第26話 北極星の意地
1勝2敗。 次に負ければ、チームの敗北が決定する。道場中の視線が、コートへと向かう一人の男に集まっていた。 副主将、田上 北斗。
彼は、コートに入る直前、ベンチで固唾を飲んで見守る彗悟の頭を、ぽん、と軽く叩いた。
「大丈夫だ。見てろよ」
いつもの優しい笑顔。しかし、コートに向かうその背中は、後輩たちにプレッシャーを見せないようにする、三年生としての、そして副主将としての、静かで、しかし、鋼のような覚悟を漂わせていた。
「副将戦、始め!」
試合時間は3分間。 開始と同時に、王城の副主将が、猛牛のような突進力で猛然と攻めかかってくる。パワーとスタミナを武器にした、 容赦ない攻撃。 田上は、派手さはないが、空手の基本に忠実な、完璧な防御でそれを凌ぐ。だが、相手の圧倒的な圧力の前に、じりじりと後退させられ、ついに強烈な中段突きを許してしまう。
「有効!」
スコアボードが、0-1と変わる。
さらに、畳み掛けるような攻撃に、再びポイントを奪われる。
0-2。
「田上先輩が、押されてる…!」
星流ベンチに、焦りの色が浮かんだ。
しかし、どんなに攻められても、田上の心は、一切揺らがなかった。 彼の強さは、北の空に輝く北極星のように、決して動かないこと。 彼は、相手の猛攻を受け続ける中で、その攻撃のリズムと、スタミナの消耗を、氷のように冷静に分析していた。
試合中盤。相手の動きが、ほんのわずかに鈍り始めた瞬間を、彼は見逃さない。 ここから、田上の反撃が始まった。
それは、派手な大技ではない。徹底的に反復練習で磨き上げた、基本の突き、基本の蹴り。その、一つ一つの精度で、相手を上回っていく。 相手の攻撃を捌いた直後の、カウンターの突き。
「有効!」
1-2。 じわじわと、しかし確実に、彼は失地を回復していく。
残り時間、1分。田上の、流れるような連続突きが、ついに相手を捉えた。
「技あり!」
スコアは、3-2。ついに、逆転。
しかし、残り時間はまだある。王城の選手が、鬼の形相で最後の猛攻を仕掛けてくる。 ここからの十数秒は、魂の削り合いだった。 田上は、もう無理にポイントを取りにいかない。
しかし、消極的に守って警告を取られるような、無様な戦い方もしない。 彼は、逆に間合いを詰め、相手の技が出される、まさにその瞬間を「潰し」にかかる。 相手が蹴りを放とうとすれば、その懐に潜り込み、威力を殺す。突きを放とうとすれば、クリンチに近い状態に持ち込み、技を不発に終わらせる。 それは、経験豊富なベテランだけができる、巧みな試合運び。
「止め!」
主審が、もつれた二人を分ける。残り5秒。 王城の選手が、最後の一撃を放とうと踏み込んだ、まさにその瞬間。
ブザーが、試合の終了を告げた。
「それまで!勝者、赤!」
結果、3-2。田上 北斗の、経験と、決して折れない心がもたらした、魂の勝利だった。
「うおおおおっ!」
星流ベンチが、この日一番の雄叫びを上げる。 スコアは、これで2勝2敗のタイ。勝負の行方は、全て、最後の大将戦に委ねられた。
疲れ果て、肩で息をしながらベンチに戻ってきた田上は、主将である竹村と、固い握手を交わした。
「…頼んだぞ、キャプテン」
「ああ」
竹村が、静かに頷く。
宿命のライバルである、両チームの主将が、チームの、そして、己の全てのプライドを懸けて、コートの中央へと歩き出していく。
「大将戦、始め!」
その声が、決戦の始まりを告げていた。




