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竜となったその先に  作者: おかゆ
第一章 出会い
19/86

第19話 王と黒竜

 部屋の中はちょっと重い空気に包まれていた。

セトは出口を身体と両腕で塞ぎ、頑なに動こうとせずに王を睨みつけている。

方や王はその少し離れたところからセトをじっと見ており、セトの隙を窺っている。

その様子を、ルーネ、ウルテカ、ラルク、メイドの4人と、ルティとフレイムの2頭はおろおろしながら見守っている。

・・・何故か?

それは数分前にさかのぼる。





 + + + + +





 数分前。

王がセトの竜体を拝むためにセトの手を取り、ちょっと待ってと言うセトの言葉を聞かずに外へ出ようとした。

扉の一歩手前、セトは思いきりその場に踏みとどまり、力いっぱい王の手を振り払った。

セトのその行為で、周りの空気が凍りついたのは言うまでもない。なにしろ大国の王の手を振り払ったものなど、前代未聞だ。

加えてセトの放った一言で、部屋の空気はよりいっそう冷えた。


「ふざけないでください」


静かな、怒りの声だった。

王はというと、セトが手を振り払ったことに動揺してその場で固まっていた。

ウルテカはセトの豹変ぶりに驚き、思わずといった感じで彼の名前を呼んだ。

セトはそんなウルテカをキッと睨みつけると、再び王に向き直った。


「セ、セト殿?」


王はいまだに状況を把握しきれていなかった。

振り払われた手のひらを見て、セトを見た。

そして、何を思ったのか再びセトに近づこうとした。

そんな王に向けてセトは顔をしかめ、王との間に風の塊を作って近づけなくした。


『セト様、何を・・・』


何かを言いかけたフレイムに向けて怒気を放つと、犬そっくりの竜は「キューン」と鳴いて尾を後ろ足の間に挟み、何も言わなくなった。

同時にセトの怒りを感じ取った王や他の者はビクッと肩を震わせ、一歩下がった。

王も例外ではなかった。

むしろ一番近くにいるために、一番怒りを感じ取り、二,三歩後ずさった。


「お、落ち着いてください、セト様。 何が貴方をそんなに怒らせたのか、兄に教えてくださいな」


ルーネは勇気を出して下げた足を一歩踏み出した。

セトは王から目を離さずに、しかし了解したように風の塊を消した。


「・・・ルーネさん、この王はどうして俺が怒っているのか理解していないと?」


ルーネはセトのその問を受けて、答えを求めるように兄を見た。

アーサー王はルーネの視線に気付かずに、困ったようにセトを見ていた。

セトには、そんな王の様子で自分が問うた質問の答えが分かった。


「・・・どうやら、そのようだ。 やはり、人の噂は信用できないな。 コロラドの町じゃ、大国の王は国民思いでとても優しいいい王だと聞いていたが・・・。 百聞は一見にしかずとは、まさにこのことだな。 期待はずれだよ」


とことん冷たい言葉を浴びせられた王は、今まで生きてきたなかで、そんなに酷いことを言われたことなどないのだろう。

一国の、それも各国を束ねる国の王が、情けなく目に涙を浮かべていた。

そんな主の様子を見かねたのか、おとなしくしていたフレイムが尾を後ろ足に挟んだまま主の前に飛び出してきた。

その状態で、安定しない念話を飛ばしてきた。


『あ、主殿のことをどうかどうか許してもらいたい・・・。 主殿は知らぬのです。 城の外のルールを』


耳まで伏せて、震える身体で主を必死でかばおうとする一匹の竜を見て、セトも少し気が静まった。

その様子を感じ取り、フレイムが少しホッとした様子で話を続けた。


『国民に慕われるいい王だというのは、本当です。 民はよく主殿を慕っています。 主殿もそれに応えようと、よりよい政治を行ってきました。 しかし、城で生まれて城で育ってきた主殿は・・・その・・・甘やかされて育ったわけです。 先代も主殿をたいそう可愛がっておられました。 この度の主殿の我が儘な行動は、そのように主殿を育てた国の問題でもあるのです。 セト様、どうか主殿の無礼をお許しください』


そう言ってフレイムは頭を下げた。

竜の念話は強いため、フレイムの話の内容は、この部屋にいるほぼ全員に伝わった。

そして、ルーネとラルクも、フレイムと同じように王とセトとの間に立ち、セトに深々と頭を下げた。


俺はそこまでされて、これ以上怒ろうという気にはなれなかった。

怒気を少しずつ弱めながら、先程の王への非礼をわびた。

それと同時に、王にきちんと礼儀を教えてくれと言った。


「いくら王だと言っても、一人の人間だろ? 人間としての道徳心や礼儀、常識は、見につけないといけないと思う。 どこへ行っても偉そうにしているのが王ってわけじゃないからな」


