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旅立ちの日

夜に学校近くのファミレスで卒業パーティーをするらしい。一度家に帰って着替えてからファミレスに集合することにした。


家路に着きながらも、僕はちらちらと鞄の中をのぞき見ていた。さっき詩織さんから渡された手紙が入っている。もしも詩織さんが僕に興味を持っていてくれたのだとしたら。そう考えただけで心臓が早鐘を打った。漫然と、大きな変化も無く過ぎ去っていった高校三年間。その最後の幕引きに、ついに僕にも大きなイベントが訪れた気持ちだった。



「ただいま」


「……おかえり」


「え?」


独り言のつもりだったので、思わず変な声が出てしまう。こんな時間に居るはずの無い父さんが、玄関先で直立不動の姿勢を取っていた。思わず眉間に皺をよせた僕の視界に、ぞろぞろと家族の面々が集まってきた。母さんに、姉さんまで。この2人だって、まだ帰宅する時間では無いはずだ。


「え、え?」


まったく事態が飲み込めずにいる僕を、真剣な表情で見つめる皆。


「何?何かあったの」


「……来なさい」


父さんが手招きをしたのを皮切りに、ぞろぞろと皆が居間に移動していく。意味が分からないまま僕も後を着いていく。


何故か皆、フローリングに正座になって座っているので、僕も何となく正座で向かいに座る。


「雅弘。まずは高校卒業おめでとう」


「え、うん。ありがとう」


「それでな。うん、お前に今日は伝えなきゃいけないことがあってな」


「何?」


「うむ。何から話すか……」


「お父さん、雅弘も戸惑ってますよ」


「うむ」


何なんだろう。父さんが言い淀み、母さんが後ろから促している。姉さんはニヤニヤ笑うだけだ。


「え、何?何かあったの?」


漠然とした不安と、訳の分からない状況へのいら立ちもあって、少し声を荒げてしまう。

黙ったままだった姉さんが、気を利かせたのか口を開いた。


「……雅弘にもさ、『家』の事について話そうと思うんだよね」


「うち?」


『家』が何だというんだろう。瞬間、実は借金でもあるのだろうかと考える。でも、父さんは酒もギャンブルもやらない真面目なサラリーマンだ。一軒家ではあるけど贅沢はしてないはずだし。まだ家のローンが残っているとか、そんな事だろうか?



「うん。うちのさ、生業っていうか」


「生業?」


「お父さん」


姉さんが父さんを促す。観念したように父さんが口を開いた。


「忍者だ」


僕は正座を組み直した。大分足が痺れてしまっている。姿勢を正すと、父さんの言葉の続きを待った。


「……うちの家系は代々優秀な忍者を輩出していてだな」


「え、ごめんちょっと待って」


僕はもう一度足を組み直す。今度はあぐらだ。


「え?サクッと言ったけど何て?忍者?何それ」


「忍ぶ者と書いてだな」


「いや知ってるよ!?そうじゃなくて。え!?何?どういうアレなの?何で家族総出で意味分かんない事言うの?」


父さんの顔には脂汗が浮かんでいる。姉さんは何故か爆笑しているし、母さんは心配そうに父さんを窺っている。


「雅弘が信じられないのも無理はない。でも本当だ。いいか?」


そう言いながら父さんが着ていたスーツを脱ぐ。脱いだスーツの袖口に手を突っ込んで押し出し、そのままスーツを裏返した。


「……?」


「分かるか?裏側は柿渋色になっている。そもそもな、世間一般で言う忍者の衣装。あれおかしくないか。物凄く目立つだろう黒って」


「いやリバーシブルなのは分かったよ!!そうじゃないでしょ!?馬鹿じゃないの!?」


「父親に向かって馬鹿とは何だ!!馬鹿とは!!」


「馬鹿馬鹿しいから馬鹿って言ってるんだよ!!高校卒業して家に帰ったら父親が忍者カミングアウトなんて聞いたことないよ!!何それ!?っていうか何そのスーツ!!変なの!!」


