼んだのは私のせいでもあるしな。 セトに最初に竜騎士の契約竜にならないかと言ったのも私だ。 ・・・兄さんばかり責めるのはフェアではないね」
ルーネはウルテカの言葉を聞くと、息を一つはいてもといた場所へと戻っていった。
ラルクとウルテカもそれについていき、ウルテカはメイドを呼びつけると暖かな飲み物を持って来るように命じた。
しかし、メイドは部屋から出て行ったと思うと、すぐに小走りで引き返してきた。
・・・一人の見知らぬ男と共に。
ウルテカとラルクは驚いて立ち上がった。
「何事だ?」
ウルテカが問うと、男はぜいぜいと苦しそうに息をしながら、深刻な目をして言った。
「グ、グランティス王国が大変です!」
男のその声で、アーサーが目を覚ました。
今の言葉が聞こえたのだろう。
彼はサッと立ち上がり、男の元へと歩み寄った。
男はアーサー王の姿を目に留めると、「あぁ、我が主よ」と言ってひれ伏した。
王はその男を見て一言、「続けよ」と放った。
男は頷いた。
「今日、明朝に”Avenger of blood”と名乗る者たちから城壁へと攻撃を受けました! 敵には魔道師の数も多いようで、現在我々は防戦一方です! 主殿、どうかご帰還を!」
アーサー王はセトがまだ戻ってきていない今、国へ帰ることを嫌がるかと思ったが、答えははっきりと意志のこもった声で出された。
「よし、わかった。 お前はわたしと一緒に一刻も早く国へ帰るぞ。 ルーネ、お主は外で待っているフレイムかアクアと共にわたしの後に続け。 お前の回復魔法が必要になる。 ラルク、おぬしはもう片方のリンドブルムで後に続け。 副団長含む残りの騎士団のことは、ウルテカに任せた。 セト殿が戻ってこられたときは後はお前の判断に任せる」
王の「来い!」の掛け声で、皆指示通りに動いた。
ウルテカは外へ出て行く彼らを見送った。
報告に来た男はどうやらワイバーンだったようだ。
確かに、空を飛んだ方が地を走るリンドブルムよりも速く報告ができるし、より速く城につくことができる。
ウルテカは、すでに見えなくなった者達の無事を祈りしばらくその方角を見ていたと思うと、残った二頭のリンドブルムに人間体になるように言って、一緒に先程までいた暖かな部屋へと戻っていった。
あたりはだんだんと明るくなり始めていた。
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セトが目覚めると、外はまだ日が昇ったばかりの時間のようだった。
うっすらと靄がかかっており、洞窟から草原を覗くとまるで雲の上にいるようだと思った。
そうして外を眺めていると、後ろからもそもそと起き出す音が聞こえて、振り返ってみるとワイバーンの片方だった。
『王、おはようございます。 早いですね?』
『たまたまな・・・。 ・・・俺、これからどうしよう・・・』
誰に言うでもなく呟くと、ワイバーンは何かを言おうとして、やめた。
『・・・俺には王国の契約竜になる気なんてこれっぽっちもないんだ。 だってそれって契約者の存在に一生縛られ続けるってことだろ? 俺はそんなんじゃなくて、竜としてじゃなくて、人間として人間の中で生きていきたいんだよ』
ワイバーンは俺の顔をチラ、と見ると、小さな念話で聞いてきた。
『王は何故、そこまで人間にこだわるのですか? 一度は人間に怒り、攻撃したのでしょう? それなのに何故好んで人間の中にいたがるのですか?』
『・・・うまく言えないが、彼らの中にいると暖かいんだよ。 温かな心をもった彼らといると、俺の心も温かいような気がするんだ。 ・・・人間をこの手で傷つけたというのにね。 だけど、だからこそ、俺は彼らの温かさに触れたいのかもしれない。 おかしいだろ? 契約者はいらないと言っておきながら、人間と一緒にいたいだなんて・・・。 都合がよすぎるよな・・・』
目に涙を浮かべた俺に、ワイバーンは『いいえ』と首を振った。
『気持ちとは、心とはそういうものです。 矛盾があって当然なものです。 それに・・・・・・王にもいずれわかる時が来るでしょう。 守りたい、一緒にいたいと思えるときが』
このときはまだ、このワイバーンが言ってることはよくわかっていなかった。
ただなんとなく、漠然と(くるだろうか・・・そんなときが?)と思っていた。
『・・・お前、名前は?』
『字はギルバート、真名は・・・ヘイムダルと申します』
真名・・・竜が契約時に契約者にのみ明かす己が身体に刻まれた本当の名。
セトもそれは知っていただけに、驚いた。
『お前・・・真名まで教えたら・・・』
ギルバートは微笑んだ。
『だって、貴方は王、我ら竜を統べる漆黒の神竜ですから』
なんだかよく分からないが、俺が大変な存在だということはだんだんと分かってきた。
竜たちが俺のことを”王”と呼ぶ理由も、だいたいだが理解した。
(これはますます、これからの自分の身の振り方を考えねばならないようだ・・・)
そう思ったときに、すぐ近くに自分達とは違う竜の気配を感じた。
視線を下に向けると、一匹のリンドブルムがいた。
その背には何故かトクサが。
『・・・ト、トクサ!?』
トクサは俺を見上げるとその顔いっぱいに笑顔を浮かべた。
「セト様! お迎えに上がりました!」
彼のその声で、まだ眠っていた二頭も起きてきた。
トクサを乗せているリンドブルムも、俺を見て嬉しそうに尾を左右に振っている。
『私の字はロキといいます。 真名は後ほどお教えいたします。 王、さあ、帰りましょう!』
ギルバートも俺を促すように続けた。
『ここにいても、何も始まりません。 一度あの村へ帰りましょう。 考えるのはそれからでも遅くはないでしょう?』
俺は『・・・そうだな』と言うと、翼を広げた。
ルティともう一頭のワイバーンも、同じように翼を広げた。
俺は村へ飛び立つ前に、トクサと彼を乗せているロキを捕まえ、背に乗せた。
トクサが驚いて声を上げたのと同時に、ロキも驚いたように「キャンッ!?」と鳴いた。
犬かとつっこみたくなったのをぎりぎりで抑え、笑った。
『王、わたし空から地上を見たのは初めてです!』
喜んでもらえてなによりだ。
もちろん、透明魔法はかけてあるため、地上からはこの様子は全く分からないだろう。
竜が竜を乗せるなんて面白い光景、人間が見たら大騒ぎするだろう。
数分前はあれほど村に帰りたくなかったというのに、セトの心は弾んでいた。
(竜の皆に感謝しないとな・・・)
今の自分の心は、彼らがいることによるものだと薄々気付いていた。
村に到着するまで、あと少し。




