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滅亡図書館 分類ファイル:怪談

天窓に、雪が降り積もる。


吹き抜けの最奥はいつもより薄暗い。昼だというのに青白い薄明かりが弱々しく差し込んでくるのみ。館長机の読書灯だけが気を吐いて明るい。

「⋯不可解ですねぇ、このジャンル」

いつも通り積ん読されている書籍の山にトレーを乗せて、カラシが書籍の中から適当な本を取り出した。『学校の怪談』とタイトル付けられた、幼年向けと思われる書籍だ。

調査団は入団前に、この星の言語を数種類習得する。ここの図書館の書籍であれば『日本語』必須、あとは英語を始めとした2、3言語程あればよい。習得にはえげつない程の努力を要するのだが、その割には書籍の翻訳くらいにしか役に立たないところが残念なスキルだ。という話をカラシにすると、

『図書館崩れの盗掘屋とかいますけどね』

とうっすら笑われた。図書館の奥で本ばっか呼んでいる俺は世間知らずだといわれたのだろうか。

「不可解ですよねぇ」

もう一度、もう少し大きい声で言われた。

「⋯ああ、『怪談』か」

木製の背もたれに寄りかかり、大きく伸びをした。丁度その『怪談』ジャンルの翻訳に取り掛かっているところだ。

「『幽霊』て要は『思念体』のこと、ですよね?」

椅子から少し身を乗り出し、カラシにデータを覗き込まれた。柑橘系の香りが広がり、背中に緊張が走る。最近ドラッグストアで同種の香りがする棚の前を通ると緊張が走る。⋯そして無意識に探してしまう。

「うむ⋯先人はどうも思念体を『幽霊』と呼んで恐れていたらしいな」

「思念体⋯そんな怖いですかね⋯」

「星によっては思念体が強すぎて、とうの昔に肉体捨てて思念体生物に進化したというケースもあるよな⋯まさか、この惑星の滅亡も!?」

「ちがうっしょ」

「だよなぁ」

先人の思念体は、偶に発見されることがある。思念体⋯というかもはや残留思念だ。気配がうっすい。俺たちのエリアで有名な思念体は『平将門』『菅原道真』だが、それも残留思念レベルの薄さだ。一般的な先人の思念体は恐らく、俺たちよりもずっと弱い。

「怪談、イコール怖い話のはず⋯なんだが」

「全然理解できないですね、怖い要素」

例えば⋯とカラシが白く細い指でページを繰る。⋯透明なマニキュアをしているんだな、とまじまじと眺めかけて、いや俺キモいなと思い返して画面に視線を戻す。

「放課後の体育館に出る、ボールをつく女の子の霊」

「無害だな」

「書類をまとめてくれていたのは、先週亡くなったSさん」

「勤務可能な思念体なら、再雇用契約の手続きしないとな」

「海の中から無数の手が!」

「タチ悪い集団思念体だな、警察の出番だ」

「悲惨な戦争で亡くなった兵隊さんが、自分の死に気付かず列を成して歩いていたのです」

「あー、残留思念団体だな。無害無害」

俺達は顔を見合わせた。やはり怖さに全然共感が出来ない。

「私たちが見逃している何かの要素がありますね。もう少し掘り下げてみましょうか」

「他の国だと『ポルターガイスト』という、思念体が物理で攻撃してくるって設定があるな」

「斬新ですね」

「フォークやナイフが飛んできて危ない、という意味では怖い」

「思念体じゃなくても出来る攻撃ですね」

「隠し部屋に閉じ込められて餓死した子供が、部屋の壁一面に赤い文字で『出して出して出して出して出して』」

「うっわ⋯子供の思念体より閉じ込めた大人が怖いですね⋯人が怖い」

「ヒトコワという怪談ジャンルがあるらしい」

「あー、思念体関係なくていいなら私、すごい怖い本を見つけました」

そう言って彼女は、斜めに掛けたサコッシュから一冊の小さな本を取り出した。

「読んだ事を後悔しましたよ」

『シャトゥーン―――ヒグマの森』

赤い目を光らせた巨大な獣が牙を晒して咆哮するおそろしげな表紙が、俺の背中を強ばらせた。

「⋯⋯クマ、かぁ」

この地上で最も恐ろしい生命体だ。先人が滅びて数百年の間に何らかの不可解な進化を遂げたらしく、残っているデータより数段巨大な個体がウロウロしている。祖先が家畜化を試みたようだが、飼い慣らしたと確信した瞬間、突然野生を取り戻して祖先たちを捕食しまくったと聞く。食われた仲間の死体を回収でもしようものなら、復讐の為に拠点を襲撃される。銃弾も爆弾も強靭な皮膚で食い止め、沼地に誘い込んで溺死させることでようやく仕留めたと、記録に残っている。今はある程度討伐メソッドが整っているが、俺たちのような素人がばったり出くわしたら死を覚悟した方がいい、そんな魔獣だ。

