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滅亡図書館 副館長 山田の業務日報 その2

『懐古派』襲撃の被害は比較的軽度だった。


受付の職員と戦闘要員の2名が死亡したが、襲撃人数が多くなかったことと、地下の罠への誘導が早めに済んだ事が被害を最小限に抑えられた要因だろう。日頃の防災訓練が功を奏した。


4年前、前館長が殺害された『大襲撃』を教訓に、私達は月一度の防災訓練、そして戦闘訓練を欠かさない。


行政の様々な仕組みが先人たちの文化に寄っていく事に憤りを覚えた懐古派は、行政に入れ知恵をしたとして図書館に矛先を向けて一斉蜂起したのだ。

滅亡図書館は、あの大襲撃で文字通り滅亡してもおかしくなかったと、今でも思う。それだけの規模だった。一般開放されている区画は荒らされ、数多の職員や利用者が殺害された。前館長も。

一般開放区画を荒らし終えた彼らが地下の閉架書庫になだれ込んだ時『これは終わったな』と確信した。



炭酸ガスによる窒息消火を利用して地下の懐古派を一網打尽にしたのは、クロエ先輩だ。



地下勤務の連中を荒らされた一般開放区画に避難させ、地下を密閉して一気に炭酸ガスで満たしたのだ。

自分一人だけ、地下11階のモニタールームに籠ってやり遂げた。

地下をほぼ無傷で守り通したクロエ先輩は賞賛され、次の館長に指名された時に異論を唱える職員はいなかった。



自分を責め続けたのは、クロエ先輩だけである。



沢山の懐古派を殺した、殺された職員を、館長を守れなかった、哨戒機関から警告があってすぐに利用者を避難させていれば犠牲者は半分に減らせた⋯と、済んだことをいつまでも反芻して自分を責め続け、館長就任1週間しないうちに胃潰瘍で倒れた。

今回の襲撃で失った2名の職員にも強い『罪悪感』を抱いている。受付の職員はまだ新人で、被災時にシールドを張るのが遅れた。個別に訓練すべきだったといつまでも後悔している。


人気のない図書館のカフェテリアは、襲撃など無かったように綺麗に整備されている。50人にも満たない人数での襲撃など国家権力の前には塵芥に等しい。私達はカフェテリアで、カラシが淹れたコーヒーを飲んでいた。普段は地下の指定席に引っ込んでいるクロエ先輩が珍しくカフェテリアで仕事をしている。普段なら気分転換の為だとか言って何冊かの本を並行して翻訳を進めるが、今日手元にあるのは『六法全書』のみ。一応、上下巻に分かれているが、一冊ずつが広辞苑ほど分厚い。

炭酸ガスを満たして『処分』した懐古派は、後に駆けつけた機動隊や救急隊によって運び出されているが、現場検証などで地下の書庫はガヤガヤしている。館長が指定席から逃げ出すレベルでガヤガヤしている。人が死んだ場所の近くで仕事をするのは何か嫌、というクロエ先輩特有の拘りもあるのだと思う。

「今回の蜂起は、やっぱり『アレ』だろうな」

そう呟いてクロエ先輩が指を立てた。

「⋯大規模な法改正だ」

立法機関による法改正の為に図書館が六法全書を翻訳している話が、何処からか漏れたのだろう。

「先人の法律に寄せた改正をされると危ぶんで、人数が集まらない状態で襲撃を決行したんだ。⋯なんかさ、地下に向かうのが早すぎただろ?地上には目もくれないで」

「残党の動きもおかしかったようですね。主力部隊を地下に送り込むために身を捨てて戦闘要員の追跡を止めるような、そんな動きだったと報告を受けました」

「翻訳にあたっている職員を殺して、六法全書を焼き払う気だったんだろ」

そんな意味なんかないんだけどなぁ、意味ない上に危ない仕事なんて断りてぇよぉ⋯といつも通りのボヤきを伸びと共に繰り出し、ふと動きを止めて私の方を見た。

「君は、先人寄りの改正をされると思うか?」

「六法全書を翻訳させていると聞けば、そう思いますよね」

「俺は⋯そうは思ってないんだ」

そう言ってコーヒーカップを大事そうにテーブルに置いた。

「結果的に先人寄りになるとは思う。だが先人を真似て、とかじゃない。⋯現行の法律がもう、現状にそぐわないじゃないか」

「それはそうですね⋯」

例えば子供は番号で管理する制度。子供が成長して自分の好きな名前を選べること自体は悪くない。先人の時代には困った親が子供に珍妙な名前をつけて子供が将来苦労する『キラキラネーム』という社会現象があったらしい。だが母星の時代と比べて子供の死亡率が著しく下がった今となっては、なにも番号で呼ぶ必要はないんじゃないか?と、議論を呼んでいる。

「うちの子供は、家でしか使わない通称で呼んでいます。そういう風潮だから」

「それだ。そういうの。子供のうちは親が決めた名前で呼んで、成長したら自分で名前を決める。それでいいんだ。先人の法律をまるっと剽窃するんじゃなく、現状に即した所だけ参考にすればいい」

「納税とか福祉の面では結婚制度も促進すべきだと思いますが、ややこしい挙式は真似することないですね」

私は結婚制度を選んだ自分に誇りを持っている。

「はいはい⋯」

またコーヒーに口をつけ、先輩は窓の外に視線を移した。⋯いつも通りの石造りの中庭しかない。

「―――先人の『刑法』でさ」

「法律違反した者を罰する法律ですね」

「この国では人を二人殺したら、死刑になるんだ。知ってる?」

クロエ先輩は自嘲気味に笑った。

「死刑?国が罪人を殺すやつですか?」

確か酷く煩瑣な段取りを踏んで、何年も経ってから国の最高権力者の判断に基づいて『絞首』という、苦しみが短く人道的と思われる手法で殺す。国によっては死刑という制度すらなく、100人以上殺した罪人が国の税金で一生飼い殺しにされる。その場で銃殺すればいいだろうに、不思議な星だ。

