滅亡図書館:副館長 山田の業務日報 その4
珍しく、クロエ先輩から呼び出しを受けて屋上へ向かっている。
先輩は自分のテリトリーに踏み込まれるのを嫌うので、用がある時は自分から出向く。最奥にマイ机まで拵えて居着いているカラシの存在を許している現状は、かなり特殊なのだ。
用件は、大体想像がつく。カラシから報告は受けていた。
カラシを合法的に館長の傍に置くため、彼女を次世代の館長候補にすることを総長に進言した。
一か八かの賭けだったが、拍子抜けする程あっさりと承認された。
『⋯⋯非常に残念だが、そろそろ今後の事を考えておかなければな』
―――そうはさせねぇんだよ。
そう叫びたくなるほど、怒りで頭が煮えくり返りそうになったが、ぐっと堪えて一礼して総長室を退出した。
思えばおかしな事ばかりだ。年若い館長が30手前で死ぬ前例をあれだけ積み上げておきながら、何故いまだに館長の年齢制限はないのか⋯いやむしろ、若い館長が敢えて選出されている。3人に1人、それくらいの割合で。
そして年若い館長はほぼ例外なく、吹き抜けの最奥に居着くらしいのだ。
吹き抜けはまぁ⋯綺麗だが、毎日見ていれば飽きる。移動も不便だし、翻訳の効率を考えれば担当分野が密集している書棚の近くに移動した方が好都合だろう。なのに彼らは引き寄せられるように最奥に机を構える。⋯分からないことだらけだ。この分からない事を一つ一つ解きほぐしていけば、あるいは⋯そんな事を考えながら屋上に続くドアを押し開ける。⋯いつものように焚き火が用意されているが、館長の姿が見えない。全く、屋外とはいえ焚き火を放置して何処へ⋯と焚き火に歩み寄った瞬間。
背中に、冷たい金属を押し当てられた。
「⋯なんのつもりですか?館長」
―――驚いた。この私が、気配をまるで感じなかった。館長は恐らく、俺の到着を待ってドアに張り付いていたのだろう。⋯微かな硝煙の匂いがする。これは拳銃だろうか。
「⋯お前は、なんのつもりだ?」
この人は『動いたら撃つぞ』などと分かりきったことは宣言しない。私ならその程度の事は言わずとも察するだろう、と信用されているのだ。こんな状況なのに、笑いたくなる。
「―――カラシの件ですね」
「聞きたい事は山ほどあるが、一先ず⋯お前は何処まで知っている?」
ため息が出た。⋯私とて、知りたくなかった。知ってしまったから、私は。
「⋯⋯歴代館長の、特殊な寿命について」
ぐ、と肩甲骨の下に金属をねじ込まれた。
「男女問わず、ほぼ例外が無いことも知っているな」
「⋯⋯存じ上げております」
あぁ、嫌だ嫌だ。また私は貧乏くじを引くのか。
「お前は知っててカラシを巻き込んだのか!?」
思わず目を見張った。
この人はどんな顔をしているのか。
というかこの人に、こんな激しい怒りの感情があったのか。私は。
死角を縫うように手を伸ばすと拳銃をもぎ取り、クロエ先輩に向き直った。
「おぉ⋯」
つい、声が出た。
私に食いつかんばかり、どころか殺さんばかりのどす黒い憎悪を込めて私を睨みつける先輩がいた。なんだろうか、不思議と動揺よりも感慨が先に立った。
「お前は本気で、あの子を俺の後に据える気なのか!!答えろ!!」
憎悪だけではない。信じ難い現実への戸惑いと絶望、それに⋯張り裂けそうな悲痛。そんな感情が綯い交ぜになった、十数年の付き合いで初めて見る表情だ。⋯少しの間、声を出すことも忘れてしまった。さすがに、気がついてしまった。伊達に15年、接客業をやっていない。
「先輩は、カラシの事を⋯案じているのですね」
「俺はもういい⋯確定だ。だがあの子はこれからだろう!?館長を目指すのは構わない、だが俺の直後はダメだ!!お前は知っていて、あの子を推したのか!!」
「私が志願したんですが、なにか?」
昼飯の話でもするような口調で、カラシがドアを押し開けた。先輩が弾かれたように振り返った。
「志願!?馬鹿なことを!!」
さむ、と呟き、カーディガンの前を掻き合せるような仕草をして、軽い足取りで近づいて来た。私は先程、君を次世代の館長に推した件で銃を突きつけられて殺されかけていたんだが⋯前から思っていたが、この子は図書館屈指のマイペースだ。
「別に、館長を現職から引きずり下ろすとか言ってません」
「怖ぇよ!言ってなくても考えてそうだよ!!」
⋯空気が僅かに緩んだ?何故!?
