1章02 森へ出立
それから数日も経たぬうちに、遠征当日がやって来た。
ケイを送ることになった神殿の兵士達が、馬具を着けながら
「正直、魔法師の森なんか、入口の手前であっても行きたくないね」
「あの周辺は貧民街だからなぁ。俺達みたいな奴らはきっと追い剥ぎに遭うだろうし、そこに二週間も滞在か…」
「しかも宿の運営してるのって、あのスパロウホーク伯爵だろ?」
「どうせ異世界人もすぐ死ぬよ。煙が途絶えたらさっさと帰ろうぜ」
と口々に愚痴をこぼしていると、勅書を持った兵士長が厩舎の門をくぐってやって来て、
「どうだろうな。なんせ異世界人は、神力が効かないんだ。魔力だって無効化できるかも知れない。陛下も、それを見越して今回の遠征をお決めになったんだろう。もしかしたら、生きて帰って来るかも知れないぞ」
と兵士達の頭をぐりぐり撫でた。
「それに、この遠征は我々にとっても重要だ。
調査結果次第では、西神殿を取り戻し、魔法師を制圧する計画を立てられる。そうすれば、神殿は勢いを取り戻せるようになって、俺達の給金も上がるだろう。
待たせる妻と子供に、恩返ししてやれるようになる」
意気込んだ兵士長は、さあ行くぞと声をかけ、神殿の徽章をぶら下げた馬の手綱を引いた。
「魔法師の森」は、かつて西神殿の敷地であった。しかし150年ほど前、魔法師の長である大魔法師が、神殿の最高官である大神官を殺害し、そのまま西神殿の敷地をも占拠してしまったのである。
以来魔法師は、森に籠ったまま沈黙を貫いている。
また兵士長が言う通り、異世界人であるケイがその調査役に抜擢されたのは、神殿が司る力「神力」を無効化してしまう特異体質があるからなのであった。
彼女に対して神力を使おうとしても、まるで風のように力が通り抜けていってしまうのだという。
それは、全ての人間が神力の恩恵を享受できるこの世の中において、かなりの異常事態であった。
もしかしたら魔法師が司る力「魔力」をも無効にできる可能性があるのではないかと、各所から淡い期待が寄せられていたのだ。
馬を率いた兵士達が中央神殿の出口に到着すると、既にケイは装備を整えて門前に立っていた。隣には、見送りに来たメルもいる。
「じゃあね、メル。もう行かないと」
「どうか、本当に気を付けてね。生きて帰ってきて。…お願い」
「大丈夫。心配しないで」
「…あの」
ケイを呼び止めたメルのグレーの巻髪が、風に吹かれてふわりと靡く。
「…。…。行ってらっしゃい」
「うん、行ってくる」
何かを言い残したまま、メルは1人、明け方の星と共に小さくなっていくケイの背中を見送った。
次回 1章03「盗賊から逃亡」




