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彗星の如く  作者: タロウ
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第7話 才能の片鱗

その日の放課後も、青野彗悟の日常は、いつも通り退屈で、平和だった。




「だからさ、新キャラのコンボ、速すぎて見えねえんだって」


「いや、あれタイミングがシビアだから、対策すりゃいけるって」




友人たちと、最近出た対戦格闘ゲームの話をしながら、家路につく。彗悟は、心底どうでもいいなと思いながら、気の抜けた相槌を打った。 彼らが選んだのは、住宅街を抜ける近道になっている、少し寂れた公園。夕暮れの光が、長く伸びた影を作っていた。




平穏は、唐突に破られた。 公園の中央、砂場のあたりでタムロしていた、見慣れない制服の三人組。その中の一人が、彗悟たちの前へとわざとらしく立ち塞がり、友人の中の一人に、わざと強く肩をぶつけた。




「ああん?どこ見て歩いてんだゴルァ」




絵に描いたような、理不尽な因縁だった。友人は恐怖で顔を引きつらせている。 彗悟は、心の中で深く、深いため息をついた。




(……最悪だ。面倒くせえ…)




争い事を何より嫌う彼は、カッとなっている友人を制し、一歩前に出た。




「すみません。こっちの不注意です。急いでたんで」




穏便に、冷静に。頭を少し下げて謝罪し、友人たちの腕を引いて、その場を立ち去ろうとした。


だが、その冷静さが、逆に不良たちのリーダー格の男の神経を逆なでしたらしい。




「なんだテメェ、つまんねえな。リーダー気取りか?」




男は、見せしめのように、彗悟の胸ぐらを掴もうと、大振りの右腕を伸ばしてきた。




――その瞬間。




彗悟の世界から、音が消えた。 迫りくる暴力的な腕が、スローモーションのように見える。 思考は、停止している。ただ、脳裏に、あの日の栞奈の声がフラッシュバックした。




――圧倒的な『スピード』と、完璧な『コントロール』。




身体が、勝手に反応していた。 しゃがむでも、腕で払うでもない。彼の身体が、まるで強力なバネにでもなったかのように、縮むことなく、爆ぜた。


予備動作のない、爆発的な跳躍。




それは、後ろに下がるのでも、横に避けるのでもない。斜め後ろへの三次元的な軌道を描き、一瞬で常人にはありえない距離を移動していた。




不良の拳は、数センチ前まで確かにあったはずの彗悟の身体ではなく、虚しい空気を殴りつけた。勢い余った男は、前のめりによろけ、無様にも数歩たたらを踏む。




公園に、奇妙な沈黙が落ちた。




「…え?彗悟、お前…いま…?」




友人たちは、口をあんぐりと開けている。今、目の前で起こった物理法則を無視したかのような動きが、信じられないのだ。




不良たちも、呆然としていた。リーダーの男は、空を切った自分の拳と、音もなく数メートル先に着地している彗悟の姿を、交互に見ている。何が起きたのか、まるで理解できていない。 その目に映る彗悟は、人間ではない、気味の悪い「何か」に見えた。




「…チッ、気味の悪い奴だ…」




リーダーはそう吐き捨てると、仲間と共に、逃げるように公園を去っていった。


嵐が過ぎ去った公園に、一人立ち尽くしたまま、彗悟は自分の両手を見つめていた。 心臓が、激しく鼓動している。 それは、恐怖からではない。 自分の身体が、自分の知らない原理で動いたことへの、畏怖と衝撃だった。




「才能がある」




栞奈の言葉が、今、否定しようのない事実として、彗悟の全身を貫いていた。 それは、彼がもう二度と、「ただの面倒くさがりな高校生」ではいられないことを告げる、残酷な号砲のようだった。

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