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滅亡図書館 分類ファイル:BL

図書館本館3階の会議室で、俺は総長と向かい合って座っていた。口の字型に配置された長机の前と後ろに総長と俺。左側に山田とカラシ、そして右側に今回の『館長性豪疑惑』を流布した犯人、ジュネが座った。

「⋯まぁ、君が犯人という時点で恐らく館長に対する敵意があったわけではない⋯と想像がつくが」

ジュネが居心地悪そうに首をすくめた。会議は始まったばかりなのにもう涙ぐんでいる。誤解が解けた今となっては俺はどうでもいいのだが、お咎めなしとしてしまうと他の従業員に示しがつかず、興味本位で誤情報を流布する輩が出てきてしまう。可哀想だが、今日の会議くらいは耐えてもらおう。

「はい⋯その⋯てっきりお二人が、館長の恋愛事情を話しているのかと⋯その⋯」

耳まで真っ赤になってボソボソ呟く。眼鏡の奥の厚い二重まぶたにはもう、こぼれ落ちんばかりに涙を溜めている。

「すみません⋯ご迷惑をおかけしました⋯つい⋯はしゃいでしまって⋯館長が同性愛に興じていると思うともう⋯」



ジュネは『BL』を専門的に翻訳する職員だ。



BL、即ちボーイズラブだ。俺たちには何が楽しいのか分からんが、女性には人気が高いジャンルなので彼女の翻訳した作品はうちの収益に大変貢献している。それもあるので、正直お咎めなしで全然構わないのだが⋯。

「彼女の話では、山田君とカラシ君の世間話を聞いてしまい、それを誤解して他の職員に話してしまい、その内容が衝撃的過ぎて図書館全体に蔓延したようだ。君たちは一体、何を話していたんだ?」

総長が顔の前で指を組み合わせるいつものポーズで山田とカラシを睥睨した。カラシが少し怯んだように顔を伏せる。それを庇うように、山田が身を乗り出した。

「館長はどのように選ばれるか、女性が館長になるケースもあるのか、という話をしておりました」

「何故それが60人の歴代恋人という話になったんだ!?」

思い出したらイライラしてきた。⋯彼らは一瞬顔を見合わせ、やがて山田が咳払いして総長を見据えた。

「60人程になる歴代館長、という話をしました。それを聞き間違えたのでは」

「⋯⋯山田君は以前から、主語を省略する癖があるからなぁ」

総長は軽くため息をついて肩を落とした。

「はっ⋯すみません。仕事では気をつけているのですが、世間話になるとつい油断してしまいます」

頭を下げる山田と、複雑な顔で俺と総長を交互にチラ見するカラシ。この中で一番落ち度がない筈なのに、謎に挙動が落ち着かない。総長と会うのは初めてだったか?

「で、でも⋯カラシさんが『男も女もいけるんですか?』っていうから!⋯ああ、バイなんだなって⋯」


「ホモじゃねぇって言ってんだろが!!」


あの頃の周りの視線がフラッシュバックして思わず長机をダン!と強く叩いてしまった。ジュネがビクッと肩を震わせた。⋯いかん、イラつきが止まらない。

「⋯クロエ君、落ち着きなさい。⋯気持ちは分かるが」

総長に窘められて、深呼吸をして手を引っ込めた。⋯⋯くそ、何故俺が窘められるんだ。

「カラシ君の返しも、誤解を助長してしまった、と」

「⋯⋯まぁ、誤解は誰にでもあるもので」

いつもキッパリと言い返すカラシが、歯切れが悪い。心なしか、視線も泳いでいる。

「カラシ。⋯何か隠してないか?」

どうしても気になる。さっきから妙にオドオドしているし、俺と視線を合わそうともしない。今回のホモ疑惑の一因となってしまった事に後ろめたさを感じているにしても、ここまで避けられるのは傷つく。

