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冬将軍と子供たちの約束

作者: 朝市屋九楽

 あ~、えっへん。みんな席に着いたかね?

 それでは諸君。我が輩の話を聞いてくれたまえ。


 我が輩の名前は冬将軍だ。

 かつてはフランス大帝ナポレオン・ボナパルト一世を打ち破り、かの第三帝国ナチスドイツ軍をも撤退させた偉大なる騎士。夏を追いやり、海を凍らせ、人々に大自然の恐怖をたたき込む畏怖すべき存在。

 それが我が輩である。

 今日は諸君らに話があってやってきた。神妙に畏まり、心して我が輩の話を聞いて欲しい。

 諸君らも知っているとは思うが、この世は今、永遠の冬に閉ざされている。

 ……。

 ――うん?

 なんだね? そこの坊主。質問はあとにしたまえ。

 ……なに? お爺ちゃんは誰なのか、だって?

 お爺ちゃんと呼ぶな。年寄り扱いは許さぬぞ。それにさっき言ったであろう、我が輩は冬将軍であると。

 かつてはフランス大帝ナポレオン・ボナパルト一世を打ち破り、かの第三帝国ナチスドイツ軍をも撤退させた――

 ……なんだ。なぜ首を傾げる。まさかとは思うが、冬将軍を知らないというのか、君は。

 ……。

 か~ー! なんたることだ情けない! どうしようもないな最近の子供たちは。親や教師は一体何を教えているんだ。冬将軍も知らないとは。いや情けない。

 まったく……。

 ……しょうがない。誰かわかる者はおらんか。

 うむ。うむうむ。

 ではそこの君、答えてみたまえ。そうだ。そこのパープルグレイの髪をした君だ。よし、立って。そうだ。答えてみたまえ。

 うん。

 ――うん?

 ……。

 ……それは怪人赤マントだ。

 この馬鹿者が! そんな下等な妖怪どもと一緒にするな!

 まったく、けしからん。だいいち冬将軍は知らないくせに、なぜ怪人赤マントは知っているのだ。

 ――なに? 昔話で読んだ?

 そうか。それは知らなかった。いつの間にか昔話になっていたとは驚きだな。

 いやいや、赤マントはどうでもよい。冬将軍だ。誰か冬将軍について知ってる者はおらんのか。

 よし、じゃあそこの黄色いリボンの女の子。答えてみたまえ。うん。どうだ?

 ……。

 ……それはトイレの花子さんだろう。

 だから妖怪の類ではないと言っておる! しかもさっきの怪人赤マントより遠ざかっているではないか!

 ほらそこ! 笑うんじゃない!

 ええい、もういい! まったく。埒が明かん!

 いいか? 冬将軍というのは、厳しい冬の寒さが擬人化されたものを言うのだ!

 軍隊の進軍をも阻む豪雪!

 人の生死をも左右させる極寒の嵐!

 そういったものを具現化し、人の形を成したものが、この我が輩なのだ!

 ……。

 なに? 言ってる意味がわからないだと? 結局我が輩は誰なのか、だと?

 ええい。これだけ説明してもわからんのか……。

 困ったな……。ではなんて言ったら良いか……。

 つまりだな、そう、我が輩は……

 我が輩は……冬の精霊だ。

 そうだ、厳しい冬の寒さを司る、真冬の精霊だと思ってくれれば良い。

 どうだ。これなら解りやすいだろう?

 ――ふふん。どうやら静かになったようだな。我が輩がすぴりちゅあるな存在だと解って臆したか。やはり子供だな。可愛い奴らめ。

 うおっほん! それでは話を戻そうか。

 そう、冬の精霊たる我が輩が、どうして人間の形をとって姿を現したのか。もちろんそれには、れっきとした理由がある。諸君らにはそれを聞いて貰いたい。


       ※※※※※


 諸君らも知っての事とは思うが、今この世界は、永遠の冬に閉ざされている。

 理由は解らん。

 解らんが、確かなことは――

 ……。

 ……今度は何だ、そこのぼうず。手を挙げているが、トイレか?

 なに?

 ……ほう、この地球が永遠の冬に閉ざされているのは、五〇〇年前の大戦で使用された惑星破壊兵器にその原因があるというのか。それのせいで地軸が歪み、さらに太陽からの距離が外側に0.2%ずれたことが、地球の気温に多大な影響を及ぼしたと。

 それに「永遠の冬」ではなく、「千年氷河期」と呼ぶのが一般的な呼称である……か。なるほど、知らなかった。君は随分と物知りだな。どこでそんな難しいこと教わった?