俺の怒気がほとんどなくなると、ホッとしたように安堵の表情を見せた。

ルティも俺の足に擦り寄ってきて、『セトさん怒ると怖いです』と苦笑いを浮かべて言ってきた。

俺も苦笑いで返し、さあ帰って休むかと思ったとき・・・。


「ならば、森の中だ!」


・・・王の声だった。

俺はすぐには王の言うことが理解できなかったが、王が再び扉へ早足で向かったのを見て、王の意図を察した。

すばやく扉の前に回りこみ、身体と両腕を使って扉を塞いだ。

王は俺の行動を見て、早足だった足をぴたりと止めて首を傾げた。


「セト殿、どうなされた? そこを塞いでは、外へ出られぬ」


・・・今度は部屋いっぱいに呆れたような空気が漂った。

これが最初の場面である。




「王、俺は日が昇っている間は、竜体になる気は毛頭ありません」


そう伝えると、王は何故と問うてきた。

この期に及んでまだそんなことをぬかすのか。

本当に、大国の王の教育体制はどうなっているんだ。

ルーネとラルクは慌てたように王の下へ駆け寄り、今はダメだということを必死に説明している。


「王、昼の間はいけません! いくら森の中だといっても旅人や行商人が通らないとは限りませんし、セト様は天竜ですよ!? フレイムやアクアとは比べ物にならないくらい大きいのですよ!?目立ちすぎます!」


「ラルクの言うとおりですわ、兄様。 セト様の体色は美しいくらいの黒ですわ。 夜ならば、この村のもの以外には気付かれる心配がありませんわ。 ですから、セト様の竜体を見るのは夜にしましょう?ね?」


ラルクとルーネの必死の説得のおかげで、王はしぶしぶながらも承諾してくれたようだ。

では夜にと言う言葉を残し、王とその取り巻きは部屋から出て行った。


「・・・なんなんですか、あのびっくり大王様は」


『ものすごい自分勝手な人でしたね』


俺とルティがそう漏らすと、ウル村長も疲れたようなため息を漏らして「ああ」と言った。


「兄さんはホント、甘やかされてたからな・・・。 今思えば、わたしは小さい頃兄さんにこき使われていたのかもしれないな」


乾いた笑いをして、メイドに俺とルティの分の飲み物を持ってくるように命じた。

メイドが飲み物を取りにいった後、ふと気になったことをウル村長に尋ねてみた。


「竜って、天竜じゃなくでも人間体にはなれますよね? フレイムはなんで竜体のままだったんですか?」


「ああ、それは単純な話だよ。 兄さんは竜が竜でいることが好きでね。 フレイムとアクアも、先代の王に仕えていたときは主に人間体で、仕事を手伝ったり各国へ使者として行ってたりしたんだけどね・・・。 ・・・竜としては、どっちでいる方が楽なんだい?」


「・・・竜体の方が楽ではありますね。 でもそのままじゃほら・・・俺の場合生活しにくいじゃないですか。 フレイム達くらいの竜ならあまり差し支えないんでしょうけど」


村長はなるほどねとつぶやくと、ちょうど飲み物を持ってきたメイドからグラスを受け取り、セトに渡した。

ルティの前にはミルクが置かれた。


その後は、村長の家で少しゆっくりしてから、ルティと供に家に帰宅した。

そのとき初めて、村に戻ってきたときの違和感の正体が分かった。

村の奥のほうにフレイムの気配を感じ、その周りに似たような気配をいくつか感じた。

フレイムとは少し違った雰囲気の気配も2つほど感じられた。


(これが竜の気配か・・・)


などと思いながら、俺は昼の仕事の疲れとを癒すために、また、夜に備えて少し長めの昼寝をすることにした。

隣ではルティがすでに寝息を立てていた。





 + + + + +





 電気がまだ市民に普及していないこの世界では、新月の今日は外は本当に真っ暗だった。

セトにとっては願っても無い機会だった。

ルティはセトが起きたのに気付くと、大きなあくびを一つしてベッドから飛び降りた。


王に竜体を見せるのはやはりまだ少し抵抗があるが、この際仕方ないだろう。

恐らくあの王は俺が姿を見せるまで帰るつもりはなさそうだ。


「じゃ、行くか」


『はい』


ルティを脇に従えてセトは家を出た。


『でも、本当にいいんですか?』


何が? と聞くまでも無い。

ルティは俺が王に姿を見せた後のことを心配しているのだろう。

あの王のことだ。

国に帰るなり・・・いや、帰る途中でも、会う人会う人に自慢するだろう。

「私は天竜に会った!」と。

で、それを聞いた人は「どこで?」と聞き、王は得意げにこの村の名前を言うに違いない。


(あれ?この村って、そういえばなんて名前なんだろう?)