「雅弘ォ!!!」


父さんが物凄い形相で僕に掴みかかる。殴られる!!思わず、ぎゅっと目を瞑った。……襲ってくるはずの衝撃と痛みが、いつまで経ってもやってこない。薄く目を開けた僕の目に飛び込んできたのは




さっきまで父さんが居たはずの場所に置かれた人間サイズの丸太だった。



「は?!」




「……まったく、あの人ったら本当に口下手なんだから」


……母さんが付けていたエプロンを外し、引っくり返す。の裏地を茫然と見つめる。


「雅弘でもこれは分かるでしょう?『忍法変わり身の術』……強制だけど」



僕は開いた口をそのままにしてしばらくの間固まっていた。






丸太にとって変わった父さんの行方も気になったけれど、情けないことに軽く貧血を起こした僕は、自分の部屋に戻りベッドに横たわっていた。頭の中を整理しようと思っても、混乱しすぎているのか何もまとまらない。いや、まとまるはずがない。忍者って。


「……雅弘?大丈夫?」


ドアが開き、姉さんが顔を出す。


「……大丈夫なわけないか。あんなの見せられて冷静で居られるわけないよね」


姉さんは苦笑いしながら部屋のドアを閉めると、勉強机の椅子に腰かけた。


「私もハタチの頃だよ。知ったの」


「……一年前じゃん」


「うん。あ、ちなみに私は忍者じゃないよ?興味ないわけじゃなかったけどね。お母さんと一緒にちょっと修行したんだけど、適性が無いーみたいになって。……水の上歩ける位かな」


駄目だ突っ込むに突っ込めない。


「姉さん体育の成績悪いんじゃなかったっけ……」


「うん。昔はね。須田家の人間は、生まれてきた時に秘孔を突かれて、標準的な身体能力でセーブされちゃうからね」


秘孔って何だ秘孔って。


「……雅弘が混乱するのも無理ないよね。普通は成人するまでは絶対にばらさないんだよ。まぁ、大人になったからって混乱しないわけじゃないけど、ある程度性格は出来上がっているだろうから、若いうちから力に溺れるってことは防げるしね。……でも、まさかそのルールを破っちゃってる分家が居るとは思わなくって」


「……え?」


予期していなかった姉の言葉に固まる。


「……そういうことだ。雅弘」


「えー!?」


天井が開いて父さんが顔を出す!!何これ!!忍者じゃん!!


「須田家はまぁ、何だ……。戦国時代から続く超エリートのバリバリ現役の忍者集団だ。とは言っても今は忍者だけで生活していける程楽な時代じゃないからな。私だって、昼はサラリーマン、夜は半サラリーマン、半忍者だ」


駄目だ。父さんが半ラーメン半チャーハンみたいなこと言い出した。


「まぁ、こんな稼業だからな。忍びに忍んでいたんだが。末端も末端、例えるなら友達の、そのまた友達の妹の友達、位遠い分家なんだが、稀代の天才が生まれてな。もの凄いテンション上がっちゃったんだろうな。うちは忍者だから!!位な感じで小さい頃からバリバリの忍者修行をやってしまった結果、国家ですら殲滅が可能なハイパー忍者が生まれてしまった」


「ごめん何言ってるのかよく分からない」


「雅弘。現実を見なさい」


「見ないよ!!っていうか何で父さんさっきから天井裏からのアプローチなの!?わざわざ逆さになる必要ないじゃん!!顔真っ赤じゃん!!」


「『逆さまの術』だ』


「顔真っ赤の術の間違いじゃないの!?もういいよ!!分かった。認めたくないけどうちが忍者なのはよく分かった!!で、その国家すら相手に出来るハイパー忍者が、何なの?」


