第16話 セトとアーサー
早朝、俺はウル村長の元へ向かった。
一晩考えたが、やはりあの件は村長にも伝えておくべきだろう。
いつもはなかなか起きないルティだが、今日は何故か俺と一緒に早起きして、俺の隣をノシノシ歩いている。
(・・・でかくなったな・・・)
前は大型犬ほどだったルティも今やすっかり大きく成長して、ルティの背中の位置が俺の腰の辺りまできている。
これでもまだ子供だというのだから、大人になった天虎はどれだけ大きいのだろうか。
最近では、ルティにも仕事についてきてもらっている。
主に、急用のときに背中に乗せて運んでもらっているのだ。
俺が飛んだ方が早いのだが、流石に竜体になるわけにはいかないため、ルティの存在は非常に助かる。
俺が乗ってもぜんぜん重くないというのだから、頼もしいことこの上ない。
ちょっと前までは、乗ったらつぶれそうだったのに。
(たくましくなったもんだ)
なんて、まるで親のように思うのだった。
間もなくして、村長宅に着いた。
「おはようございまーす」と声をかけると、いつものメイドさんが出てきて、何も言わずとも村長のところまで案内してくれた。
なんでだろうと思ったが、村長に会って話を聞いてわかった。
どうやら俺に届いていたのとほぼ同じような内容の手紙が、村長のところにも来ていたらしい。
「・・・てことは、誰かのイタズラとかではなく、本物の・・・王様が来るってわけですか?」
ウル村長は重々しくうなずいた。
『王様、本当に来ちゃうんですか?こんな辺鄙な・・・あ、いや、すみません。山を幾つも越えてまで、大国の王がわざわざこの村まで出向いてくるとは思えないのですが・・・』
「ところが、アーサー王は大の竜好きで知られているからね。竜がいると聞けば、どこへでもご自慢の竜車で駆けつける王だよ」
ルティの念話は、ある程度魔力のある人になら聞き取れるようになっていた。
これは本当に便利だ。
ルティも、初めて村長に念話が通じたときは小躍りしていた。
純粋な人間と話ができたのは初めてだと、ものすごい喜びようだった。
天虎にしてみれば、それが大人へ近づいた1つの表れなんだそうだ。
「竜車?」
聞きなれない単語を拾ってたずねると、村長は俺に竜車の説明をしてくれた。
そして、まだ見ぬ自分以外の竜に会えるのを、不覚にも楽しみだと思ってしまった。
竜にはアーサー王といういらぬおまけが付いてくるというのに。
「なんでいきなり王なんだ・・・。なんかこう・・・手順見たいなものは無いのか!?」
村長は困った顔をして、無いねと言った。
「契約は竜の意志でされるもので、手順もあるが、会うのには別に・・・」
まあ、そうだよな・・・。
って別に俺は契約云々の手順のことを言ってるんじゃないんだけど!?
というか、今日もしっかり仕事の予約は入っているのだが、正午までに終わって村に帰ってくるのはちょっときついものがある・・・。
だが村長は、そんな俺の心を見抜いたかのように、「今日は仕事はキャンセルしてもらいなさい」と言った。
俺はそれは許されないことだと思った。
「そんなのっておかしいですよ。今日の依頼をしてきている人は、王様が手紙をよこすよりもずっと前に俺に依頼をしてきているんですよ?その人を差し置いて、なんで急に会いに来るとか言ってきている見知らぬ人を優先しなきゃならないんですか。俺は嫌ですよ」
『僕もセトさんと同じ考えです。確かに、普通はキャンセルするのが妥当なんだと思います。けど、ルールってものがあるでしょう。それに、あちらが一方的に送ってきた手紙です。従う義理はありません』
ルティは内面も成長したようだ。
しっかりと自分の考えを持ったいい仔になった・・・。
・・・それに、ルティの言うとおりで、王が一番偉い存在だということは重々承知の上だが、俺にはどうしても我慢ならなかった。
村長は俺とルティの意見を聞いて少し戸惑ったようだったが、仕方が無いねと言った。
「王が来たら、この家で君たちが戻ってくるのを待ってもらうことにするよ。だけど、なるべく早くね?」
村長はなるべくの部分を強調して言った。
俺とルティは村長に礼を言って、仕事の依頼を受けている隣町へと向かった。
『よかったですね、セトさん!村長が話の分かる人で!』
「だな。ウル村長に感謝しなきゃな」
ルティの背に乗り、そんな会話をしながら、隣町へと続く森の中へと飛び込んだ。
+ + + + +
カタリナの町付近に、一行の姿はあった。
アーサー王達はは竜を休ませるために、町の近くにあった泉で一夜を過ごした。
リンドブルムとワイバーンは泉の水を飲んで足や翼を休めていた。
『│主殿、かなり前に、この近くに竜が住んでいたいたようですぞ?』
「本当か、カイ?」
ラルクがカイと呼んだリンドブルムは、『ええ』と答えて臭いをかいだ。
『来るときに通ったあの草原の・・・おそらく切り立った崖に住んでいたものと思われます』
竜の鼻は、犬なんかとは比べ物にならないくらい良い。
天竜には及ばないが、とくに、このリンドブルムという種類の竜は。
ラルクは、この辺りに住んでいただろうと思われる竜がなんとなく分かった。
推測でしかないが、たぶんセトだろう。
(・・・そういえば、セト様がどうしてあの村に行くことになったのか、気になるな・・・)
ラルクは一人で考え込んでいた。
すると、カイが急に顔をしかめた。
どうしたと聞くと、血の臭いがするという。
『最近のものではないようですが、かなり多量の血の臭いがします』
『それは俺も思っていた!』
『ワイバーンの俺たちでさえ分かるほどのな』
ラルクのもとへ、他の竜たちの念話も届いた。
嗅覚は竜の中では一番劣っているというワイバーンでさえ嗅ぎ取れるほどの量の血が、以前この付近で流されたというのか・・・。
セトが住んでいたと思われる付近でそれほど多量の血の気配…。
ラルクは不審に思いながらも、移動の準備にかかった。
そしてセトが村を出るのとほぼ同時刻に、一行は再び村へと出発した。




