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滅亡図書館 分類ファイル:結婚情報誌

1月某日。俺達『図書館長』は滅亡図書館の第一会議室に呼び出されていた。図書館総長、略して総長の招集である。

「うーっす」

関西の図書館長、金城が俺の隣に座った。一応、軽く会釈する。図書館長同士は年数回の定例会議でしか顔を合わせていないが杉本はフレンドリーな性質なのだろう。長身に金色の髪、整った容姿に裏付けされた自信だろうか⋯俺は正直、少し苦手だ。

他の図書館長も続々と到着する。そしてひっそり木製の椅子に座って情報端末と向き合い、話しかけんなオーラを出す。



―――図書館長は、人見知りなものだ。



「また痩せた?」

「⋯毎回言われているな」

「総長、なんか議題の事話してた?」

「さあ、俺も滅多に会わない」

当たり障りのない答えを返しているうちに、総長が入室した。俺達は一応、居住まいを正す。総長の後ろから、二人の職員が台車に大量の厚い本を積んで入ってきた。

「全員、揃っているな。定例会議を始める」

一礼して、会議室の入口に置かれていた資料を開く。『春季イベント【結婚式企画】』というタイトルが記されている。

「⋯結婚だってよ」

金城が話しかけてくるが、会議が始まっているので答えない。

「昨今のニュースでも取り上げられているが、歴史の教科書に『淘汰』に関する記述を掲載しない事が決まった」

淘汰⋯思わず顔が歪んだ。

祖先がこの星に移住する前。限られた土地や資源を枯渇させない為『淘汰』という制度があった。生まれた子供達を政府が一括管理し、互いに競わせ、敗北した子供を『処分』する。そうやって人口を調整しないと世界を維持出来ない時代だったのだ。⋯外国との戦争の為に精鋭を作り出す意味もあった。だからどうせ殺すのに子供自体は大勢、生まれ続けた。出産制限はなかった。

やがて星は枯渇し、淘汰に淘汰を重ねた祖先は少数精鋭で星を棄てて各々の船で旅立ち⋯俺達の祖先のように、運が良かったグループは移住可能な星に辿り着いた。⋯辿り着いたというのに。


『淘汰』は移住後も100年程度、続いたのだ。


意味などない。文化として続いてきた『淘汰』を維持しただけの話だ。終わったきっかけは、若い世代が淘汰を推進してきた世代に『あんたらがバカスカ殺すから人が足りない、インフラを維持出来ない!』と訴えて競走をボイコットした事だと伝わっている。⋯正直、感謝しかない。淘汰が現存していたら、俺は淘汰される側だ。


「淘汰は黒歴史、と国が正式に認めた訳だ。やむを得ずな」

淘汰が廃止されたということは、産まれた子供は国ではなく、産んだ本人が育てる事になった。『本人達』ではなく『本人』だ。種を植えた方に養育義務はないのが普通だった。


淘汰なしにしても、子供の数は激減した。


子供の増産を目指していた政府は焦燥した。苦し紛れに政府による子育てを復活させる、支援を手厚くする等の案が出され、それらの制度は今でも混在したままだ。沢山産んで国に預ける女もいれば、支援を受けて一人で育てる女もいる。しかし⋯最近、第三の選択肢が台頭しつつある。


『結婚』という概念は、この星の書物から発見された。


一人をパートナーに選び、生涯を共にして子供を育てるという家族制度だ。滅んだ母星でも、遙か昔は似たような家族制度を維持出来ていたようだが、それでは人口が増えすぎるとして『淘汰』に切り替わった。だから種族的には結婚という制度に親和性が全く無いでもなかったようで、現在では全体の20%程度は結婚制度を採用している。

金城がスっと手を挙げた。会議で進んで発言したがるのは金城くらいだ。

「淘汰が誤りだったと政府が認めたってことは、結婚制度を後押しするんですね」

総長は頷いて話を続けた。

「このまま人口が増え続けたら国では子供を抱えきれない。『淘汰』を前提としていた政府による一括保育は徐々に縮小、廃止していくのが理想、との事だ。そこで『図書館』で莫大な量発掘されている、この分厚い書物だ」

『ゼクシィ』と表紙に記された分厚い本が一冊ずつ、各図書館長に配布された。俺の前には『結婚準備 丸わかりBOOK』とピンク色の文字で書かれたもの、金城の前には『海外ウエディング ダンドリチェックリスト』とピンク色の文字で書かれたものが置かれた。

