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3762分の1

 クロイツの目的は真理の探究であるが、クロイツにはもう一つ大事な仕事がある。其れは中須川の秩序を守り、不安定な平和をもたらすこと。

 『真理の探求者エイレナイオス』のもう一つの顔、それは混沌たる戦場に秩序を巡らす制定者『ソロ』としての顔だ。

 今日行う仕事もその関係である。

 『裏世界』の者達は奔放で自分勝手な奴らだ。如何に表と裏に隔たりがあり、沈黙すべき掟イリーガル・オファーが最低限を定めていたとしてもそのバランスは容易く傾いてしまうだろう。

 そんな世界のバランスを取るのは圧倒的強者に他ならない。それは超巨大な組織であり、兵器であり、個人だ。

 弱者はかき抱いた幻想を守るために従わなければならない。なぜなら幻想とは壊れやすいものだ。誰しも歪んでしまった幻想を、壊れかけた夢を追いかける。そんな世界だからこそ生きていく術を貪欲に探らなければならない。それが唯一の方策だ。

 今日のクロイツは『ソロ』としてここにいる。

 平和とは調和。一人で成り立つものではなく共に競合し、挑戦し、ようやく実現できる。しかし忘れてはならない、平和とは平和にしようという努力失くして生まれない。そして平和とは平和であろうと努力し続けることによって維持される。平和な時代に生まれた連中はそれを理解していない。平和なんて当たり前だと思っている。だから連中は馬鹿なのだ。

 『ソロ』は危ういバランスを取るために今日ここに来た。

 造反の芽は即刻潰す、クロイツの信条の一つである。

 眼前には宙に浮かぶ幼い少女。ハーフツインテールにした髪はアッシュブロンドで、狂気を宿す瞳が紺碧色をしているところを見ると日本人ではないのかもしれない。夜の闇の中にあってぬけるような白い肌、人形のように可愛らしい美少女だ。

 それだけに黒いレザーコートを羽織り、交叉させるように巻いた二本のガンベルトから二丁の拳銃を取り出す姿は異様だった。

「Hello world!!」

「出会っていきなり銃撃か」

 クロイツの目の前で二発の銃弾が停止していた。いや、よく見れば不可視のフィールドを突き破らんと高速で回転しているのが分かる。

 飛行能力はそれほど珍しい訳でもない。TPをそれほど消費するわけではないし、概念強度もそれほど強固に保つ必要は無い。攻撃手段が両手に持つ拳銃だけでなのだとしたら不可視の防御膜を持つクロイツにとって然程警戒すべき相手ではないが、『ソロ』に刃向う者がその程度のはずはない。

「There is a flower within my heart,」

 少女は歌を口ずさむ。

 クロイツは少女に向かって受け止めた弾丸を弾き返した。

「Daisy, Daisy!」

 少女はその弾丸を正確に撃ち落としながら高速で飛び回り、あらゆる角度からクロイツを狙い撃った。しかし、クロイツの防御膜は全方向ををカバーしている。雨のように銃弾が降り注ぐ中クロイツは一歩も動かない。

「その程度か? 昨日の奴といい最近は挑戦者のレベルが落ちたな」

「Planted one day by a glancing dart,」

「それが限界ならここで終わりだ」

 クロイツの周囲に簡素なポリゴンが組み上がり、浮遊する四基の砲台が形成される。その砲台はそれぞれ自動で少女に照準を合わせると蒼いレーザーを照射した。

 膨大な熱量が発生し、空気が急激に膨張する。

 爆音を轟かせながら高速度で迫る光線は確実に少女に当たる軌道だった。

 が、少女はそれを避けて見せた。その場から掻き消えることによって。

「何っ!」

「Planted by Daisy Bell!」

 驚いた瞬間に背後から打ち抜かれる。一撃は心臓を、もう一撃は頭部を破壊した。周囲の代替細胞オルタネイティブセルが超高速で破損部を修復する。

 クロイツは即座に形成型集合演算機アーバナイザーを立ち上げた、周囲の位置情報と射撃された角度等の情報から少女の現在地を割り出す、180度後方150.25メートル、仰角25.7度。