「⋯とにかく、君は館長職に就くには若すぎる!先ずは専門を固めて、中堅を過ぎてからチャレンジすればいいだろう?」
「もう確定事項です。覆りません」
昼飯の誘いを断るような軽い口調でいとも簡単に宣言した。⋯おかしい、話と違う。私が口を開きかけると、カラシが私と目を合わせ、強く制するように首を振った。
「⋯⋯⋯総長に抗議してやる!!」
「私の邪魔をするんです?」
ぐ、と先輩が喉を詰まらせて口を噤んだ。⋯そう、この図書館の基本方針が『個人の意思を尊重すること』。彼女の野心を止めることは、たとえ館長でも⋯いやしかし彼女を館長にさせない、という考えも個人の意思と言える。さて⋯。
「⋯⋯命には換えられないだろうが!部下の自殺を止めない上司が何処にいる!!」
「自分は自殺の真っ最中なのに?」
ぐぐ、と先輩が歯を食いしばって黙り込んだ。⋯そしてがばっと顔を上げて俺を睨みつけた。
「山田!お前何で止めなかった!?」
―――打ち合わせと、違う。
何もかも打ち合わせと違う。
そもそも、彼女は次期館長確定ではない。あくまで次世代の館長『候補』だ。というより、館長に関わらず将来的に役職に就く事が約束された候補生として、管理職を学ぶ。その為に館長に師事し、万一⋯いや、先輩の言う通りほぼ確定ではあるのだが、館長が『なんらかの事情』で業務継続が不可能になった場合、次期館長が決定するまで業務を代行する。そういう説明をする筈だったのに。これでは⋯!!
私がカラシの死を容認したような流れになるのでは!?
そりゃ先輩が怒り狂うな!!
「副館長は関係ありませんよ。私が総長に掛け合って、言質をとりました」
なんだと!!そんな勝手に!?
内心、心臓バックバクだが私は何とか平静を保ち、目を閉じた。もうどうにでもなれ。
「⋯君はもう、その様子だと知っているんだな」
「知ってますよ」
先程の怒りの咆哮はどこへやら、すっかり悄げきった先輩がゆらりとカラシに近づき⋯、両肩に手を掛けて懇願するように頭を下げた。
「⋯⋯頼む、撤回してくれ。俺に続いて君まで⋯居なくなったら」
「ひょっとして私が死ぬことを危惧してるんです?」
先輩がガバリと顔を上げた。
「さっきからその話をしてるんだが!?」
「だっておかしいでしょう。私を危惧するのは勝手だけど、周りの事情を知ってる人間が、館長に同じ危惧を抱いていると考えたこと、ないんです?」
言葉に詰まって、先輩が目を伏せた。⋯なんだこれは。こいつら本当に上司と部下か?学生の部活動の小競り合いと変わらないじゃないか。
「お、俺はもう確定だ⋯だが君はまだ⋯変な野心を抱かなければ死ぬことはない!目指すなと言ってるんじゃない、今じゃないと言ってるんだよ分からないか!?」
「分かりません。館長の次は私です」
「聞けよ人の話を!!」
「私は次期館長の座を手放す気はない。そして館長は私を死なせたくない、と」
くっくっと笑って、カラシは両手に置かれた館長の手を、徐に外した。
「ならば館長に、出来ることは何です?」
「⋯⋯へ?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔というのは、こういうのを言うのだろうか。⋯多分、私も同じ顔をしている。
「館長の座を死守して下さい。私が『適齢期』になるまで」
「⋯⋯⋯⋯はぁ?」
な、何を言い出した!?
「あぁ、死んだら死守出来ませんねぇ。じゃ、生きないと。足掻いて生き延びて下さい。⋯あと、言い忘れました」
―――私は、珍しく怒っています。
そう言い捨て、カラシは再びにこりと笑って踵を返した。クロエ先輩も、そして私も、すっかり毒気を抜かれたというか、拳銃を突きつけられた時の緊迫感を余裕で上回る程の恐怖心をもって、屋上を後にするカラシを見送った。
「―――なぁ、知ってたか」
「何をですか」
「あいつ、笑ってる時が一番怖いんだよ」
「今、知りました」
打ち合わせの段取り無視、私に何の相談もなく総長の元に単独で乗り込む行動力。彼女を仲間に引き入れたのは失敗だったのだろうか。
呆然としていると、クロエ先輩が私の袖を軽く引いた。
「さっきは、ごめん」
我ながらおかしい程に、12歳の頃の先輩と重なって見えた。
本日の業務を、終了する。




