第20話 黒竜セト
現在午前2時。
まだまだ草木も眠る新月の暗闇が辺りを覆っている時間だ。
しかしコロラドの町は大いに賑わっていた・・・というよりは騒がしかった。
町民は町長の家に押し寄せ、あれこれと質問をしている。
町長の屋敷で執事を務めている男は、屋敷の入り口でその対応に応じきれず困り果てていた。
執事以外の使用人も出てきて、なんとか町民たちを抑えようとしているが、圧倒的に町民の方が数で勝っており、到底かなうはずもなかった。
そもそも何故町民たちがこうも興奮しているかと言うと、昼間にかのグランティス大王国の王が自国から遠く離れたこのコロラドに自ら赴いたことが一つの原因だった。
もう一つはと言うと、誰が言ったのか、今コロラドで大人気のイケメン修理屋セトが竜かもしれないという噂のせいだった。
王が向かったのはそのセトが住んでいる村であるわけで、王自身は大の竜好きで通っている。
しかも、こんな夜遅くに皆が騒いでいるのは、魔力を持つものがその村の方角からついさっき巨大な魔力を感じたと騒ぐものだから、ただ事じゃないと思った町民たちがこうしてわけを知っていそうな町長のもとへ押し寄せているのだった。
町長はというと、町長自身結構な魔力を持の持ち主であるために、セトが竜であることは知っていたし、アーサー王は確かに竜に会いに行くとはりきっていたため、隠す必要も無いように思われるのだが、彼の騎士団長のラルクから民には教えるなと言われていたために、用意に教えれないでいるのだった。
「モリス、この際仕方が無いだろう・・・」
モリスと呼ばれた執事は、目を見開いて主人を見た。
「では、教えるのですか? ・・・とはいえ、もう皆はほとんど確信しているようですが」
町長は軽快に笑うと首を横に振った。
「ヘヴン・・・だったかな・・・。 わしらも行ってみるぞ」
執事は主人の意図をすばやく察し、使用人たちに目配せすると、彼らもなんとなく主人がやりたいことがわかったようで、執事が今までいた場所に一人がすばやく入れ替わった。
その瞬間、執事と町長の姿は屋敷から消えていた。
+ + + + +
「頼む!」
『嫌だ』
「そこを何とか!」
『嫌だったら嫌だ!』
王は漆黒の天竜の前で懇願している。
しかし相手の天竜・・・セトは、それをことごとく断っている。
王の懇願の内容はもちろん、「城に来てくれ」だ。
ラルクとルーネは己が主を呆れた目で見ているが、これはこの状態の王は何を言っても聞かないことを心得ているからだ。
ウルテカでさえ、兄を止めることをあきらめていた。
トクサは王とセトの様子をおろおろして見守っている。
ルティはと言うと、いつのまに登ったのかセトの頭の上に乗って王を威嚇していた。
ウルテカは誰かに肩を叩かれて振り返ってみると・・・。
「レ、レイスワーグ町長!?」
ウルテカのその声に皆驚いて、いっせいにそちらへと視線を走らせた。
もちろんそこにはウルテカが言ったように隣町コロラドの町長、レイスワーグが立っていた。
執事モリスと共に。
「はっはっは! 久しぶりじゃのう、ウル坊」
「人を猪の仔の様に呼ばないでくださいと何度も・・・」
ウル村長が親しげに話しているあのじいさんが、コロラドの町長か・・・。
とセトが思っていると、アーサー王は小走りでレイスワーグの下へ向かい、挨拶をした。
レイスワーグは楽しそうに笑うと、アーサーとハグをした。
「昼間はどうもありがとうございました、町長」
「いやいや。しかし、貴方がウル坊のお兄さんだったとは、驚きの新事実でしたぞ」
レイスワーグはウルテカをちらと見た。
ウルテカはばつが悪そうに彼から視線をはずした。
「で、レイスワーグ町長、ここへは何の用でいらっしゃったので?」
視線をそらしながら聞くと、レイスワーグはセトを見上げた。
そして息をほぅとはいて、にこっと微笑んだ。
「セトさん・・・いや、セト様と呼ぶべきかな。 貴方が竜だとは知っていたが、まさか天竜だとは思わなんだ」
『し、知ってたんですか!?』
思わず聞いてしまった。
魔力は極力抑えるようにしていたつもりだが、やはり分かる人にはわかってしまうものなのだろうか。
・・・それよりも、町長に姿を見られたことが何よりショックだった。
隣の執事なんか俺を見た瞬間から腰抜かしてるし。
「ええ、知っていましたよ。 ただ、わしが来たのはもっと困った理由からですぞ」
分からなくて、首を傾げた。
「というのも、貴方の存在はもうコロラドの町全体に知れ渡ってしまっているということです」
町長の言葉に、愕然とした。
俺の様子を見て町長は哀れむような目をしてから、続けた。
「もちろん、わしか故意に広めたのではありませんぞ。 町民の中にも、魔力を持っているものはいるのです。 ギルドもありますしな。 その者らが貴方の魔力を感じ取り、そして先程その魔力が膨れ上がるのを感じて大騒ぎした結果が、そのような結果につながったというわけですな」
(待て・・・待ってくれ。 ってことはなにか? 俺はここら一帯の人間に、すでに正体がばれていると? 冗談じゃない。 じゃあ俺は一体どこに行けばいいんだ)
「この村とコロラドの距離が近いために起こった残念な事故、としかいいようがありません」
ウルテカやラルク、トクサやレイスワーグが俺を同情の目で見ている。
俺はその目から逃れたくて、『ルティ』と一言声をかけると久しぶりの大空へと舞い上がった。
ワイバーン二匹も俺に付き従うように両脇に並んだ。
すでにはるか下にある地上で、人間の大声が聞こえる。
俺の竜の耳は何を言っているのかはっきりと聞き取ることができたが、わざと無視した。
リンドブルムの悲しげな鳴き声が聞こえる。
彼らにだけは『一人にしてくれ』とだけ伝え、付いてくるワイバーンと相棒のルティと共に、始まりの場所へ向かって風を切った。
地上の人間の目にはすでに、飛び去ったものの姿は見えなくなっていた。
辺りに響くのは、飛べない竜の悲しい遠吠えだけだった。
+ + + + +
そのころ、グランティス大王国内の端の町で、不穏な集団が動いていた。
彼らが胸に秘めるは王国への復讐。手に手に武器を持ち、荷馬車の中には多くの爆弾が積まれていた。
そんな集団を、人々は止めることなどできず、彼らが目の前を通り過ぎるのをただただ見ているしかなかった。
その集団の数は日を追うごとに増していき、気付けば自警団の手には負えないほどの人数となっていた。
彼らの目的を知りながら、勇気を持って彼らに立ち向かった者たちはことごとく殺された。
彼らの数は今もなお増え続けている。
そして、この事実をアーサー王はまだ知らない。




