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滅亡図書館 分類ファイル:法律

遠い天窓は、今日も曇天を切り取って薄い光を取り込む。細かい文字は正直、読めない。電気スタンドの灯りを強くして、分厚い書籍をそっと開いた。緊張する瞬間だ。この手の書籍は乱暴に開くといとも簡単に破れる。

「⋯⋯⋯っし、大丈夫」

「⋯⋯それ、辞書です?」

パイプ椅子を開いてコーヒーを⋯小さなサイドテーブル?に置いて、カラシが覗き込んで来た。

「カラシ⋯着々と自席作っているな」

「資材室に積み上げられてた廃材で組みました。アンティークっぽくて渋いかなと」

「器用なことを⋯」

「仕事はしています、定時まで」

最近定時を過ぎると資材室から槌の音がするとは思っていたが、とうとう自作の机まで持ち出すとは。いよいよ図書館長の座を狙っているな。

「で、辞書なんです?」

小さい文字でびっしりと詰められた文字群を覗き込む為、カラシが身を乗り出した。⋯柑橘がふわりと香った。さらりと目を遮った髪を耳に掛ける仕草をぼんやり見ていると、不意に目が合いそうになって咄嗟に紙面に目を落とした。

「辞書じゃねぇよ。法律書だ」

『六法全書』と書かれた分厚い本2冊。⋯立法機関からの依頼だ。

「―――正直、ここまでの情報量は要らんと思うんだけどなぁ」

立法機関には、これまでに何回か六法全書の大まかな内容を翻訳して渡した。あくまでも立法の参考に、と。それが最近大掛かりな法改正が決定した。その為に出来るだけ多くの参考資料が欲しいと『六法全書全文』翻訳という恐ろしい依頼が舞い込んでしまったのだ。⋯正直、吐きそうだ。

「さすがに一人では無理⋯では」

「なに、手伝ってくれんの」

「いやどす」

「―――皆、そう言うだろうよ」

俺自身もそうだが、閉架で翻訳をしている連中は通常好みの分野があり、その分野に貼り付いて離れない。俺もそうしたいが、立場上逃げる訳にはいかない。

「⋯頑張ってください」

ことり、と机にビスケットを置かれた。

「⋯⋯どうも」

そういや彼女はまだ専門は決めてない。あえて専門を決めずに需要に合わせて分野を渡り歩く遊撃部隊になる職員も、いないでもないが⋯彼女がそうなってくれると助かる。とりあえず今、法律系の専門にはノーを出した。無理もない。所詮は先人の約束事だ。今の世の中では何の役にも立たないし歴史家や立法機関にしか需要がない。


前回ダイジェスト的には翻訳しているので序盤は省略した部分を追加するだけ⋯と、作業を始めた頃、俺の携帯端末が忌々しい程の高音で警戒アラームを鳴らし始めた。

「⋯⋯館長!」

「山田からだ。⋯そういや初めてか、警戒アラーム聞くの」

カラシが強ばった顔で頷いた。彼女が入館して凡そ二年。⋯最後のアラームから、そんなに経っていたのか。俺は徐に、山田と通話を繋いだ。

『館長』

「どうした?」

『哨戒機関から連絡です。およそ15分後【懐古派】の襲撃が予想されます』

淡々と報告する山田の後ろで『襲撃予報が、入りました。図書館は、間もなく閉館いたします。ご利用中の皆様、速やかに、ご退出、若しくは安全エリアに避難して下さい』という館内アナウンスが既に流れていた。

