第13話 竜、飛ぶ
(竜体になれ・・・!?)
突然、この人は何を言うのだろう。俺は信じられない思いでウル村長を見た。
するとウル村長はそんな俺の戸惑いを見破ったのか、声を出して笑った。
「セト、そんなに驚いた顔をしなくてもいいじゃないか。 イケメンが台無しだよ」
「え、・・・はあ!? 何を言ってるんですか!? だいだい、こんなところで竜体になったら俺完全に皆にばれますよ!?」
俺の頭は混乱しまくっていた。
竜体になったらせっかくのルーネさんの記憶忘却魔法がそれこそ台無しになるじゃないか!
「いや、すまない。 しかしね、このラルクは3日かけて大国から馬で走って来てくれたんだよ? もちろん君に会うためだけにね」
いや知らねーよ。
「それはお疲れ様でした! でもですよ? 俺はばらさないでくれと言ったはずです。 それを簡単にラルクさんに教えてしまっているじゃありませんか! どういうことですか! 大国の人なら、なおさらまずいでしょう!? 俺の存在が国中にばれてしまうじゃないですか!!」
俺は思いのたけをウル村長にぶつけた。
だって、約束したのに。
ばらさないって。
俺が息を荒げてウル村長を睨みつけていると、ラルクさんが割って入ってきた。
「セト様、申し訳ない。 しかし信じていただきたい。 わたしは絶対に貴方の存在を安易に他の人間にばらすような人間ではないと」
俺はラルクさんの目を見た。
・・・トクサと同じ、真っ直ぐな目だった。
嘘をついていない、曇りの無い綺麗な瞳。
「・・・百歩譲って、ラルクさんがそういう人間ではないとしましょう。 ですが、ウル村長、この人にばらしたのは何故ですか?」
ウル村長は困ったように笑い、それからラルクさんを見た。
ラルクさんはフッと微笑んだ。
それから、話を切り出した。
「・・・セトにはまだ黙っていようと思ったんだけどね・・・。 セト、このラルクは大国の騎士団長だといったね? 実はわたしが言っている大国の騎士というのは、竜騎士のことなんだ。 もちろん普通の騎士団もいるよ。 大国には2種類の騎士団があるんだ」
「・・・ってことは、大国には結構竜がいると?」
ウル村長はうなずいた。
「竜ってのは長生きだからね。 わたしたち人間が神と崇めているのは天竜だけで、普通の竜は本気で探してみると簡単ではないけれど案外見つかるものなんだ。 とはいっても、たいていが卵か幼竜なんだけどね。 騎士団はその卵や幼竜に親がいないのをちゃんと確認してから保護する形で国に連れて帰るんだ。 竜は意外と放任主義だからね。 ある程度大きくなると子を手放すらしいし、卵は何故か3個以上は世話ができないらしい。 だから、たまにあるんだよ」
そこで、ウル村長は俺を見た。
「もうだいたい読めていると思うが、セトには大国に渡って竜騎士のパートナーを見つけてもらいたいと思っている」
「・・・その第一候補がこのラルクさんだと・・・?」
ウル村長はただ挑むような目で俺を見ている。
「いますぐに決めなくてもいいです。 じっくり考えてみてください。 無理にとは言いません。 ・・・ですが、どうかそのお姿だけは、今宵見せていただきたいと思っております。 いけませんか?」
そう言ってラルクさんはお願いしますと頭を下げた。
(・・・夜だし、今なら竜体になっても俺の鱗の色じゃたぶん気付かれないだろう。 運よく新月だし)
このままだといつまでたっても帰ってくれなさそうだったため、俺は決心した。
「・・・わかりました。 竜体になりますよ。 ただし、パートナーになるかどうかは分かりませんよ? というか、望み薄だと思ってください」
ラルクさんとウル村長は俺が竜体になるだけでいいと、はしゃぐように喜んだ。
・・・そういえば、ウル村長にもまだ竜体は見せていないんだった。
息を大きく吸って、自分が元の姿に戻る様をイメージした。
風と光が身体を包む。
その光の輪郭が、竜をかたどっていく。
・・・そして、完全に竜体に戻った。
二人は眩しくて目を開けていられなかったらしく、今、目を開けたところだった。
そして俺の姿を目に留めると、ほぅっと息をはいた。
「見事だ・・・」
とラルクさん。
「なんと美しい・・・」
とウル村長。
そう言われるとやはり照れる。
俺は心の内を二人に読まれまいと思い、目を逸らした。
『・・・パートナーを見つけるってことは、つまりは契約してその人間を乗せて飛ぶってことですよね?』
一応、確認として聞いてみた。
ラルクさんは首をコクンと縦に振った。
・・・背が高く見えたラルクさんも、こうして竜体になってみるとやはり小さく見える。
「・・・どうだろうセト。 しばらく空を飛んでいないから翼がうずいているだろう? 今、ラルクを乗せて飛んでみないか?」
またこの人は・・・。
だが、飛びたかったのは事実だ。
ラルクさんを乗せて・・・というのが気にくわないが、仕方ないだろう。
『・・・仕方ないですね。 俺も飛びたいですし。 ・・・今回だけですよ?』
するとラルクさんはガッツポーズをとってあからさまに喜んだ。
こちらとしても、ここまで喜んでもらえると嬉しくなる。
・・・おっと、流されるところだった。
今回だけだ!