「電信手段も通じない、北海道の研究所に閉じ込められた男女がクマに食い散らかされる、実話をもとにした物語です。物語開始から間もなく、食い散らかされた人の手首とか出てきます。妊娠中の女性も、健康な若い男性も、惨たらしく食い散らかされ⋯殺された恋人の遺体を取り戻そうとした結果、クマの怒りを買い、食われる。そのうち研究所の中で内輪もめが起こり、更に人が死にます」

「なんちゅう恐ろしい本を⋯!」

「他にも『羆嵐』『黄色い牙』等、クマによる食害事件は先人達に甚大なトラウマを残し、書籍に残されてます」

「クマコワじゃないか」

「しかしですよ」

今度は携帯端末で検索を始める。先人達のニュースデータベースを検索しているようだ。

「クマが人を襲って死人が出ているというのに、行政がクマを駆除しようとすると『クマかわいそう』『狩らないで』などと『クマ出没圏外の』人間からクレームが入ったらしいですね」

「何がしたいんだそいつら。ヒトコワじゃないか」

「怖いですよ。思念体より全然怖い」

彼女から受け取った書籍をパラパラとめくる。ふと、※印で強調された『ヒグマの注意すべき生態』という記述に目が止まる。


1 狙った獲物を執拗に追い続け、捕まえるまで絶対に諦めない


2 獲物を埋めたり木の葉や枯れ草で隠し、後日食べにやって来る


3 いったん手に入れた獲物に異常なまでの所有本能を見せる


4 味をしめると満腹していても繰り返し襲う


5 テリトリーを侵した者に怒りを示し、報復する


6 人間の味を覚えると、その後も人間を狙うようになる


7 止め足など、高度な攻撃法を使いこなして、頭脳戦でも人間と対等以上に戦う


「こっわ⋯」

背中がゾクゾクしてきた。思わず机に立てかけてある「対猛獣用アサルトライフル」を確認する。まだクマのような大物は撃ったことはないし、ここに猛獣が侵入するとは思えないが、毎日手入れを怠らないようにしている。この星は環境は悪くないが、害獣が巨大過ぎるのだ。

「君、こんな怖いの読んだのか」

「⋯⋯読んでしまいました」

よく見ると、サラサラの髪が肩の辺りでカクカク揺れている。思い出してしまったらしい。

「怪談イコール怖い話なら、これも怪談のジャンルじゃないんですか」

「思念体が出てこないからなぁ⋯」

「ヒトコワが怪談なら、クマコワもあるでしょう」

「うぅむ⋯」

何かが違う気がする。思念体を恐ろしいと感じる感性が俺にあれば、違いを説明してやれるんだが⋯。

「今日は外に出たくありません」

コーヒーカップをトレーに戻しながら、カラシが呟いた。

「俺もだ」

「ライフル貸してください」

「⋯⋯いいが、クマは出ないと思うよ」

そもそも一番口径が大きいアサルトライフルを女の子が扱えるのか。家まで送って行くよ、の一言が言い出せず、俺は再び翻訳作業に戻った。やがてカラシが立ち去る気配を感じた。


カラシが持ってきたシャトゥーンは置きっぱなしだが、こんな恐ろしい話を読む気がしない。

「他にも、クマの話があると言っていたな⋯」

傍らの本の山に『しろくまちゃんのほっとけーき』と書かれたオレンジ色の薄い本があった。おそらく幼児向けだ。イカれた目つきの白いクマが、傍らに茶色い薄い何かを積み上げて凝視している。これは人肉の簡略化だろうか。先人は

こんな幼児期から、クマの恐ろしさを刷り込んでいた⋯最大級のバイオハザードなのだ。

普段表情をあまり動かさないカラシが少し怯えていた。⋯勇気を出して『送る』と言えばよかった。今でも間に合うか、『送る』と言いに行こうか。⋯俺は誰も居ないことを確認して、そっと床に転がり⋯そのままのたうち回った。

⋯⋯怯えるカラシかわいい。



本日の調査活動を終了する。

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