「規模は」

『今のところ1グループ、20~30人程度』

「利用者は避難出来てそうか」

『懐古派の襲撃予想位置とは逆のエントランスを解放しました。3階以上にいた利用者は屋上に誘導しています』

「よし⋯一応、避難用の防弾ドローンを配備する。あとは『いつも通り』で頼む」

『館長もいつも通りで頼みますよ』

通話を切って背後のカラシを振り返る。

「⋯⋯懐古派が、来たんですね」

ごくり、と喉が動く音がした。肩が僅かに震えている。⋯無理もない。並の女の子なら泣いている。



俺達を殺し、図書館を焼き払う覚悟の集団が15分後にここを襲撃するのだから。



「⋯⋯誘導に参加します」

席を立ち走り出そうとしたカラシの手首を、咄嗟に掴んだ。

「よせ!」

「ですが訓練では⋯!」

「到着予想時刻が近過ぎる。今行ったら鉢合わせるぞ」

ズズズ⋯と、何かが崩れ落ちる音が響いた。地上では戦闘が始まったらしい。

「予想より早いじゃねぇか。別働隊もいたな⋯こっちだ」

カラシを引いたまま、地下11階へ向かった。



地下11階は、通常は館長以外は立ち入らないエリアだ。存在自体、俺と副館長以下幹部数名しか知らない。

「館長ルームじゃないですか⋯いいんですか、こんな非常時に引きこもって」

「当然のように知っているんだよな⋯図書館のトップシークレットを」

「私の目の前でしょっちゅう出入りしているじゃないですか⋯トップシークレットがユルユル過ぎる」

最奥にしょっちゅう入り浸っているから俺の出勤に鉢合わせるんだろうよ。

「地下11階は館長室だけじゃない」

無機質なクリーム色の廊下の奥に、黒く重い扉がどっしりと聳えている。出来れば開きたくない、襲撃の際しか開かない扉の鍵穴に、くすんだ銀色の鍵をさした。



「⋯⋯モニタールーム?」



電灯は、かつてはあったのかもしれないが、いつしかだれも電球を交換しなくなった。壁一面に張り巡らされたモニターの光だけで眩しい程だ。

「地上は突破されていない⋯か」

一般開放されている書庫のモニターをクローズアップする。自動小銃だろうか⋯短く、連射が利く銃を携えた集団が散開しているようだ。受付付近に血溜まりが出来ている。バリアの内側にも続いているから、職員のものだろう。ぎりり、と歯ぎしりが出た。

「建前だけ立派でも、結局こういう事になるんだ」

威嚇射撃のつもりが流れ弾で⋯というところだろう。怒りで腹の中が煮えたぎるようだ。どうしても慣れない。

「懐古派の人達は、本当に可能だと思っているんでしょうか⋯母星に、帰るなんて」

『懐古派』と呼ばれる、右翼系過激派の団体がいる。古きを尊び、いつの日か母星に帰還する為に古き良き母星の文化を保存する、先人の文化は『汚染』である。という主張を持っているのだ。

「⋯先人の恩恵で快適に生きているのに。何故母星を滅ぼした文明を引き摺るんですか」

「別に、悪い事だらけだった訳じゃない。彼らを魅了する美学があったんだろう。俺だって先人の文化が100%優れていると思ってはいない」

傍らに立つカラシのお陰だろうか⋯少しづつ、冷静になってきた。そして『罪悪感』がふわりと、ほとびて緩んだ。俺は図書館を、そして傍らのこの子を守る。⋯良かったな、お前らの大好きな『淘汰』の時間だ。

「山田」

モニターに声をかけた。山田の姿を捉えた画面がクローズアップされる。山田は押し寄せる『懐古派』の両サイドに煙幕トーチをぶん投げ、視界を塞いだ。そのモーションに合わせ、俺は両サイドに不可視のシールドを張る。これで懐古派の進路は一本道になった。黒い集団は山田に殺到する。

『エリア1ーD解放お願いします』

山田の落ち着いた声が響いた。⋯さすが百戦錬磨の戦闘要員だ。

「⋯え!?こんなことしたら副館長が!!」

カラシの声をかき消すように、山田の背中に銃撃の豪雨が浴びせられる。だが山田の速度は揺るがない。

「山田自体にシールドが張られている。銃撃じゃ死なない」

「そんな技術が!?」

「貫通しないだけで衝撃は変わらないから体への負荷が凄い。山田レベルの戦闘員じゃなけりゃ扱えないから民間では手に入らないよ」

「副館長すっご」

だが油断は出来ない。地下一階の防火扉付近の一室に続く扉を解放して『仕掛け』の動作を確認した。⋯作動した。

「山田、エリア1ーDいける。頼む」

『了解⋯一般開放エリアに懐古派の残党が数名います』

「戦闘員は⋯足りているな。機動隊の到着までには片付きそうだが⋯」

傍らで呆然とモニターを眺めているカラシに、横の丸椅子に座るように促した。

「手伝ってくれ。俺はエリア1ーDの件で手一杯になる。複数の残党に囲まれて孤立した戦闘員を見つけたら、画面をタッチしてこの青いボタンを押してサポートしてくれ」

「⋯これを押すだけで?」

「今回はそれでいい。⋯最奥にいる事が多いし、緊急事態には手を借りる。そのうち他の操作も覚えてくれ。⋯ほら、早速だ」

入館したての戦闘員が、三人の懐古派に囲まれて退路を塞がれた。カラシが画面をタッチして青いボタンを押すと、画面に映っている人物全員が、電撃を受けて崩れ落ちた。

「えっ⋯味方までも」

「山田程でなくても戦闘員はシールドを張れる。多少はマシなはずだ。⋯ほら動いた」

戦闘員は這うようにしてその場を離脱した。

「そっちは任せた」

「⋯⋯はい」

山田の太い体がエリア1ーDの不鮮明なモニターに現れた。山田を追うように、黒装束の集団が駆け込み山田を取り囲む。⋯いくらシールドを張っていても、この近距離で自動小銃をくらい続けたら一溜りもない。一筋、汗が流れ落ちた。

「数が多すぎる。一旦、作動させよう。残りの連中をどうするかは後で考える」


『外野がなに日和っているんですか。⋯多いなら減らせばいいんですよ』


山田の太い体が低く沈み、砲弾のように地を馳せた。そして弾切れ中の黒装束をぬるりと絡め取り、下方から顎を押し上げ、そのまま壁に叩きつけた。激高して銃を乱射する連中の前に、気絶した黒装束を翳すとその体は数多の銃弾を受け、全身から鮮血が迸り、死体は銃弾の衝撃で捻れるように不規則なバウンドを繰り返した。同士討ちに少しでも動揺を見せた黒装束は次々と『砲弾』の餌食となり、その数を減らしていく。