「普通は成人してから、いろはのいから叩き込む。かたや分家は物心ついた頃からだ。それでも、今までは鳴りを潜めていた。……今日のこの日までは」


「え?」


「雅弘。何でお前に掟破りのカミングアウトをしたのか。……出身校の卒業式を皮切りに、ついに動き始めた分家のハイパー忍者を打倒すためだ」


「えー!?」


「……いいか。お前は自覚が無いだろうが、ちっとも自覚が無いだろうが、私たち須田家は現役バリバリの忍者だ。もう普通に殺し屋とか来る。マジで。でも、それでも私たちが日頃平和に暮らせるのは、堅気の人たちには手を出さないという、ルールにすらならない常識があるからだ。分かるだろう?私たちが本気を出せば、パワーバランスが崩れる。黒と白に分けられた世界の、垣根を壊せばどうなる?全てが灰色になる。忍者なんかとっくに存在しない。超能力なんて無い。お化けなんて嘘さ。そうやって守ってきたこの世界のバランスが、全て崩れ去る」


そうなれば世界はどうなる?父さんは顔を真っ赤にしながら呟いた。まず降りろ。


「……っていうか今日から動き出したって何なの?別に何も……」


何もおかしな事は無かったと言いかけてはっとする。まさか。


「……校庭の桜が全部散ってたのも。……力が欲しいかっていう空耳も。……黒板に書かれてた『中村浩二』って名前も……全部関係があるの!?」


「無い」


「無いの!?」


「桜は普通にいいタイミングで散っただけだ。あと黒板に名前を書いたのは二年六組の中村君だ」


「中村卒業すらしてない!!何それ!!ただの目立ちたがりな子じゃん!!ええ!?力が欲しいかって声は!?あれ凄いそれっぽいのに」


「あれは父さんが多少盛り上げようかなと思って天井裏から発してみた」


「会社行けよ!!全然半サラリーマンじゃねーじゃねえか!!」


「父親兼忍者に向かってその口のきき方はなんだ!!」


「うるさい!!バーカバーカ!!」


父さんと危うく取っ組み合いの喧嘩になるところを姉さんと母さんにお互い羽交い絞めにされた。


「ええ、じゃあ兆しはどれなの!?それっぽいの全部言ったけど」


「教頭先生だ」


「え?」


「教頭先生が激ヤセしていたろう?あれはな、『激やせの術』だ」


「え?何て?」


「『激やせの術』。どんなメタボリックな体であろうと、見る見るうちに理想的な体型を作り出す術だ。相手に掛ければ、一晩で痩せる。……禁忌の術だ」


「え、もう馬鹿でしょ」


「教頭先生は大喜びだ。自重に悲鳴を上げていた体もすっかりスレンダーになって、腰と膝の痛みがまったくないらしい。会話が少なかった家庭だったのに、その劇的な変化に家族が湧いて、妻と娘との会話が増える一方だ」


「いいことばっかじゃん」


「それでも禁忌の術を、一般人に掛けたことは重罪だ。いいか、雅弘。分家のハイパー忍者は確かにとんでもない存在だ。だがな、須田家本家長男であるお前こそが、この世に生まれた数多の忍者の頂点に立つ、真のハイパー忍者なんだ」


とんっと首を叩かれる。振りかえすといつの間にか後ろに立っていた母さんが、人差し指を立てながら笑っている。


「……え?」


「雅弘。身体の『枷』は全部外したわ。どう?気分は」


「いや全然何も変わらないんだけど……」


「そう、じゃあこれはどう?」


僕の首筋を叩いたはずの右手が消えた。

何も考えていなかった。次の瞬間僕はしゃがみ込み、物凄い勢いで突き出された母さんの右手を避けると、そのまま部屋の端まで壁を蹴りながら移動していた。


「……えええ」


天井に限りなく近い壁際に張り付きながら、僕は情けない声を上げた。







「まずは『逆さまの術』だな」とか言い出した父さんを習った覚えの無い体術でひらりと躱し、僕は家を飛び出した。冗談じゃない。こんなわけ分からない展開には、僕はついていけない。


急いでファミレスにいかないと。それに、詩織さんの――。


「……あぁ!!」


何をやってるんだ!!僕は思わず後ろを振り返る。詩織さんの手紙は学校の鞄の中だ。僕が鞄から抜き取ったのは財布だけ。あまりにも突拍子の無い展開に、すっかり詩織さんの手紙の事が頭から抜けてしまっていた。どうする?今から家に戻ろうか。いや、もう忍者なんて話はまっぴらだ。