「ゼクシィ⋯」

思わず呟いた。⋯なんかこの本、やたら発掘されるんだよなぁ⋯。

「これなぁ⋯毎月、謎に新しいのが出版されていた」

金城も呟いた。周りもざわつき始めた。

「毎月か。全部同じに見えるのに、毎月出てたのか」

他の連中の前に置かれた書物も、ほぼピンク色だ。同じ冊子かと思ったら間違い探しレベルで細部が違う。

「やたら『ダンドリ』ってタイトルが多い。よほど段取りが面倒な儀式なんだな」

ざわつく図書館長達を軽い目配せで黙らせ、総長が顔を上げた。



「図書館ではこの『ゼクシィ』を用いて、結婚制度を推進する!」



「えぇ⋯⋯」

困惑のざわめきが会議室を満たした。⋯総長も、威風堂々と宣言はしたものの困惑を隠しきれていない。そもそも総長の世代ともなると『結婚制度』を採用している人は少数だ。無論、総長も結婚をしていない。

「弾数が多いから、全員に原本を渡せて楽⋯いや、コンセプトが合わせやすい。あとゼクシィのその⋯華やかなビジュアルで若い女性達に結婚制度のイメージアップを図り、より多くの若者が結婚制度に転向していくように働きかけるのが狙いだ。手段は⋯まあ、手始めに職場の若い女性にでもヒアリングして各自考えるといい」

グダグダの推進計画じゃねぇか。しかも企画内容はこっちに丸投げ。⋯最悪だ。

「そしてこれは努力義務なのだが⋯いいか、公務に携わる者全員に、一応掲げる努力義務だ」



―――君達も、結婚をしたまえ。



「⋯⋯⋯は!?」

思わず声が漏れた。図書館長達のざわめきも一層高まったようだ。

「今の所、女性が単独で保育するタイプが一番多いが、これもかなり国庫を圧迫している。知っての通り、補助金の額は年々減少している、というかせざるを得ない」

「じゃ、更に減らして経済的に逼迫すれば結婚する割合が増えるのでは」

鬼畜か、金城。

「それでは暴動が起こる。現に減額の度にデモ活動が起きている」

「あー、面倒だなぁ⋯」

お前が言うのか。何やかんやで方々に推定10人以上は子供がいると噂されているお前が。

「だから⋯イメージアップによって、平和的に、緩やかに結婚制度への移行を進めていきたい。というのが政府の意向だ。それには公務に携わる者が率先して結婚制度を利用する必要がある、と。結婚制度を利用した職員には、それなりの⋯まあ、明言は出来ないが便宜を図る用意がある」

「⋯出世の鍵ってことだな?」

金城が呟いたが、スルーした。

総長は指を組み合わせて頭を落とした。彼自身も乗り気ではない、というか正直、政府の急な方針転換についていけていないのだろう。

「結婚企画については以上。各自資料に目を通しておくように。続いて今期の予算案について⋯」

会議は滞りなく進行し、1時間後には解散した。




「君んとこ、どうする?企画」

俺の『地下最奥の指定席』は思っていた以上に知れ渡っていたようで、人知れず姿を眩ませたつもりが金城に襲撃された。先程配布されたゼクシィを抱えている。それを俺の机にバンと置き、雑に開いた。『結婚にかかるお金って、いくら?』という項目だ。信じられない額が書いてある。

「凄いな、この星の結婚式。かかる費用の平均が350万」

「何にそんな金が掛かるんだか」

350万円といえば、俺達の通貨に換算して平均的な社会人の月給10ヶ月分くらいだ。金城はダンドリの項目を凝視してぼやいた。

「ダンドリとやらが本当に多いな。50人位関係者を招待して、この教会?とかいう宗教施設を借り上げて、そこの宗教指導者に宣誓をさせて、ペアの指輪を交換する儀式を終了させたら、披露宴?会場を貸切にして、司会進行やら雑務の人間を配置し、自分たちの愛の歴史を動画にナレーション付きで公開して?」

