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彗星の如く  作者: タロウ
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第6話 もう一人の天才

彗悟がスマートフォンの画面を眺めていた、まさにその日の放課後。


星流高校の武道場は、汗と気合の熱気で満ちていた。




「ラスト一本!回って!」 主将である竹村の野太い号令が飛ぶ。 数十人の部員たちが、一斉に逆の構えへと転身し、基本稽古の突きを繰り出す。疲労の色が見え始めた他の部員たちを尻目に、その動きに一切のブレがない一年生がいた。




菊田きくた そら




中学時代から、世代のトップランナーとして名を馳せてきた、エリート中のエリート。 涼しい顔で、まるで定規で描かれたかのように正確な挙動を繰り返す彼に、上級生たちも一目置いていた。




練習は、より実戦的な組手へと移行する。 「菊田、頼む!」 指名された二年生の先輩が、気を引き締めて菊田と対峙した。 「押忍」 短く応じた菊田の構えには、隙がない。彼は、彗悟のような規格外の身体能力を持つタイプではない。




だが、空手における全ての要素――間合い、タイミング、スピード、技の精度――が、恐ろしいほど高い次元でまとまっている。王道を極めた天才だ。




相手の先輩が、鋭い刻み突きで飛び込む。 菊田はそれを追うでも、避けるでもない。ただ半歩だけ下がり、相手の拳がギリギリ届かない、完璧な間合いへと誘い込む。相手が一瞬、体勢を立て直そうとした、その刹那。




「セイッ!」




菊田のカウンターの中段逆突きが、最短距離で先輩の脇腹に突き刺さっていた。 ドスッ!と、鈍く、しかし芯のある音が響く。




「うぐっ…!」 まともに食らった先輩の身体が、一瞬「くの字」に折れ曲がり、苦悶の声が漏れた。




「止め!青、中段突き!有効!」




審判役の生徒が叫ぶ。


「寸止め」という言葉の、綺麗で安全なイメージとは裏腹に、ポイントとなる一撃には、相手の体を貫くほどの明確なインパクトが求められる。


相手の顔面を大きく揺らせば過度な接触として反則を取られるが、強靭な肉体で受け止める胴体への一撃は、深くとも許容される場合が多い。




そして、それは紛れもなく、痛い。




練習後。ほとんどの部員が帰宅準備を始める中、菊田は一人、道場の隅で黙々と突きの反撮練習をしていた。 彼の額には汗が浮かんでいるが、その瞳には満足感ではなく、むしろ苛立ちに近い色が浮かんでいた。




(この程度か。この程度の練習で、全国の頂点に立てると思っているのか…)




星流高校は、間違いなく強豪だ。だが、彼の目標は、その遥か先にある。




(竹村主将は人が良すぎる。練習に来ない宮田先輩のような人間を、なぜ放置しておく…才能の無駄遣いだ。本気でやっている人間への侮辱だ)




その時だった。


「菊田くん」 声の主は、同じく道着姿のまま残っていた、水野栞奈だった。




「なんだ」


「さっきの組手、カウンターは見事だった。でも、突いた後、少しだけ後の足が流れてた。だから、本来の威力の半分も出ていなかったんじゃない?」




栞奈の言葉は、純粋な分析だった。彼女の「型」で培われた、ミリ単位の動きを見抜く目が、菊田の完璧に見えた動きの、僅かな綻びを捉えていた。


図星を突かれた菊田は、苛立ちを隠しもせず、鋭い視線を栞奈に向けた。




「…お前に言われなくても分かっている」




そして、彼は吐き捨てるように言った。




「それより、最近よく知らない素人と話しているそうじゃないか。そんな無駄なことに時間を使う暇があったら、自分の練習に集中したらどうだ?」




「素人」


「無駄なこと」。




その言葉が、誰を指しているかは明白だった。栞奈の表情が、わずかに強張る。


王道をひた走る、正統の天才。 まだ見ぬ、規格外の才能を信じる、慧眼の持ち主。




夕暮れの道場で、二人の天才の視線が、激しい火花を散らした。 青野彗悟の知らない場所で、彼の存在は、既に強豪校の歯車に、小さな、しかし確かな波紋を広げ始めていた。

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