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彗星の如く  作者: タロウ
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第4話 野蛮なやつらの、静かな会話

夕暮れの静かな道場で、青野彗悟と水野栞奈の視線が交錯する。 先に沈黙を破ったのは、覗き見をしていた罪悪感で一杯の彗悟だった。




「ご、ごめん!邪魔した!」




踵を返し、脱兎のごとく逃げ出そうとする。しかし、その背中に、思ったよりも落ち着いた声がかけられた。




「待って」




彗悟が恐る恐る振り返ると、栞奈がゆっくりとこちらへ歩いてくるところだった。汗で湿った道着姿の彼女からは、練習の熱気がまだ立ち上っている。




「…見てたの?」


「いや、その、通りかかったら音が聞こえて…なんか、すごかったから…」




しどろもどろになりながら、彗悟は正直な感想を口にした。栞奈は、責めるような素振りは見せない。ただ、じっと彗悟の目を見ていた。その視線に耐えられなくなった彗悟は、衝動的に、ずっと胸につかえていた疑問をぶつけた。




「なあ、一つ聞きたいんだけど…空手って、もっとこう、瓦とかバットとかを折る、野蛮なやつらの集まりだと思ってたんだけど…違うのか?」




それは、栞奈が空手人生で百度は聞かれたであろう、典型的な質問だった。 彼女は、怒るでもなく、呆れるでもなく、ふっと、ほんの少しだけ口元を緩めた。




「よく言われる。それも空手の一面だよ。直接打撃を当てるルールの空手は、そういう稽古もするから」


「じゃあ、あんたたちがやってるのは…?」


「私たちがやっているのは、星流高校の空手部が目指しているのは、競技空手。寸止めルール」




栞奈は、自分の拳をゆっくりと握り、彗悟の目の前に差し出した。




「私たちの空手は、相手を『破壊』することが目的じゃない。相手に触れるか触れないか、そのギリギリの間合いで、完璧な技を『極める』ことが目的なの」




彼女は、言葉を続ける。その声には、先ほどの練習を思わせる熱がこもっていた。




「だから、何よりも必要なのは、二つ。一つは、相手の反応を置き去りにする、圧倒的な『スピード』。そしてもう一つは、そのスピードを凶器にしないための、完璧な『コントロール』」




スピードと、コントロール。




その二つの言葉が、彗悟の胸にすとんと落ちた。昨日見た、神業のような光景そのものだったからだ。




「どんなに速い突きでも、相手に当ててしまえば反則になる。逆に、どんなに完璧に止めても、相手の心臓を射抜くほどのスピードがなければ、ポイントにはならない。高速のチェスみたいなものなの。究極のスピードを、究E極のコントロールで制した者が、勝つ」




そして、栞奈は真っ直ぐに彗悟の目を見た。




「だから、私は驚いたの。冬休みに見た、あなたのあの跳躍。あれは、ただのジャンプじゃない。爆発的なスピードで体を動かし、空中で体勢を維持し、着地の衝撃を殺す…究極の身体コントロールだった。あなたには、その才能が眠ってる」




勧誘ではない。ただ、事実として告げる、静かな声。 彗悟は、言葉を失った。自分の、ただの「取り柄」だと思っていた跳躍力。それが、彼女の言う「スピード」と「コントロール」という概念に繋がった瞬間、全く違う意味を持ち始めた。




「…そろそろ帰らないと。戸締り、しちゃうから」




栞奈はそう言うと、彗悟に背を向けた。勧誘の続きをする気はないらしい。 彗悟は、何か言わなければ、と思ったが、言葉が出てこない。




そんな彼に、栞奈はふと足を止め、振り返り際に、問いかけた。




「ねえ、青野くん」


「…なに?」




「あなたにとって『面倒』じゃないことって、何?」




その問いに、彗悟は答えることができなかった。 栞奈はそれ以上何も言わず、道場の奥へと消えていく。




一人残された彗悟の頭の中を、「スピード」と「コントロール」、そして、答えられなかった最後の質問が、ぐるぐると回り続けていた。

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