1章11 交わした約束、物語の始まり
ぽかんとしたイノセントの足元に銃弾が転がる。
ケイの放った銃弾に血はついていない。
キラリ、とアールの瞳が光った。
過呼吸気味のケイに、剣を突き付けている男が
「あの、動いたら殺すって言いませんでしたっけ?」
と怠そうに言い放つ。ケイはヒュッと息を止め、男を見上げた。
濃いグレーのマスクを着けており、とても背が高い。切れ長の目に漂う濃灰色の瞳は、まるで人を誘って飲み込んでしまいそうな闇に覆われている。
その時、一瞬力が抜けたイノセントを振り払い、アールが2人めがけて飛んできた。
咄嗟にマスク男が反応し、彼女の胸に刃を突き立てる。ケイが死を覚悟した瞬間――
キン
小さな音を立て剣が宙を舞ったかと思うと、手袋をはめたアールの右手がケイの背中に柔らかく触れた。
彼の顔が、祈るように必死な表情から、みるみる安堵の表情へと変わっていく。
人の手の感触。
それはケイにとっても、アールにとっても、もの凄く久しぶりで初めてのものなのである。
「触れた…」
呟いたアールは、まるで愛しいものを包み込むようにケイを抱え上げ、疾風のごとく出口に向かって飛び立っていった。
後を追おうとしたマスク男を、イノセントが引き止める。
「待て、ジャック」
「ボス……。すみません」
「もういい。きっとあの女は地下から出ていく。これは僕の判断ミスだ。まさかあんな人間が…神殿にいるなんて」
そう言って粉々になった棺と骨を眺め、
「……元に戻すぞ」
と背を向けた。その虚しい背中を、ジャックはじっと見つめていた。
人々の喧騒を越えていくアールのローブが、風に靡いている。
「すまない。これ以上お前を匿ってやるのは無理だ。まだ傷も癒えていないのに…」
「私が勝手に部屋を出たせいです。アールさんにこんなに迷惑かけて。ごめんなさい」
「気にするな。その気持ちは俺にも痛いほど分かるから」
いつの間にか2人は、最初の井戸のような穴に続く階段へ辿り着いていた。ケイの荷物も手元に揃っている。
「俺が行けるのはここまでだ」
「ど…どうして。一緒に出ましょう」
「出られない。そこには神力の結界が張られていて、俺の魔力が結界の神力と反発してしまうんだ」
「え?」
「大丈夫、お前なら生きて帰れる。さあ行け!」
「待って、それってどういう」
「ケイ!」
アールはしかとケイを見た。その瞳は相変わらず悲しみに満ちているが、確かな光を携えてもいる。
「もし、できるのなら…できるのなら、外の世界の人に伝えてくれ!!
俺達魔法師は、150年前からずっと、神力の結界に覆われたこの地下空間に閉じ込められていると!!」
――風が吹き、ケイの髪だけを揺らした。
彼女の闇夜のような瞳に、生まれて初めて確かな光が宿る。
「分かった、伝える!!」
ケイは痛みも忘れ走り出していった。
アールは何もいない森の木々を見つめ、静かに肩を落として息を吐いた。
次回 1章12「森から帰還」