 なんと。低学年用の教科書に載っているというのか。

 そうか。最近の子供たちは難しいことも学ぶのだな。

 常識だと? 

 うるさい。子供のくせに生意気なことを言うな。我が輩がこうして人間の前に姿を現すのは、実に700年ぶりのことなのだ。俗世間の早さになどついていけるものか。

 ……ところで聞くが、何故に千年氷河期なのだ? 我が輩の経験で言えば、氷河期は数万年の単位で移行するのが常識的な流れだと思うのだが。

 ――ふむふむ。そうか、なるほど。人間の手で作り出してしまった氷河期だから、人間社会の尺度で考えられているわけか。たしかに人間たちの感覚からすれば、千年は永遠とも思える長さなのかもしれんな。我が輩にとってはあまりピンとこない話だが。

 しかしなんだな。千年氷河期というと、逆に千年のうちに必ず終わりが来ると言っているようにも聞こえるな。

 君たちの話からすると、この千年氷河期が始まってからすでに五〇〇年の時が経っているようだが、あと五〇〇年のうちに終わるという保証はあるのかね?

 地軸と軌道がずれたのなら、それを戻さない限りこの冬は終わらないのだろう。

 我が輩にはそれこそ永遠に、この星が寿命を迎えるであろう何億年も先の未来まで永遠に、この氷河期は続くように思えてならないのだが。

 うん? 

 ……。

 ――はっはっは! そうかそうか、君がこの氷河期を終わらせてみせるというのか。それは素晴らしい。気宇壮大で良いことだ。

 お? 君もか。そうか、君たちも。

 いやいや、解った解った。何とも頼もしい子供らだな。君たちは。

 そうか、君たちが終わらせてくれるのか……。

 君たちが……。

 ……ん? ああ、いや、なんでもない。

 そうだな。誰かが終わらせないといけない。その通りだ。そのために君たちはこの学校に集められているのだからな。

 世界中の天才児たちを一同に集め、未来を救う科学者集団に育て上げる。全人類挙げての一大プロジェクト。その栄えある第一期生が君たちだものな。

 君らは将来、科学者になることが義務づけられているんだろう? 

 そしていつか、この千年氷河期を終わらせる。

 地球を再び蘇らせる使命を帯びた、至高の存在。それが君たちだ。

 なに? 爺さんのくせに良く知っているって? 千年氷河期は知らなかったくせに? 

 無論それくらいは知っておる。我が輩は地獄耳なんだ。

 人間が地下のシェルターに隠れてしまってからは聞きづらくなったが、本来、人間達の声は良く聞こえるし、人間達の姿は良く見えるものなのだよ。今でも地上に出た人間の行動はすべて把握しているし、地上に出てきた人間達の会話は、すべて我が耳に聞こえておる。

 ――おや、また静かになったな。

 まあいい。

 そう、我が輩がわざわざ人間の姿で諸君らの前に姿を現したのは、そのことを話したかったからだ。未来の頭脳集団、人間の叡智の証となる君達を見込んで頼みがあった。

 早く成長して、一刻も早くこの長き冬を終わらせて欲しい。

 そう、我が輩はそれを言いに来たのだよ。


       ※※※※※


 冬を司る我が輩が、冬を終わらせてくれと頼むのは滑稽かね? そうかもしれん。しかし仕方がないのだ。この冬はもう、我が輩の力ではどうにもならんのだよ。

 かつて、この世界には四季があった。

 しかし、いまは一年を通してブリザードが吹き荒れ、雪は溶ける事無く降り積もっている。

 我が輩が言うのも何だが、この星はそんな寂しいところではなかったはずなのだ。

 春には花が咲き乱れ、夏には草木が青々と茂る。

 秋は紅葉に彩られ、冬は一面が真っ白に染まる――

 それが本来の地球の姿だ。この世界はそうやって息づいてきたのだよ。

 しかし五〇〇年前から地球の環境は激変し、冬は永遠に居座り続けることになった。

 聞けばこの千年氷河期の原因は、諸君ら人間にあるというではないか。

 いや、もちろん君達のような子供らに責任があるとは言わん。世界をこのように作り替えた人間達は、もうこの世にはいないのだからな。

 しかし、人為的な力でねじ曲げられた自然の法則は、もう我々の力ではどうすることもできないのだ。

 人間が、人間の手で元に戻すしか方法はない。

 ……人間の力を借りないと何もできないとは情けないって?

 自然の力もたいしたことはないだと?