「拷問?」

「公開処刑だな。で、豪華な衣装を5~6回取り替えて全員分の食事を出して余興を用意して最後に手紙読んで泣いて」

「泣くのもダンドリ?」

「じゃねぇの?で、全員に土産を準備して解散⋯かと思いきや二次会会場に移動、そのタクシー代と二次会会場も、貸切り⋯」

「いつ終わるんだこのダンドリは」

聞いているだけでもゲンナリしてきた。俺は結婚はしない。

「果てしないな。この儀式を正確に再現するのはリアルじゃない」

「⋯リアルかどうかは俺らが決める事じゃないぞ多分」

面倒だが、俺なりの考えを話すことにした。納得すれば関西に帰るだろう。

「以前翻訳した本で何度か読んだが、儀式の主導権は女にあったらしい。女が企画して、式場を予約して、指輪やドレスを選んで男は唯々諾々と従うというのが通常だった」

「―――所謂女性誌の体裁なのはそういうことだな」

「先人と俺達の感覚は同一ではないだろうから、まずは若い女性職員にヒアリング⋯俺は唯々諾々と従うのみだ」

「他力本願寺だねぇ⋯お、来たよ来たよ、ターゲットの若い女性が」



―――やばい、来るな。



内心叫びそうになり、ぐっと拳を握りしめて堪えた。カラシはいつものように、ポットとコーヒーをトレーに乗せて静かに、階段を降りてきた。

「⋯⋯⋯あ」

戸惑うように俺と金城を交互に見ると、カラシは机に二つのカップを並べ、コーヒーを注いで一礼した。⋯金城と俺にコーヒーを運んで来た体裁になってしまった。

「ありがとう、お嬢さん⋯へぇ」

金城の表情が、怪しく揺らいだ。⋯だから、来るなと。

「綺麗な子だ」

目を合わせて莞爾と笑う。この笑顔が大抵のお嬢さんとやらを落として来たのだろう。拳を更に硬く握りしめて堪えた。

「ありがとうございます」

カラシは淡々と答えて再び一礼した。

「綺麗だから、地上部の子かな」

「地下です」

少し首を傾げ、それだけ答えて踵を返したカラシの手首を、金城がはっしと捉えた。⋯拳の内側にえぐいほど爪痕が残っているかも知れない。

「おかしいな、こんな綺麗な子を地上に出さないなんて⋯俺が口利きしてあげようか」

「その子は閉架書庫での勤務希望なんだ」

間髪入れずに答える。

「そっか、恥ずかしがりなのかな」

そう言って金城はまた微笑む。⋯この握りしめた拳を顔面に叩き込みたいが多分返り討ちに遭うだろう。カラシは手首を取られたまま、俺と金城を交互に見る。⋯やめろ、俺とこの男を見比べるな。

「―――あぁ、思いついたよ俺」

金城がカラシの手首を離し、ゼクシィをパラパラ捲り始めた。



「俺が、この子と結婚すればいい」



「⋯⋯⋯は!?」

思わず声が出た。カラシも目を見開いて金城をまじまじと見つめている。見開きすぎて『驚愕』以外の感情が分からない。

「コラボしようぜ、クロエ。中央と関西の図書館員同士の結婚を大々的に公表するんだよ。そして彼女がこの雑誌に掲載されているようなドレスでメディアに露出する。そうすれば一般人には強烈なアピールになるし、結婚制度のイメージアップに繋がる」

「何言ってんだ急に」

「⋯⋯私は」

「安心して、君の生活は何も変わらない。俺は関西で生活するし、君はこっちに残って今まで通りに暮らせばいい。俺は結婚制度を利用したという事実が欲しいんだ」

先程、出世の鍵がどうとか言っていた。出世のために結婚の事実が欲しいということか。

「君にもメリットがある。君がこの先子供を産んだとして、相手がだれでも俺が認知して養育費全額負担する。俺だけに拘る必要はないんだ。まだ一般職員には告知されていないかもしれないが、結婚制度を利用した職員には、職場で何らかの便宜を図られるらしい。明言はされていないが、昇進に関わる事だろうな」

そう言って顔を上げて、カラシを見つめた。


―――あ、決まったな。と思った。


カラシにはメリットしかない。補助金の減額が進んでいる昨今、養育費を全額負担すると申し出る美青年が目の前にいる。出世も約束される。こんな好都合な話はあるまい。金城は苦手だが悪い男ではない。俺が出来た上司なら、この話を歓迎しない手はないだろう。

