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滅亡図書館:副館長 山田の業務日報 その3

本日は晴天。館長は休日である。

我々は基本的に、土日には休みを取れない。最も忙しくなる日だからだ。図書館に就職する時点で友人たちと休日が合わなくなる覚悟はしていた。だから我々は交代で平日に休みを取る。⋯家族には申し訳ないと、いつも思っている。まぁ、館長のような気ままな独身男には痛くも痒くもないのだろう。きっと今頃、住み着いている地下11階の館長室で惰眠を貪っているか乱読にふけっているか、どちらかだ。

昨日頼んでおいた月間イベント計画表のチェックを私に戻さずに休暇に入ってしまったので、ワンチャン机上に置いてないかな、と地下の館長デスクを見に来たのだが⋯先客がいた。


カラシが、館長デスクの下を箒ではいていた。


綺麗な横顔だ。やはり地上部に欲しいが⋯彼女はどうしても地下がいいという。個人の意思は尊重するのが今の館長の方針だから仕方がない。それにしても⋯親しいとはいえ一介の従業員が館長デスクで一体何を?私は慎重に、彼女の様子を見ることにした。

「よし、と」

彼女は小さく呟くと、今度は布巾を取り出して、乱雑に本が放置されたデスクを軽く片付けた。そして布巾にアルコールを吹きつけると、さっと机を拭いた。綺麗になった机を見渡すと⋯館長の席に座り、実に、実に愛おしげに机を撫でた。

「いつか⋯館長に」


そうか、カラシ。君は⋯私は全てを理解した。


「カラシ」

少し遠くから、声をかけた。カラシは弾かれたように振り返り、席から離れた。

「⋯⋯副館長」

「ふふ⋯サボり、では無さそうだね。館長席を、掃除していたのか」

「⋯⋯食べかすとかそのままだし、気になってたので」

笑いが込み上げてきて、つい声を出して笑ってしまった。

「ははは⋯それでつい、座ってみたのかい?」

「⋯⋯それは」

「分かっている、隠さなくていいんだ」

私には分かっている。

「館長(の座)を、狙っているのだろう?」

カラシが目を見開いて私を見返した。⋯耳まで赤くなっている。さては、図星だな。カラシは目を逸らし、俯いた。

「⋯⋯⋯慧眼、恐れ入ります」

私の目に狂いはなかった。伊達に15年以上、接客業をしていない。

「何を恥じらうのか。野心を持つのはいい事だ。恥ずべきは、目標を持たずに惰性で生きる者だよ」

私は若者の野心を応援したい。

「⋯私は、そんなに露骨でしたか。もしかして、皆もう気がついてますか?」

「いやぁ?私は今さっき気がついたよ。他の誰も気がついていないと思う。私も他言する気はない。⋯ただ、難しい目標ではあるね。茨の道だよ」

「私では⋯駄目、ですか」

僅かに顔を上げて、私を見返してきた。微かに潤んでいるが、決意に満ちた強い瞳だ。彼女に覚悟があるのなら、私も現実を余すことなく語ろう。

「そうだねぇ⋯女性は難しい、かもね」


「えっ、女性は難しい!?馬鹿な!!」


カラシが目を見開き、ガバリと顔を上げた。非常に意外な事実を聞かされたような表情だ。⋯驚いたな、館長を目指す彼女が、そんな事も把握していなかったとは。

「歴代(館長)は、やはり男性が多いんだよ。女性(館長)が全く居ないでもないが、少数だね」

「⋯男も女も、どっちもイケるということですか?い、今までで何人ほど?」

「うーん⋯今までで、かい。数えた事はないけれど、60人前後かな」

「60人⋯!!」

声がワナワナと震えている。どういう感情だ。よくは分からないが、私は熱意を持つ若者には真実しか言わない。真実を理解して、それを乗り越えろ、若者。力強く頷いて、カラシの肩に手を置いた。

「(館長の仕事は)難しいんだよ。ほら、力仕事も多くなるし。(仕事内容が)繊細で、融通が利かない。常に(利用者の)我儘に振り回される。館長を見ていれば(仕事の大変さが)分かるだろう」

「⋯⋯まぁ、普通(の彼氏)よりは負担が多くはなりそう⋯ですが、そんなにエグいんですか」

「そうそう。恥ずかしながら、私だって狙っていた時期があったんだよ」

「狙っていたんですか!?副館長が!?」

カラシが青ざめて後ずさった。⋯ああ、私をライバルと認定して警戒しているのか。

「ああ、大分昔に諦めたよ。そもそも館長が随分年下だ」

後輩とは言えど、9歳も若い現館長を押しのけて私が館長になるような人事は、普通ありえない。

「それに私には、資格がない」

先人の言葉を読み書き出来ない私は、地下をも統べる王にはなれないのだ。

「そうですね、副館長は結婚されてご家庭が⋯」

「いやいや君、家庭の有無は関係ないよ!」

私はキッパリと首を振った。⋯なんということだ、この娘は館長の椅子を手に入れるために、自ら家庭を持つ事を諦める積もりだったのか。誤解が蔓延しているようだ。

「え?え?だって駄目でしょう、既婚者が狙っては」

「何を言うんだい、むしろ家庭を持っている事が強みになるんだよ!君も家庭を作りたまえ、狙うのはそれからでも遅くない!」

「り、倫理がしっちゃかめっちゃか⋯」

熱にあてられたように、カラシが頭を抱えてふらついた。⋯分かる、分かるぞ若者。立て続けのパラダイムシフトに混乱しているのだろう。悩むがいい。悩むことは若者の特権だ。