 そう思うかね? 

 馬鹿にしてはいけない。自然はすべての環境を呑み込み、すべてを内包する。

 このまま行けば、いずれ永久凍土に適した生物が生まれ、やがては人間も極寒の冬に対応できる体に進化していくだろう。

 この星は凍り付いたまま生き続け、多様な生命をはぐくみ、そして星としての寿命を全うするはずだ。

 しかしそれでは意味がない。我が輩は、元の地球の姿を取り戻したいのだ。

 そのためには、人間の力が必要だ。

 我が輩は長い間待っておったのだ。

 人間達が戦争の痛手を克服し、再び立ち上がるのを。

 そして待つこと五〇〇年。いまようやく、地球再生のプロジェクトが発足した。

 我が輩は断片的な人間達の声を集め、計画の中心が、世界中から集められた頭脳明晰な子供達にあることを知った。

 そう、君達のことだ。

 君達こそ、人類最初の希望、地球再生計画の礎となる存在だ。

 だが計画の要となる諸君らはまだ子供だ。

 自分たちの使命がどのようなものか理解していないかもしれないし、このような地下のシェルターに籠もっている以上、地上の凄惨な様子も把握しておらんかもしれない。

 そう思って、わざわざやってきたのだ。

 地上を預かる冬の精霊として、諸君らに使命の重要性を改めて説きに来たのだ。

 地球を救うとは生半可な覚悟では出来ないだろう。

 しかし性根を据えて取り組んで欲しい。

 これは人間達だけの問題ではない。地球そのものの願いでもある。

 そのことを、よく知っておいて欲しかったのだ。

 そう思い、それだけでも伝えたくてこうしてやってきたのだが……。

 ……。

 ――うん。だが、まあ、そんな心配も単なる老人の取り越し苦労だったようだな。

 我が輩が説教など垂れるまでもなく、諸君らはやるべき事をちゃんと理解していたようだ。

 先程の君らのたくましい言葉。この老骨に染みいったぞ。

 まさしく君達は本物だ。底深い知性と、揺るぎない決意がその瞳に宿っている。

 ーーははは。我が輩には見えるのだよ。なんせ精霊だからな。

 諸君らなら、まあ大丈夫だろう。安心してこの世界の未来を任せられる。

 うむ。期待しているぞ若者達よ。


    ※※※※※


 ――さて。では用も済んだことだし、この老骨はもう姿を消すとしようか。

 ん? どこに帰るのかって?

 地上に決まっておる。地上は一面、雪と嵐が支配する世界だ。

 地上はそのすべてが我が輩の家であり、我が輩そのものと言っても良い。

 また会えるかだと? 

 そうさな。また会うことは難しいだろうが……諸君らが使命を果たして、この世界に再び春を呼び寄せる事が出来たら、そのときはまた会いに来よう。約束する。

 それでは――うむ? おい何だ、どうした子供達よ。

 こらぼうず、鎧の裾を掴むな。手を離せ。

 なに、もっと話をしてほしいと?

 何を言っておる。この老骨なんぞより、諸君らのほうが何事においても詳しいではないか。

 我が輩が語れるのはもはや愚痴と昔話のみだ。諸君らの役に立てるとは思えん。

 ……。

 なに? その昔話が聞きたいのいうのか。

 季節が変わるというのはどんな現象なのか、春とは如何なるものなのか、それを知りたいというのか。

 そうか。君らは春を体験したことがないのだものな。考えてみれば、それも不憫なことだな……。

 しかし、そろそろ君達も宿舎に戻らなければならない時間ではないのかね?

 まだ大丈夫? むぅ……じゃあ……しょうがないな。少しだけだぞ?

 では話してやるが、その代わり、今日のことを忘れるでないぞ? 

 今日この日、鎧を被った冬将軍を名乗るじじいが現れて、千年氷河期を終わらせてくれと懇願していったこと。

 大昔の地球について語っていったこと。

 大人になっても忘れるな? そうだ。約束だぞ?

 ――よし。ではどれだけ話せるか解らないが、我が輩の拙い話で良ければ、なるべく詳しく語って聞かせよう。かつてこの世界に、四季が存在していた頃の話を。

 よし、ではみんなこっちに来たまえ。

 ほら、そっちの子も。もっとこっちに寄って。

 そうだ。よし、集まったな?


 うぉっほん!


 では話してやろう。

 そうだな。これは、千年氷河期が始まる前――

 ずっとずっと昔のお話じゃ。


楽しんでいただけたら幸いです。

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