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彗星の如く  作者: タロウ
29/29

第29話 嵐の前の買い出しと、不吉な影

地獄の夏合宿を、三日後に控えた週末。 青野彗悟は、何から準備すればいいのか全く分からず、途方に暮れていた。 そんな彼を見かねた梅木 赤星が、「しゃーないなあ!この赤星先輩が、一から十まで面倒見たるわ!」と、彗悟を合宿用品の買い出しに連れ出すことになった。




「あなたたちだけだと、ろくなものを選ばないでしょうから」




なぜか、呆れ顔の栞奈も、保護者役として付いてくることになった。




舞台は、大型スポーツ用品店。空手用品コーナーの充実ぶりに、彗悟は目を丸くする。




「彗悟、合宿いうたらインパクトや!金色の拳サポ!絶対カッコええで!」


「すごい…」


「そんなものは、一切必要ありません」




目を輝かせる彗悟と梅木の間に、栞奈が、巨大なスポーツボトルとテーピングの箱を置いた。




「あなたに必要なのは、これと、これと、これ。合宿では、怪我をしないこと、体調を崩さないことが、練習以前の義務よ」


「栞奈ちゃんは、相変わらずおカタいなあ…」


梅木と栞奈に左右から振り回されながら、彗悟は、初めて「先輩」や「仲間」と、部活のために行動を共にすることに、新鮮な楽しさと、居心地の良さを感じていた。




***




その頃、菊田 空は、買い出しの輪には加わらなかった。 彼は一人、道場に残り、王城のエース・神谷との戦いを反芻しながら、黙々と自分の弱点と向き合っていた。あの試合で、わずかに反応が遅れた、変則的な蹴りへの対処法。その反復練習に、彼のストイックな時間が費やされていく。




主将の竹村は、顧問の鈴木先生と、合宿の練習メニューについて、最後の打ち合わせを行っていた。その表情は、チームを預かる者としての、厳しい責任感を漂わせていた。 誰もが、それぞれのやり方で、来たるべき「夏」と向き合っていた。




***




そして、合宿当日の朝。 星流高校の校門前に、全部員が集合する。これから始まる「地獄」への、期待と不安が入り混じった空気が流れていた。 彗悟は、自分でパッキングした、ずしりと重いバッグを肩にかけ、高鳴る心臓を抑えていた。




部員たちがバスに乗り込もうとした、その時。 顧問の鈴木先生が、思い出したように、ぽつりと言った。




「ああ、言い忘れてたが、今回の合宿、OBも一人、特別指導で参加するから」




ざわめく一年生たち。しかし、その言葉を聞いた瞬間、竹村、田上、そして梅木といった上級生たちの顔が、一斉に引きつった。 太陽のように明るかった梅木の顔から、すっと血の気が引いていく。 彼が、青ざめた顔で、小さな声で呟いた。




「……まさか、『あの人』ちゃうやろな…?」




一年生たちが、何事かと顔を見合わせる中、バスは、何も知らぬ彼らを乗せて、地獄の合宿地へと、ゆっくりと走り出す。




その、不穏で、不吉な空気が、彼らの短い休息の終わりを告げていた。

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