「二人で死刑なんですか⋯人の命が重いですね、この国は」

「かと思うと戦争状態になれば、殺した人数が多い者が英雄と呼ばれる」

「うぅむ⋯国家の危機ってのが線引きの基準なのでしょうか」

ちら、とクロエ先輩を盗み見る。窓の外から目を離さない。⋯これは窓の外に興味があるのではなく、私から目を逸らしたい気持ちの現れなのだろう。



―――また『罪悪感』か。



この星で人の命が異様に重い理由⋯要素は様々なのだろうが、この『罪悪感』だと思っている。

私達の文明では生まれた子供に優劣をつけて『淘汰』する文化が当たり前のように横行していた。この星の『罪悪感』のようなものを、かつての私達は持ち合わせていたのかもしれないが、何の罪もない子供を淘汰と称して殺していた時点でほぼ失っていたと言える。狭い母星、僅かな資源、それを奪い合う日常。日常=戦争だった。その頃の名残だろうか、私達の文化では、殺人は大罪とまでは言われない。



それがここ最近、若い層を中心に『罪悪感』という概念が芽生え始めた。



どの業界も人手が足りず、人材が貴重。労働力である人を殺すなどという資源の無駄遣いをよしとしない風潮が育んだ新しい感覚なのか、淘汰以前の私達が持ち合わせていた当たり前の感情が蘇ったのかは分からない。


クロエ先輩は、この罪悪感を人一倍強く持ち合わせている。


自分や組織に危害を加えようとした対象を処分することは当然なのだが、クロエ先輩はいちいち気に病み自分を責める。先人の書籍に触れすぎて、先人の価値観に引っ張られつつあるのかもしれない。いずれにせよ、良くない兆候だ。

「二人殺して死刑なら、俺は大罪人だな」

「⋯戦争中なら英雄でしょう」

「⋯⋯⋯はは」

力無く笑って、クロエ先輩が傍らの六法全書を徐に開いた。

「⋯⋯早いとこ、終わらすわ」

「何をですか」

「翻訳⋯さっさと手放そうぜもう。とっとと済ませて立法機関にくれてやるよ。こんな物があるから図書館が懐古派に目の敵にされたんだ。もう立法機関に押し付けて、ドンパチならそっちでやってもらおう」

「もうすぐ定時ですよ⋯帰ってくださいよ」

放っておくと力尽きるまで仕事をやめないので、少し強めに言ったが、先輩は端末に目を落とし、キーボードを撫でるように叩き始めた。⋯こうなったら誰の言葉も届かない。この星の言葉が分からない俺には手伝うことも出来ない。諦めて立ち上がった時、誰かが先輩の真横に立ち、『六法全書 下巻』にそっと手を添え⋯ばり、と半分に割いた。

「⋯⋯は!?」

「刑事法、社会法、経済法⋯」

「⋯カラシ!?気でも触れたのか!?」

先輩が弾かれたように立ち上がった。傍らで六法全書下巻を半分に割いたカラシは、前半部分を先輩に押し付け、後半部分を胸元に抱いて涼しい顔で先輩を見上げた。⋯ちょっと変わった子だとは思っていたが⋯!

「六法全書、書庫に沢山ありました。一冊くらい、いいでしょう」

「いやまぁ⋯毎年出版されてたけど!だが何で割いた!?」

「下巻の後ろ半分は、私がやります」

「⋯⋯へ?」

「早く言って欲しかった。こんな危険なものを一人で抱えているから納期が伸びて、懐古派の襲撃を招くんでしょう」

何か言いかけた先輩が、ぐっと息を詰まらせて俯いた。⋯また『罪悪感』か。

「だから、私にも頼ってください」

そういってカラシが僅かに⋯ほんの一瞬微笑んだ。強ばっていた先輩の顔が僅かに緩み、どさりと椅子に戻った。

「⋯⋯君なぁ⋯いくらなんでも破くなよ⋯」

文句を言いながらも、何処か可笑しそうに口元を緩ませた。

「⋯⋯⋯連続残業になるぞ」

「あ⋯⋯しくった」

正直⋯カラシの存在には助かっている。もう十数年も謎に上下関係が成立している私には立ち入れない、先輩の懐にするりと猫のように入り込む。⋯飛び級や館長就任で同年代の友達が出来なかった先輩にとって、変わり者で傍若無人なカラシは所謂対等な友達なのかもしれない。実に微笑ましい。

「⋯じゃ、俺はこの刑事訴訟法、貰います」

「私、国際法貰ってもいいよ。もう襲撃イヤだし」

変わり者の彼女は意外と人望がある。彼女が『手伝う』と声をあげると、他の閉架職員が集まってきて、自ら翻訳を分担し始めた。六法全書はばり、ばり、と割られ、各々が厚めのノート程になっていった。

「ふふ、明日には終わりそうです」

「そしたら明日、送り付けてやる。校正も手配しておこう!」

「⋯⋯残業には巻き込まないであげてください」

カラシの言葉が届いているのか、先輩は既に作業に没頭していた。⋯もう何も心配はない。私は彼らの邪魔にならないように、カップを片付けつつ席を立った。


―――大丈夫だ。あの子が居れば彼は『最期』まで楽しく、幸せに生きられる。そうあることを願っている。


若くして図書館長に就任した者は、30歳に満たないうちに命を落とす。例外はほぼ、ない。



本日の業務を終了する。

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