「⋯いえ!カラシは何も隠しておりません!」

カラシを庇うように、山田が声を張って俺と目を合わせた。⋯何故だろうか、イライラが増してきた。

「へぇ⋯じゃ、何を話していたのか答えられるだろう」

「それは⋯先ほど答えた通りですよ」

「それだけで、こんな騒ぎになるものか」

「⋯⋯⋯迂闊でした。気をつけます」

まだ庇うのか。⋯悪いのは、俺なのか。俺と山田は、暫く睨み合っていた。



「⋯⋯く、くくく⋯館長と副館長が⋯じっと見つめあって⋯ふふふ」



不気味な笑い声にバッと振り返ると、ジュネが声を震わせ、俯いて笑っている。


「⋯⋯おい、てめぇ何笑ってんだ」


自分でも吃驚する程、ドスが利いた。


「⋯⋯はっ!す、すみません!つい妄想スイッチが!」

「この期に及んで⋯ぶっ殺すぞてめぇ」

「クロエ君⋯やめなさい。あとジュネ君も」

また総長に窘められた。カラシが呆れたように息をつく。

「そんな事ばかり考えてるから、こんなややこしい事になるんです。大体、ジュネさんは何を翻訳してもBLになるじゃないですか。貴方が翻訳した夏目漱石の『こころ』、逆に伝説になってますからね」


俺もジュネ翻訳の「こころ」を覚えている。⋯原典から乖離しまくりのエラいこっちゃになってしまったので、俺が翻訳し直すことになった⋯のだが、BLとしてのクオリティが高かったので『こころ ジュネバージョン』として販売したのだ。⋯ジュネバージョンの方がダントツに売れた。


「え?え?あれはBLですよね!?だってだって、『私』の先生への執着、すっごいじゃないですか!」


すげぇ早口。


「⋯私もどうなのかとは思いましたが⋯敬愛、では?現に本人は先生に『恋』について聞かれた時にキョトンとしてたじゃないですか」

「貴方は既に恋で動いている⋯って先生言ってるじゃん!主人公は、先生への恋で動いたんだよ!」


タメ口。


「えーと⋯そこら辺はほら、恋に登る階段として、まず同性の所へ動いてきた⋯つまり異性との恋の下準備と先生は解釈しているし本人はむしろその掘り下げ聞いて不愉快になっていますよ」

「図星を突かれてね!?狂おしい恋情じゃん!!過去のトラウマで恋に臆病な中年男にグイグイ迫る奔馬のような青年⋯グッとくるでしょう!」

「いや⋯あの...青年はただ好奇心旺盛で純粋な人で⋯むしろこんな単純なリスペクトをわざわざ恋に絡めて、トラウマ情報小出しにして、人間不信アピールして、ねっちり絡め取るような嫌らしい迫り方をしているのは先生の方でしょう」

「ちょいちょいちょーい、おたくは『先生攻め派』なのね!?なんてこと、解釈違いとは!!⋯カラシさん、あなた素質あるわ!是非我が陣営に引き入れたいィ!!」

「待って、今そんな話してない」

「『初めて、貴方を尊敬した。貴方が私の心臓をたち割って、温かく流れる血潮を啜ろうとしたから』⋯ねえ、もうこの一文から色気が立ち昇ってるの!これが恋愛じゃないなんて嘘だよ!『一人でいい、人を信じたい。あなたはその人になってくれますか⋯?』これもう控えめな告白でしょ!?この後絶対先生を押し倒すでしょ!?」