ちょっと気になったが、それはいつでも聞けるだろう。

ルティにはそっと微笑みかけた。


「大丈夫。 遅かれ早かれ、きっと俺の存在は国に知れ渡ることになっていたよ。 今はそれが早まっただけだ」


『でも、それじゃあセトさん、この村にいられなくなっちゃうんじゃ・・・』


心配するルティの頭を撫でた。

大丈夫、とは言ったものの、本当は心配だった。

この村にもやっとなじんできたし、隣町に親しいものもできた。

この村から離れなければならないときが来たら、俺はいったいどこへ行くのだろう?


表情を曇らせている俺を、傍らでルティはなおも心配そうに見ていた。





 + + + + +





 村の入り口に王達の姿が見えた。

王の両脇にはラルクと彼が率いる騎士団と思われる者たちがいた。

その少しはなれたところにウル村長とメイドとルーネがいた。

もう一人村長の後ろにいるようだが、隠れていて見えない。

そしてその後方には村の奥で気配を感じていた竜達がいた。


(あれがワイバーンか・・・。 思っていたよりも小さいな)


天竜以外で唯一空を飛べる種だと聞いていたために、勝手に自分と同じくらいかと思っていたが、リンドブルムより二回りほど大きいだけだった。


「セト殿、さあ森へ行きましょう!」


王が急かす。

目を子供のようにキラキラさせて俺を見ている彼を見て、ため息を一つしてから、森ではなく例の大きな木の元へ行くことを話した。

王は俺の姿が見れるならどこでもいいらしく、自分に一番近い位置にいたアクアを呼び寄せ、彼女にまたがった。

ルーネはその後ろにまたがり、フレイムは村長たちを乗せた。

騎士団は各々の竜の背に乗り、例の大木のもとへと向かった。

俺はいつもどおりルティにまたがり、同じように大木を目指した。

なんだかんだで、竜よりもルティのほうが速かった。

王はそこで初めてルティの存在に気がついたようで、かなり興奮したようだ。


「て、て、天虎かね!? いや、珍しい! こんなところで天虎にお目にかかろうとは! しかも天虎に天竜がまたがっている光景をこの目で見れるとは! わたしは歴代の中で最も幸せな王だ!」


・・・それはどうか分からないが、俺はこの王が”今”ルティに気がついたということに驚いていた。


『僕あの部屋にいるときはてっきりスルーされているものだと思ってました。 大国の王って言うくらいだから、城には僕くらいの珍しい生き物が見飽きるほどいるのかと・・・』


「ああ、俺もそうだと思っていたんだが・・・違ったようだ」


王はひとしきり感動すると、ハッと我にかえったように俺を見た。


「いや失礼。 セト殿、では早速お願いできますかな?」


俺はうなずく前に、未だに村長の後ろに隠れている者に声をかけた。


「そこの隠れてる人、そろそろ顔見せてくれないかな? 顔も見せられない人に俺の竜体を見せるわけにはいかない」


その者は声をかけられて一瞬ビクッとしたようだが、村長に促されて前へ出てきた。

出てきた人物に、少し驚いた。


「トクサ・・・?」


俺がこの村に来ることになった原因の彼が、うつむきながら俺の前に来た。

そういえば、トクサは記憶を消されていない一部の村人に入っていた。

しかしなんでまたここにいるのだろう?


「あ、あの、セト様、僕にももう一度そのお姿を見せていただけますか? 僕が見たのは僕のせいで傷つき弱ってしまったあなたです。 回復した本来の貴方の姿を見てみたいのです」


何故か半分涙目になっている彼を見て、嫌とはいえなかった。

それに・・・


「お前なら、かまわない。 ルーネさんと一緒に看病してくれたし、話し相手にもなってくれた。 それに一度姿を見られているからね。 トクサにだったら抵抗なく見せられるよ」


トクサは照れたように笑うと、ありがとうございますと頭を下げた。

俺もなんだか照れくさくなって、王のほうへ向き直った。


「じゃ、いきますよ」


身体の力を抜いて、本来の姿を思い浮かべる。

俺の体は光り、数秒後の同じ場所には漆黒の鱗を纏った一匹の天竜が佇んでいた。

その姿で王を見下ろす。


『これで満足か?』


王は声を出すことも忘れ、セトの姿に見惚れていた。

他のものも同様に俺を見上げていた。

竜達でさえ俺を見上げて目を輝かせていた。


「ぉ、おお! なんと・・・なんと素晴らしい姿だ! そなたはわたしが今までに見てきたどんな竜よりも美しい!」


感動のあまり涙を流す王を見て、悪い気はしなかった。

いつの間にか竜たちが俺の足元に擦り寄ってきていた。


『我らが王よ』


口々にそう言いながら、まるで甘えるように「キューィ」と鳴いていた。

竜が”王”と呼ぶ天竜が現れることは世界にとってかなり大変なことなのだが、そのことをセトが知るのにはもう少し後のことだ。


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