「……須田君?」


まさか。僕の心臓が跳ねあがる。勢いよく振り返った僕の目に映ったのは、可愛らしい私服姿の詩織さんだ。どうして?詩織さんも打ち上げに出るのだろうか。


「良かった。来てくれたんだ。待ち合わせ場所に行く途中に会っちゃうって、何か恥ずかしいね」


詩織さんが顔を真っ赤にして呟く。待ち合わせ?何の話だろう。

僕があまりにも挙動不審にしていたのだろう。詩織さんが怪訝そうに首を傾げる。


「あれ?手紙、読んでくれてないの?」


その言葉に今度こそ心臓の止まる思いがする。何てことだ。詩織さんが僕に渡してくれた手紙には、どうやらどこかで待ち合わせする内容が書いてあったらしい。


重大なミスに血の気の引く思いだった。でも、もしそれが本当なら。そこまで考えて引いていた血が勢いよく全身を巡っていく気がする。詩織さんがわざわざ僕を呼び出そうとするなんて。ああ、神様。ありがとうございます。忍者とかもうどうでもいいです。この時よ、永遠なれ。








「上手に出来てたでしょ?『激やせの術』」


神様、今の無し。


「……え?」


詩織さんは天使のような微笑みを浮かべている。


「ずっとずーっと、我慢してきたんだ。特に高校三年間はずーっと。だって須田君が居たから。話でしか聞いたことの無かった、あなたが居たから。……ずっとずっと言いたかったんだ。私は……。私たちは、特別なんだよって」



「……詩織さん、僕は」


「一宮の悲願だったの。だから、ちょっと反則だったかもしれないけど、許してあげてね。お願い」


詩織さんが可愛らしく両手を合わせる。そしてそのまま――、右手の人差し指を左手で包んで――。嘘だろう。神様。


「『内緒の術』」


周りの景色から、色が消える。僕と詩織さん。それ以外が全て、灰色に変わる。あぁ、これは知ってる。知らないけれど知っている。全ての目を欺く結界の中で僕は茫然と目の前の女の子を見つめ続ける。


「あなたが白で、私が黒。――あなたを潰して、全部灰色にしなくっちゃ」


詩織さんは嬉しそうに笑うと、バッグから携帯を取り出すように気軽に、真っ白な柄の短刀を取り出す。



そして、消えた。














鈍い灰色の世界で、閃光のように煌めく白刃を押しとどめる、真っ黒な刃。


父さん。とりあえずこれだけは持って行けって、本当に正解だったよ。


「……詩織さん。実は僕、今日忍者になったんだ」


無表情に僕の首を狙いながら刃を押し込める詩織さんを見つめる。


「何て言ったらいいのか……。今、こういう状態じゃなかったら、きっと今でもはっきりとは信じてなかったと思うな。ああ、これ現実だ。どうしよう」


詩織さんの瞳が揺れる。怒りと、憎しみ。あぁ、詩織さんの顔をこんなに近くで見るのは初めてかもしれない。やっぱり美人だなぁ。


「でもね。それでも……。詩織さん。もしかしたらね、僕はずっと、生まれてからずっと忍者だったのかもしれない」



だってほら、こんなに 苦無(くない)がしっくりくるんだ。


全身の力を籠めて、力の流れを作り出す。首筋に届きそうだった、詩織さんの刃を思い切り弾く。驚愕の表情で間合いを取る詩織さんを見つめながら、 苦無(くない)を逆手に持ち直す。


詩織さんがだらりと刃を下げる。


「……須田君、卒業おめでとう。」


どこからか吹いてきた風が僕の頬を撫でる。心地よくて、僕は思わず微笑みを浮かべる。


「詩織さんも。卒業おめでとう」


まるでただの、普通の卒業生のように、穏やかに。


「――世界を、灰色に」


「――君を、一般人に」


揺らいだのはどちらの刃か。


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