なのに、掌の震えが止まらないのは何故だ。



「健やかなる時も、病める時も」



よく通る声が、最奥の静寂に響き渡った。

カラシが、背の高い金城を見上げていた。

「⋯ん?なになに?」

「喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、愛し慈しみ貞節を守ることを誓いますか?」

「⋯⋯え」


「―――死が二人を分かつまで」


金城は明らかに戸惑っていた。無理もない。完全にこの男の人生観から大きく逸れた誓いを突きつけられたのだ。俺も何が起きているのか分からず戸惑っている。

「⋯⋯これ、何?」

口元に微笑を浮かべて、カラシは開きっ放しのゼクシィを閉じた。

「どうでもいいんです、綺麗なドレスとか、立派な教会とか」

ふい、と顎を上げて天窓を見上げる。蒼白い光が綺麗な横顔を染め上げた。

「妻は私、一人じゃないと嫌なんです」

「―――困ったなぁ」

「困ります?⋯結婚制度を採用する子って、そんな感じです。少なくとも貴方では説得力がありません」

―――関西の図書館長になんて事を!

「⋯知れ渡ってるなぁ、俺のこと」

「ごめんなさい⋯独占欲、強いんです、私。これ言ったら皆、波のように引いていきますから。⋯もっと面倒じゃない子を誘ってください」

くく⋯といつもの含み笑いをしてカラシはまた一礼して下がろうとした。

「待って。⋯今、ヒント貰った気がした。結婚制度を望んでいても、それを公表すると周りの男が引いていく⋯と」

なんという切り替えの速さだ。

「⋯ま、そうです」

「なら、結婚制度を望む男女を引き合せる場を設けるのは需要がありそうだな。よし、関西ではマッチングイベントを開催してみるか⋯君はどうだい、参加してみるかい?」

「⋯そのうち、行けたら行きます」

「ははは、絶対来ないやつだ!⋯一緒に飯でもどうだ、クロエ」

「行けたら行くわ」

「ははは!来ないんかい!」

金城は笑いながら去っていった。⋯苦手だが、嫌いではない。掌の震えはいつしか収まっていた。

「あ、ラッキー。あの館長飲んでいかなかったですね」

カラシが冷めかけたコーヒーを取り上げてパイプ椅子に座った。ラッキーも何も、元々自分のコーヒーのつもりで持ってきただろうに。

「で、君。これはあくまで仕事の話だ。仕事の話なんだが」

「すごい前置きするじゃないですか。セクハラトークが始まるのですか」

先程までの毅然とした品格のようなものは何処へやら、カラシはいつも通りクッキー齧りながら一度客に出したコーヒーを飲んでいる。

「そんな事言うなよ⋯さっきの、結婚制度の事だ」

先程の会議の内容を簡単に話すと、カラシはふいと目をそらした。

「⋯で、結婚制度の促進を図ることになった。君は結婚制度を希望しているということだし、企画の為に少し話を聞きたい」

「⋯⋯別にしてませんよ」

⋯⋯⋯は!?

「あんなのナンパ避けの常套手段でしょう。私は結婚制度を希望します、と言っておけば大抵のチャラ男は波のように引いていきます」

「君⋯関西の図書館長をチャラ男とか⋯」

「正直、何も考えてないんです。今はただ」

また天窓を見上げて、小さく息をついた。

「ここでこうして、天窓を見上げてコーヒーを飲んで、一息ついたら仕事に戻り、定時になったら帰りたい⋯それだけです」

ふふ、と笑って空になったコーヒーカップをトレーに戻し、立ち上がった。

「だけど、そうですね⋯一人で、いいです」


⋯⋯⋯一人で?


「そんな大勢の人に、私の時間を割けない⋯一人で心がいっぱいになってしまうんです。私は」

黒髪をさらりと揺らして、カラシは踵を返した。俺はしばらく、その姿から目が離せなかった。


「死が二人を分かつまで⋯か」


なにそれ。めっちゃかっこいいじゃん。

あ、やばい今このフレーズに夢中になっている自分がいる。

中央図書館はそれで何か出来ないか?

ちょっとワクワクしてきたぞ。

もうゼクシィとかどうでもいい。


最高潮に盛り上がって副館長の山田に相談したところ、眉を顰めて

「不吉な⋯」

と一蹴された。


結局、山田が数少ない『結婚制度』採用者だったことから、副館長山田の講演会『結婚制度のメリット・デメリット、手続きのダンドリ』でお茶を濁すことになった。

ゼクシィは一般公開と称して講演会場出入口に展示しておいた。



本日の調査活動を終了する。

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