「うわぁ」

思わず声が出た。悔しいがこのデブ、恐ろしくカッコいい⋯!!こいつが敵として目の前に現れたら覇気で死ぬ自信がある。

『今です!お願いします!』

山田の声が少しだけ裏返った。⋯『罠』に、全員入った合図だ。俺は右の方に手を滑らせるとエリア1ーDを仕切る防火扉を下ろし、消火設備のパネルを操作した。

「館長⋯これ⋯」

カラシの顔がみるみる青ざめていく。

「こっちの事はいい。地上部の残党処理に集中しろ」

「でも!⋯何してんですか、副館長も居るんですよ!?」

閉鎖されたエリア1ーDを、炭酸ガスが満たしていく。この図書館の消火は、炭酸ガスで酸素濃度を低下させて鎮火する、窒息消火という方式を採用している。⋯先人達が採用していた。恐らく貴重な本を傷つけないために。



俺達はそれを、懐古派への対抗手段として使っている。



口元をエプロンで塞いで逃げ回る山田を追い回していた黒装束が一人、また一人と崩れ落ちていく。半分以上の黒装束が行動不能になった頃、山田もゆっくりと崩れ落ち⋯動かなくなった。

「副館長!!」

椅子を蹴ってカラシが立ち上がった。

「カラシ!!」

「こんなことを⋯副館長ごと殺す必要がありましたか!?」

「大丈夫だって⋯」

エリア1ーDが完全に沈黙した頃、山田がむくりと起き上がった。口には小型の酸素ボンベが咥えられている。⋯想定通りだ。

「⋯⋯⋯え?」

カラシが放心状態で椅子に崩れ落ちた。⋯何の説明もなく巻き込んでしまった。怖がらせた。嫌われたかもしれない。

「⋯⋯直ぐに酸素ボンベを取り出すと、まだ動ける連中に奪われるかもしれない。だからシールド内に残った空気で呼吸を繋ぎ、全員の動きが鈍くなるのを待つんだ」

「⋯⋯聞いてない⋯⋯」

そう呟いて顔を覆い、机に突っ伏してしまった。

「何も出来なかった⋯訓練は受けてたのに⋯私は無能⋯」

艶のある髪が力無く震えている。ショックを受けているのか。

腹の底がじくじくと痛む。俺の汚れ仕事に巻き込んだ挙句、無駄に傷つけてしまった。俺は何を言えば⋯⋯。

「⋯⋯⋯は、そうだ残党!!」

がばりと顔を上げると、カラシはモニターをタッチしてボタンを操作し始めた。

「そ、そうだ、何も終わってない!そっちは任せた!⋯山田、地上に戻れるか?」

『⋯いや無理』

「だよな!ごめん!」

モニターには開放された防火扉の脇で息を荒らげて蹲る山田が映し出されていた。あの巨躯で爆走しながら数十人の黒装束と渡り合い、挙句防火扉で閉じ込められて酸欠にされて薄い空気で耐え忍ぶ⋯やらせておいて何だが狂気の沙汰だ。

「⋯おつかれ。そこで待機してくれ。懐古派の拘束は、まぁ⋯人を寄越すよ。俺は被害状況を確認する」

通話を切り、モニターを確認する。



「⋯⋯地上も、終わったみたいです」



戦闘員はすでに整列していた。残党は全て拘束、もしくは『処分』されているようだ。⋯受付付近に、黙祷する職員がちらほら伺える。受付の職員⋯通称『さつき』は、殉職したらしい。

「さつきさん⋯駄目だったんですね」

そう呟いて目を閉じる。⋯その横顔をぼんやり眺めていた。これは、黙祷か。俺もカラシに倣って目を閉じた。暫くしてゆっくり目を開けると、カラシはまだ目を閉じていた。⋯長いまつ毛が頬に影を落としている。それは一枚の宗教画のように沁みてきて⋯思わず、口をついて出た。

「⋯⋯あの時傍に居てくれて⋯ありがと」

「あの時?」

カラシがゆっくり目を開けて顔を傾けた。目が合った瞬間、急に気恥ずかしくなって目を逸らした。

「消火設備のボタンを⋯押した時」

「館長は、まだ⋯」

自嘲気味な笑いが込み上げてきた。⋯俺が部下なら軽蔑する。

「⋯⋯手が震えるんだ。何度押しても」

まだ震えが止まらない手をポケットに押し込める。⋯俺は弱い。部下が殺されているのに。山田は何十人もの懐古派と対峙したのに。それなのに、ボタンを押しただけの俺は地下の最奥で震えている。

「人が死ぬのが怖い。悪夢を見るんだ。⋯⋯もういい大人なのにな」

「⋯⋯館長はそういう人だから、私は」

「悪い、被害の確認に行ってくる」

最後まで聞くのが怖くて、カラシの言葉を遮って踵を返した。後ろから『⋯いってらっしゃい』と小さな声が聞こえた。


人の死に関わる度に俺を苛むこの居心地の悪さを、先人たちは『罪悪感』と呼んだ。

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