「兎にも角にも、実績を積み給え。戦闘員にも登録すべきだ。(図書館にとって)なくてはならない人材になるんだよ。実力を評価し、決定を下すのは総長を始めとするお偉方だからね」

「は!?館長の意思は!?」

「(自分の後任に関する)館長の意思は、参考程度には聞くけれど、ストレートに通るわけではないよ。国家の重要事項だから個人の都合は一旦、横に置かれる」

カラシが、どさりと館長席に身を投げ出した。

「なんかもう、全然理解が追いつかない⋯」


気の所為だろうか、今さっきエレベーターホールの方向から『ばさり』と何かを落としたような音がした。


遠ざかっていく足音⋯か?カラシは気がついていないようだが、幾度も鉄火場に身を置く私は勘がいい。カラシの野望を、誰かが聞いていたのではなければいいのだが。そうなったらそうなったで、私は全力で彼女とその野望を守ろう。例え大きすぎる野心だとしても、野心を持たない者が若者の熱意を妨害するなど許されない。

「ゆっくり理解するといいよ。いずれにせよ、まだ今は狙うべきじゃない。30歳を過ぎた辺りがいい」

「⋯何故」



「若くして館長に就任した者は、30に満たないうちに死ぬ。例外はほぼ、ないんだ」



カラシの目が、今までに無かったほど見開かれた。何処か『腑に落ちた』という気配も感じたが、酷く衝撃を受けている。⋯年若い館長という設定に憧れがあったのだろうか。その辺は女の子だ。

「そんな⋯そんなの俗説でしょ!?だって館長は!!」

「60人近くの歴代館長の中で、年若い館長はおよそ20人⋯1人を除いて全員、30代を迎える前に死んでいる」

「1人!?1人はいるんですね!!」

カラシが身を乗り出した。⋯何故、君はそんなに必死になるのだ。⋯そうか、彼があと3年足らずで死んでしまっては、後釜に座るのは30歳以上の職員⋯カラシが野望を叶えるチャンスが遠のいてしまう。だから必死に彼を延命させようとしているのだろう。

「あぁ⋯調べたんだよ。その館長は⋯友達がいた」

「⋯⋯友達」

「業務日報を見返した限り、献身的な友達だった。放っておくと碌に食事も摂らない館長に差し入れをしたり、休日には面倒くさがる彼を外に連れ出したり」

「⋯歴代若手館長は友達居なかったんすか?」

「多分、人間嫌いなんだよ、こういう人種は。飛び級で大学出て、ほぼ地下に籠って本を読み漁る人生⋯だから」

本来であれば、私がやるべきこと⋯しかし副館長の激務と館長の自尊心が、それを許してくれない。



ずっと、私ではない、彼の傍らに居てくれる協力者が欲しかった。



「その館長は何歳まで生きられたんです?」

「41歳」

「たった⋯それだけ⋯」

愕然とした顔を上げた。⋯そこまで永らえさせられたら、君の野望には十分⋯いや、まさか。

「君は、本当に⋯彼を案じてくれているのか?」

館長職を巡る、終生のライバルとして、共に歩み続けたいと思ってくれるのか。⋯真の、友情か。

「⋯⋯当たり前です。41歳?もっと生きますよ、館長は!」

覚悟というか⋯先程の比ではない、強い決意を漲らせて、彼女は俺を見返した。⋯感動で手が震えた。

「私は、何をすればいいですか」

「⋯⋯一緒に、戦ってくれるのか?」

カラシが右手をグーの形に差し上げた。私も⋯拳を彼女の拳にぶつけた。

「同盟を結びましょう。⋯我々は、館長を死なせない!!」

強い目だ。⋯調べる程に出てくる絶望的な状況に、私にはいつしか諦めが染み付いていた。自分が恥ずかしい。

クロエ先輩は⋯先輩なんだが。


私の中のクロエ先輩はいつまでも、私の手を引いて歩いていた小さな子供なのだ。


「そうだな⋯私はもう、諦めない!!」

「はい!でも慧眼は取り消します!」

⋯⋯⋯ん?



数日後。

総長の元に『自分は健康で力もあるから議会に館長の恋人として推薦して欲しい』という直訴が4人の男性から殺到したらしく、総長は驚愕⋯館長は怒り狂っていた。

「歴代恋人60人のバイ・セクシャルて何だ!!サイクルやべぇな、広めた奴も信じた奴も頭おかしいのか!?」

どうも館長に否定的な勢力が、妙な風評を広めているらしい。更なる警戒・館長の警護の強化が待たれる。



本日の業務を終了する。

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