俺はラルクさんが乗れるように伏せの体制をとった。
ラルクさんは流石に団長というだけあって竜に乗るのは慣れているのか、ひょいと俺の上に乗った。
『行きますよ? ちゃんとつかまっててくださいね』
「ああ!」
後ろから元気な声が返ってきた。
ふと、ウル村長を見た。
なんだかさびしそうな顔をしているように見えた。
『・・・』
俺はおもむろに風を使ってウル村長を浮かばせ、ラルクさんの後ろに乗せた。
「ちょっ!?」
ウル村長から予想通りの反応があって、ラルクさんも驚いているのが伝わってきた。
『はい、飛びますよー』
有無を言わさず、俺は久しぶりの空へ舞い上がった。
・・・めちゃくちゃ気持ちよかった。
「グルルルッ」
あ。
「ははっ。 セト様やっぱり飛びたかったんですね」
ラルクさんに言われるとなんだか悔しかったが、今は気分がいいから許す!
・・・ウル村長はというと、まだ驚いた顔をしている。
『・・・村長、いつまでそうやってるんですか』
ウル村長はハッとなって、「いや・・・」と言って何故かはにかんだ。
『?』
まあいいかと思い、俺は大木上空をぐるっと一周すると、元の場所へと降りたった。
ラルクさんとウル村長は俺から降りて、ぐっと伸びをした。
『これで満足ですか?』
俺は飛び足りないが、これ以上は誰かに見られるかも知れないため、すぐに人間体に戻った。
「大満足です! セト様、また来てもいいですか!?」
「・・・来てもいいけど、俺はもう人間の前では竜体にはならないよ」
ラルクさんは少し残念そうだったが、また来ますと言った。
一方で、ウル村長は若干放心状態だった。
なんでだろう・・・。
「ウル村長、どうかしたんですか?」
「え、あ、いやなんでもないんだ」
明らかになんでもなくないような感じだったが、これ以上は聞いても話してくれなさそうだったため、やめた。
そして、日が昇るころにラルクさんは馬に乗って帰っていった。
俺はウル村長と村に戻り、その日はウル村長の家に泊まらせてもらった。
その夜。
「・・・あっ・・・いった・・・」
寝ていたら角の部分が痛み出した。
触ってみると、ルーネさんにはめられた例の器具が熱を持っている。
(なんで・・・?)
と思った。
が、すぐにその理由を思いついた。
確かこの器具、魔法使えなくする魔法がかけられていたんだっけ・・・。
さっき竜から人間に戻るとき、魔法使えたけど・・・。
もしかしてそのせい?
(俺がルーネさんのかけた魔法を無視して無理やり魔法使ったから!? ・・・でも無理して魔法使った感じは無かったんだけどな・・・)
とか思っていたが、器具がいよいよ熱を持ち始め、角が締め付けられた。
目の前の風景が歪む。
「いっ・・・ちょっ・・・誰か・・・来て・・・・」
パッ と、部屋の明かりがついた。
ウル村長だった。
そして、俺が頭を抑えてうずくまっているのをみると、慌てたように駆け寄ってきた。
「セト、セト、聞こえるかい? どうしたんだ?」
「とって・・・抜・・・いて・・・くれ」
俺は必死に髪を上げて、器具がついている角を村長に見せた。
村長はそれを見て目を見開いたが、すぐに取ってくれた。
器具が外れた瞬間、ものすごく楽になった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「大丈夫かい? それにしても、これは誰につけられたんだ?」
俺は息を整えてから、「ルーネさんです」と答えた。
村長はやはりかと呟いて顔をしかめた。
しかし、すぐに笑顔になって俺の頭を撫でて、
「おやすみなさい、セト」
と言うと明かりを消して出て行った。
俺は村長が出て行ったあと、撫でられた頭を触り赤くなった。
(この年で頭撫でられるなんて・・・)
って、具体的な年知らないんだけどね!
小さい子供じゃないことは確かだよ!
とにかく、村長に感謝だ。
その夜はそのまま眠りについた。




