第24話 奇跡の代償
「――技あり!!」
主審の声が、静まり返った武道場に響き渡った。 記録係の生徒が、信じられないといった手つきで、星流側の赤いスコアボードを、一枚、ぱたりと、めくった。「0」が、「2」へと変わる。
コートの中央で、青野彗悟は呆然と自分の拳を見つめていた。
(当たった…?俺の突きが…?)
相手の王城の選手は、メンホーの下で、屈辱に顔を赤く染めている。
「続け、始め!」
再び、試合再開の号令がかかる。 しかし、もはや試合の流れは、全く違うものになっていた。 王城の選手は、先ほどまでの油断した表情が完全に消え、彗悟を「得体の知れない怪物」として、最大級の警戒レベルで観察している。不用意に踏み込まず、じりじりと距離を保ち続けている。
(もう一度…もう一度、あの一撃を…!)
彗悟は、焦る気持ちを抑え、再び、あの奇跡を再現しようと、追い突きを放った。 だが、一度見た技は、もはや王城の選手には通用しない。 彼は、彗悟の踏み込みを完璧に読み切り、鋭い体捌きでひらりとかわす。 奇襲という唯一の武器を失った彗悟は、もはや「ただの素人」だった。
王城の選手は、彗悟の追い突きを誘い、かわし、その後の隙だらけの身体に、的確にカウンターの技を叩き込んでいく。 「有効!」 鋭い刻み突きが、彗悟のメンホーを捉える。 「技あり!」 流れるような中段蹴りが、彗悟の胴を打つ。
彗悟には、なすすべがなかった。 防御の仕方を知らない彼は、飛んでくる攻撃に、ただ硬直するか、無様に後ずさることしかできない。 栞奈に教わった、後ろに下がるステップを試みようとするが、焦りから、足がもつれてしまう。
ぱたり、ぱたり、と。王城側のスコアボードが、無情にもめくられていく。 2-1、2-3、2-5…。
特訓の日々が、脳裏をよぎる。だが、彼の身体は、まだ、あのたった一つの武器しか知らない。
ブザーが、試合の終了を告げた。 最終スコアは、2-6。彗悟の、完膚なきまでの敗北だった。
彼は、汗だくで、息も絶え絶えになりながら、相手選手と礼をする。王城の選手は、勝ったにもかかわらず、どこか不満げな、後味の悪そうな顔をしていた。 星流の応援席に戻る。チームのスコアは、これで絶望的な0勝2敗。俯く彗悟に、憐れみの言葉がかけられる…はずだった。
「ようやった!すげえじゃねえか彗悟!」
頭上から降ってきたのは、梅木の、太陽のように明るい声だった。
「格上の王城相手に、2点も取りやがって!上出来すぎるわ!」
見上げると、栞奈も、静かに、しかし確かに頷いていた。
「よく、作戦をやり遂げたわ。あなたの勝ちは、その2点よ」
彗悟は、負けたのに、なぜか胸の中に、不思議な熱が残っているのを感じた。 彼は、スコアボードを見る。そこには、確かに、自分の手で刻んだ「2」という数字があった。 それは、敗北の記録であると同時に、彼の、初めての「戦果」だった。
菊田が、そんな彗悟を一瞥し、静かに立ち上がった。 彼の目には、もう侮蔑の色はない。ただ、この絶望的な状況を、自分が覆すのだという、エースとしての強い決意だけが宿っていた。
「中堅戦、始め!」
審判の声と共に、菊田 空が、0勝2敗という、あまりにも重い十字架を背負って、コートへと歩き出していく。 星流の、反撃の狼煙が、今、上がろうとしていた。




