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彗星の如く  作者: タロウ
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第14話 感覚のシンクロ

特訓開始から一週間が過ぎた、早朝の武道場。 青野彗悟は、変わらず無力感に打ちひしがれていた。何度繰り返しても、彼の身体の中で、天賦の才能と未熟な技術が喧嘩を続けている。




「青野くん」 打ち込みを止めさせた栞奈が、静かに言った。




「今までのやり方じゃダメ。あなたの頭が、あなたの身体の邪魔をしてる。やり方を変える」


「…どうやって?」


「もう、何も考えないで。私の動きを、あなたの身体で感じて」




そう言うと、栞奈は彗悟の後ろに回り込み、彼の腰にそっと両手を置いた。




「ちょ、おい、何すんだよ!?」




突然の密着に、彗悟の身体が羞恥で硬直する。だが、栞奈は構わず、真剣な声で一喝した。




「黙って。感じなさい。力の流れを。全ての動きは、腕じゃなく、足でもなく、この『腰』から生まれるの」




栞奈は、彗悟の身体を、まるで自分自身の一部であるかのように、ゆっくりと、しかし鋭く動かした。空手の「追い突き」における、理想的な腰の回転。その動きが、栞奈の手を通して、彗悟の身体に直接トレースされていく。 彗悟は、されるがままになりながらも、その腰から全身へと伝わる、滑らかで爆発的な力の奔流を、肌で感じ取っていた。




しばらくそれを続けた後、栞奈はすっと彼から離れた。そして、再び彼の前に、どっしりと構える。




「…もう一度、やってみなさい。さっきの感覚を思い出して」




彗悟は、半信半疑のまま、ただ、先ほど身体に刻み込まれた「腰の回転」の感覚だけを意識して、踏み込んだ。




――世界が変わった。




今までの、ただ速いだけの跳躍ではない。腰の回転が生み出した推進力が、彼の身体を、まるで一本の槍のように鋭く前へと射出する。今までバラバラだった身体のパーツが、腰を中心に一つに繋がったような、全能感。 彼は、無我夢中で、栞奈の喉元へと拳を突き出していた。




バシィッ!!




今までとは全く違う、空気を引き裂くような、鋭く、重い音。 栞奈が、その突きを咄嗟に左腕で受け流していた。受けた腕が、ピリピリと痺れている。




彗悟は、突き放した自分の右拳を見つめて、呆然としていた。 腕に、今まで感じたことのない、全身の力が集約されたような、心地よい痺れが残っている。




「…今のは…」




栞奈は、驚きと、隠しきれない喜びが混じった表情で、小さく、しかしはっきりと呟いた。




「……そう。その感覚よ」




***


その日の午後、星流高校空手部の全体練習。 彗悟は、相変わらず他の基本稽古では、ぎこちない動きを繰り返していた。 しかし、移動稽古での「追い突き」の番になった時、彼の動きは、明らかに昨日までとは異質だった。




まだ荒削りだ。




だが、その踏み込みには、紛れもない「空手の技術」が乗り始めていた。ただの跳躍ではない、鋭利な刃物のような踏み込み。




多くの部員がその微妙な変化に気づかない中、ただ一人、菊田 空だけが、その動きの本質的な変化を見抜いていた。 彼は、信じられないものを見るような目で、彗悟の動きを凝視している。




(なんだ…?あの素人が…)




その表情から、昨日までの「侮蔑」の色は完全に消えていた。 代わりに浮かび上がっていたのは、冷たい「警戒」と、燃えるような「敵意」。




あの素人が、ありえない速度で成長している。 その事実に、王道を歩んてきた天才のプライドが、静かに、そして激しく揺さぶられていた。

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