「後ろか!」

「Whether she loves me or loves me not,」

 振り返るクロイツの視線がトリガーを引こうとする少女の指先を捕らえると、クロイツは思考する前に地を蹴って真横に飛んだ。

「Sometimes it's hard to tell」

 そして、クロイツは飛んできた銃弾から全てのからくりを理解した。 

 正確には銃弾は飛んでいない。

 クロイツがいた場所に空間転移テレポートして現れたのだ。少女は始め能力によってレーザーを避け、次に弾丸をクロイツの頭と心臓を直後に打ちぬける位置に送り出した。防御膜は球を形成しているので体表面近くに転移してきた弾は防ぐことができない。

「やるじゃないか」

「Yet I am longing to share the lot ?」

 クロイツは久々に自身を傷つけた敵に興奮していた。

 随分と久しぶりに形成型集合演算機アーバナイザーの機能が開放される。

「機能開放『M.M.2』」

 『M.M.2【Masking Motion ver2.0】』は対人戦闘に特化した支援ソフトである。

「Of beautiful Daisy Bell!」

 その具体的な性能は今までに蓄積されたデータと相手のニューロンパターンから対戦者の行動を全て予測し、クロイツのステイタスから計算して予測に対して最も最適な行動を自動的に出力する。

 つまり光速度を超えようと、時空間を無視していようとあらゆる攻撃は黒ヶ峰十字には当たらない。

「Daisy, Daisy,」

 そもそも空間転移なんて技はクロイツにだって使えるのである。

「『空転ステッピングスペース』」

 時空間を越えてきた弾は空しく何もない空間に取り残された。

「Give me your answer do!」

 クロイツの突然の転移に反応して逃げることができたのは褒めるべき点であるが、「ソロ」の追撃はやまない。夜の空の追撃が始まった。


 27.3度左方、217.00メートル、俯角31.0

 56.0度右方、170.12メートル、仰角89.1

 45.6度右方、56.02メートル、俯角67.2……


 必死に空間転移で逃げていく相手を、クロイツは同じく空間転移で追い詰めていく。

「I'm half crazy,all for the love of you!」

 しかし『M.M.2』は防御だけに特化した支援ソフトではない。その支援の範囲は攻撃にまで及ぶ。『M.M.2』は転移と同時にクロイツの周りに浮かぶ自動砲台を操作して相手が向かう先へレーザーの照射まで行った。

「It won't be a stylish marriage,」

 初めは紙一重でよけていた少女も、演算に対する支援があるクロイツと違って、全て自分で処理しなければいけないために消耗して徐々に動きの切れがなくなってきた。

 そして終に空間転移の連続使用が堪えたのか、飛行能力の維持ができなくなり、墜落する。

「I will permit you to use the brake,」

 しかし少女はまだ諦めていなかった。墜落しながらも二丁の拳銃を水平に構える。

「My beautiful Daisy Bell!」

 極太の紅い光の本流が二つの銃口から放たれ、交じり合い、少女を撃墜せんと迫っていた蒼いレーザーを飲み込んでなお勢いを増している。

 どうやら能力が維持できなくなったのではなくこの一撃に全てをかけたらしい。

「おもしろい」

 クロイツが右手を振ると四基の砲台が組み合わさり巨大な砲身を形成し、砲撃体制を取る。

蒼穹の射手ゼロ・フレイザー

 音声コマンドを認識して鉄塊の如き砲身が吼える。見えざる砲撃が赤色の閃光を容易くねじ伏せ蹂躙した。

 最後にして最高の力を振り絞った少女はその衝撃波に呑まれ、地面に叩きつけられるしかなかった。

 黒ヶ峰十字ミッション完了である。


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