1章10 拳銃を撃つ
「…イノセント…」
アールが呟く。そのイノセントとかいう名の男は、結われた豊かな銀髪を靡かせながら
「その女、魔法師じゃないな。人間だろ。しかも神殿の人間だ!」
と2人を見下ろして言った。ケイの胸元にある神殿の徽章がゆら、と揺れる。
「一体何の真似だ? 君に勝手な行動を許した記憶はないが。神殿の人間を使って、いよいよ魔法師を滅ぼうそうと企んだか??」
「ち…違います」
声を絞り出したケイの拳銃が、カチャカチャと微かな音を立てている。振り返り彼女を見るアールの瞳の中に、またしても少しの光が宿る。
「私は…私が、ここに勝手に入って来ただけで…アールさんは、怪我が治るまで療養する場所をくれただけで…だから…」
「貴様は黙れ、この悪魔が」
イノセントがケイを睨んで吐き捨てたその時、黙り続けていたアールがぐっと右手を掲げた。途端にイノセントは焦ったように身構える。
そこにいるのは、長い前髪から氷のような瞳をぼうっと光らせている捕食者だ。
しかしケイの目には、1人の優しく孤独で、端正な顔立ちの青年が映っていた。
ぐらり
突如、山積みの棺が崩れ落ちてきたかと思うと
「逃げろ」
アールの声と共に、棺の破片と骨がイノセントへ激しい音を立ててぶつけられた。
「でもあなたは――」
「逃げろ!」
その叫び声で、反射的にケイは走り始める。
「許さないぞ!! アール!!」
傷を負ったイノセントが怒声を浴びせ、大きな魔法陣を出現させる。それは出口を塞いだかと思えば、数多の弾をアールめがけて撃ち放った。
ケイは構わず、出口を塞ぐ魔法陣の中へと飛び込んだ。案の定体には何のダメージもない。本当に魔力を無効化できる体質があるらしい。
呆気なく出口を脱していくケイを、チラッと見やるイノセント。その隙に接近してきたアールが反撃を始めた――かと思われた次の瞬間、アールの体は吹き飛ばされ地面に叩きつけられてしまった。
「あっ」
思わず声が出たケイは、咄嗟に彼を助けようとして拳銃を構える。しかし、やはり手が震えて撃つことはできない。
思い返せば、森で襲ってきた盗賊達のことも撃てなかった。
もう誰も殺したくない。もう、誰も殺したくないのである。
その時、誰かが背後からケイの首を絞めた。「ゔっ」ともがく彼女の胸元に、鋭い剣先が突き付けられる。
「ハイハイ、動いたら殺しますよー」
気怠げな男の声だ。魔法は無効化できるが、剣で斬られれば普通に死ぬ――。ケイの背中に冷や汗が伝った。
防御に徹しつつ反撃の機会を伺うアールが、その状況に気付き、考えるよりも先に足を動かしていく。
「危ない!」
叫ぶケイの声も虚しく、アールの背中にイノセントが飛びかかる。
ああ、まただ。またこれだ。またこれだ、またこれだ。
「あああ!!!」
ケイは、叫んだ。
びくっとイノセントが反応する。その時、
バン。
…………カンカラカン。
呆気ない音が墓場に響いた。
次回 1章11「交わした約束、物語の始まり」




