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経過不順

 日常とは『裏世界アンチワールド』と比べ刺激が少ない。均された毎日をただ享受するしかない一般人はさぞかし退屈だろうとクロイツは思う。

 しかしそんな日常にも時には波乱が起きるものである。

「転校生を紹介します」

 担任の声に机に突っ伏して眠っていたクロイツは、薄目を開けて興味なさげに教壇を見た。

「葉桜理佐さんです」

「それは仮の名前」

 アッシュブロンドのハーフツインテール。昨日戦った少女がそこにいた。

「私は魔女。『調律詩(VOICE)』の名を世界システムより継ぎし者」

 調律詩(VOICE)は何時の間にか手にしていた拳銃を構え、引き金を引いた。

 そして世界は塗り替えられる。

 超越者が跋扈し、異能者が遊戯ゲームを行う、非日常――即ち、『裏世界アンチワールド』へと。

 あらゆるものが停止していた。人はその鼓動に至るまで全てを凍りつかせ、時計は時を刻まず、風はなぎ、日は落ちない。

 そんな世界でクロイツは白衣を翻した。

 今朝にも、すべからく白衣は今鶴羽都によって奪われていたので、いま羽織っているのはクロイツが咄嗟に生成したものだ。

「何のようだ」

 敵意を隠しもせずクロイツは告げた。

 如何な手段を使ったのか、敗者であるのに未だこの世界へ足を踏み入れることのできる少女、脅威であると判断するのに十分である。

「3762、昨日貴方が私と戦った回数」

 その言葉だけでクロイツは十分現状を把握した。クロイツには少女、『調律詩(VOICE)』と戦った記憶は一度しかない。先ほどの言葉から考えれば彼女は再戦リプレイ、若しくはそれに順ずる能力を持っていると考えるのが妥当である。現在時が止められていることも考慮に入れると『調律詩(VOICE)』は恐らく高位の時に関する魔法を使えると判断するべきだとクロイツは結論を出した。更には魔法体系に属する者であるなら専門外であるクロイツに止めを刺しきれなかったことも説明できる。完璧な予測であった。

「貴方は勘違いしている。私は時を司る、魔女ではない。『綻びる世界ラプソディ』は、時を止める、魔術ではない」

 しかし、少女は飽くまで淡々と言い放った。

「魔術とは、異なる因と、また異なる果を、結ぶ業。例えば詠唱によって焔を熾し、陣によって門を成す。このように」

 魔女が引き金を引くと銃口から紅蓮が迸った。舐めるように揺れる紅い舌は、しかし何も焦がさない。幻想は現実を壊せない。

 クロイツはそれを無言で眺める。

「魔術を制することは、因果律を制する、ということ。『綻びる世界ラプソディ』は世界停止という現象を、引き起こすものではなく、時間の経過という事象を、別の原因へと結びつける術。この場合は私が指を鳴らすまで、成因を失った時は流れを止める」

 なかなか興味深い話だ、とクロイツは思った。

 立場上、魔女と話す機会は少ない。

「それで調律詩(VOICE)だったか。結局僕に何のようだ。まさか長々と魔術の講釈を垂れに来た訳ではないだろう?」

「……『平衡機関アル・アーディル』を知っている?」

 僅かな沈黙の後に調律詩(VOICE)は疑問を返した。

 平衡機関アル・アーディル、その名を『裏世界アンチワールド』にいて、知らない者はいないだろう。クロイツの『ソロ』と同じ意味の称号だ。つまり平衡機関アル・アーディルは秩序を守る為の機関である。規模、勢力ともに巨大で、間違いなく裏世界アンチワールド最強の一つに数えられるであろう組織だ。

「ああ、それが如何した」

平衡機関アル・アーディルはNo,8を破棄、或いは改竄することを企んでいる。私はそれを、阻止したい。でも、私一人では奴らを、止められない。」

 そこで魔女は言葉を止め、拳銃を消した。

ソロ、……貴方の力を、貸して欲しい」

 そして魔女は答えも聞かずに指を鳴らした。

 世界は突然動き出す。

 時が動き出した世界でも、場は凍り付いていた。葉桜理佐、もとい調律詩(VOICE)のカミングアウトのせいである。

 クロイツの所属するクラスの担任である教師も一瞬は唖然とした様子だったが、とりあえずは冷静を取り戻したらしく、これ以上おかしな発言を少女がしないうちに壇上から下げてしまおうと空いている席――窓際の一番後ろ――に座るよう彼女に指示した。

 そして同じく窓際の列に座っているクロイツの横を通り過ぎる時、

「放課後、屋上で」

 と魔女は耳打ちした。


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