1章01 勅令が下る
1章 「魔法師の森」と孤独な青年
ケイに国王から勅令が下ったのは、まだ肌寒い初春のことであった。
彼女が仮住まいをしている神殿では、粛々と旅の準備が進められていた。
「本当に魔法師の森へ行くの…?」
本の最後の頁を書いているケイの側で、宝石のような紫の瞳をうるうるとさせた少年が座り込み、駄々をこねている。
「メル。これは陛下のご命令だから。私に選択肢はないよ」
「でも、あの森から生きて帰って来た人、今までに一人もいないんだよ?」
「帰って来た人がいないだけでしょ。死んでいるかどうかは分からない。もしかしたら、森でまだ生きているかも知れないよ」
「そんなワケないよ! 僕は反対する。なんでケイが行かなくちゃいけないの?」
「なんでも何も…。私が "異世界人" だからだよ」
ため息を吐き、羽ペンをインク壷の上に置いたケイは、
「できた、『異世界実記』。あとで大神官様に提出しておいて。これも字と言葉を教えてくれたメルのおかげだよ、ありがとう」
と言って、執筆していた本を閉じた。
ケイがこの世界に来たのは12歳の時、今から5年前の話である。
中央神殿の湖に突如として現れた彼女は、言葉が通じず、2歳年下の博識な少年・メルにゼロから言語を教え込まれたのであった。
やがて異世界から来たらしいことが判明すると、国王は異世界の実態を書物に記録するよう命令。ケイはメルと二人三脚で『異世界実記』の執筆へ取り組んできたのだ。
「…完成しちゃったんだね。ケイ、おめでとう」
祝福するメルの顔は、悲哀に満ちている。
本を書き終えたということは、最低限の役目を終えたということ。つまり国からしてみれば、ケイはもういつ死んでも大丈夫、ということになるのである。
そのタイミングで、危険な魔法師の住処――「魔法師の森」の調査をケイに一任した国王が、メルは腹立たしくて仕方ないのだった。
「大丈夫だよ。生きて戻るから」
慰めるケイを、メルは口を尖らせたまま抱きしめた。
次回 1章02「森へ出立」