「ぐっ⋯い、言われてみたい⋯そんなの⋯」

「でしょ、でしょ?⋯こんなのはどう、『私は何千万といる日本人のうちで、ただ貴方だけに私の過去を物語りたいのです』⋯こ、こんな事言われたらさ⋯もう私ィ!」

「え、ちょっと自信なくなってきた、え?これBLだった⋯?」

「転べ、転びなされカラシ嬢!こっちの世界へようこそぅ♪」



「BLはもういいんじゃあ!!」



思わず長机を蹴り上げた。ガン、と物凄い音がしたが長机はちょっと前方に動いたきりで、ただひたすら俺の足が痛いだけだった。

「カラシ、お前もなにBL談義に首突っ込んでんだ!何の会議してると思っている!」

「⋯は、すみません⋯つい」

「とにかく山田と何話してたのか言えよ。俺に言えない話なのか?」

「部分的に言えません」

「山田には言えるのに!?」

「クロエ君、これ以上はプライバシーとかな、色々⋯」

モヤモヤが収まらないが、確かにこれ以上何を言っても仕方がない。⋯だが一つだけ、どうしても確認しなければならないことがあるのだ。俺は萎縮しまくっているジュネに向き直り、指を組み合わせて顎を乗せた。

「一つだけ聞いておくぞ、ジュネ」

「は、はい⋯何でしょうか」

「今回の件で、俺に関する様々な噂が流れた。その全てが嘘なんだな?」

「え⋯まぁ、結果的にそういうコトになるかと⋯」

ジュネはとぼけた顔で俺を見る。

「一つ残らず?」

「ええ、多分⋯すみません」

「君の印象でいい。⋯全部、一つ残らずだな?」

萎縮した面持ちは、徐々に困惑へと変わっていった。

「はぁ⋯一つ残らず⋯だと、思いますが」

「本当にだな?一つ位は真実は混ざっていないな?」

「はい⋯あれが勘違いなら、全部嘘⋯ってことになりますが」

「すべからく?余すことなく?」

「⋯はい、そうです」

困惑は呆れに変わり始めた。⋯そうか。俺はがっくりと頭を落とした。総長が、冊子を閉じて立ち上がった。


「えぇ⋯状況は分かった。ジュネ君は始末書を提出すること。これからは不確かな情報を勝手に判断して流さないように。では⋯もういいかな、解散で」


「⋯⋯いいですよ。俺はもう少しここで仕事していきます」

「席に戻らないのか?あの⋯お気に入りの」

「噂のせいでちょっと怖い職員が顔を出すようになりましてね⋯」

そう言ってジュネの方をギっと睨んだが、奴は視線をそらすと「じゃ、そんな感じでぇ⋯」とかもごもご呟いてダッシュで消えた。カラシは「あの⋯すみません、でした」と殊勝げに頭を下げて、さらりと黒髪を揺らして去っていった。いつまでも目で追いたい誘惑を断ち切って、持ち歩いていた端末を広げて視線を落とした。

「⋯たまには陽の当たる部屋で仕事をするのもいいものでしょう」

訳知り顔で微笑みながら、山田がしきりに頷いている。

「健康的です」

「うるせぇな健康的なんて生まれて初めて言われたわ」

「健康が一番です」

「何だよさっきから」

しきりに頷きながら去っていった。⋯何なんだ一体。

彼らが各々の持ち場へ帰っていく足音を慎重に確認した後、俺は徐に会議室の扉を閉め、斜め上を睨み、思うさま叫んだ。



「全っ部嘘かぃ―――!!!」



今回の噂には、前提の噂があった。


『カラシが館長を狙っていて、館長の恋愛事情に探りを入れていた』


この情報だけは事実とか⋯そんな展開はないか?と、会議前までソワソワしていた俺の淡い期待を返せ。

「いや分かってたけどよ!そんな都合いい展開あるわけねぇのはさぁ!!!」

この会議室は防音⋯思うさま叫んで鬱憤を晴らすにはうってつけだ。

「あーーーもうほんとつまんねぇ!!何が健康的だよつまんねぇんだよ景色が!!」

水の底のような最奥に戻りたい。しかし今戻ると妖しい目つきの専属警備員が怖い。



ひとしきり叫んだら、机に突っ伏した。⋯コーヒーも来ない。当たり前だ。分かっている。

「でも、これでいいんだよな⋯」

カラシが俺を好きなら、悲しむ人間が増える、だけだ。

あの最奥の天窓が好きなだけだ。俺と同じ。



俺がいなくなったら、最奥を独り占めしていいよ。カラシ。


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