第11話 主将の賭けと、顧問の承認
「――そして、もう一人は、お前だ。青野」
主将・竹村のその一言は、爆弾となって、星流高校武道場に投下された。 一瞬の静寂の後、部員たちの間に、堰を切ったような動揺が広がる。
「嘘だろ!?」
「キャプテン、正気ですか!」
「あいつは今日入ったばかりのド素人ですよ!」
その混乱の渦の中心で、静かな、しかし燃えるような怒気を放つ者がいた。菊田 空だ。 彼は、ゆっくりと一歩前に出ると、主将である竹村を、真っ直ぐに見据えた。
「キャプテン、ご説明いただけますか。練習試合とはいえ、相手は王城です。青野は、部の戦力ではありません。はっきり言って、お荷物です」
エースである菊田の、敬意を払いながらも、決して引かないその言葉。他の部員たちも、同意するように固唾を飲んで竹村を見守る。 竹村が、その重圧を受け止め、口を開こうとした、その時だった。
「――騒がしいな。何があった?」
道場の隅、壁に寄りかかって腕を組んでいた男が、静かに口を開いた。 部員たちが、ハッと息を呑んでその男を見る。顧問の鈴木先生だ。普段はあまり練習に顔を出さない彼が、いつの間にかそこにいた。そして、今日の練習の最初から、黙って全てを見ていたのだ。
鈴木先生は、ゆっくりと歩み出ると、竹村に問いかけた。
「竹村。王城との試合に、そこの素人(彗悟)を出す。それは、お前の決定か?」
「はい」
竹村は、顧問の登場に臆することなく、真っ直ぐに鈴木先生を見据えた。そして、たった一人の決裁者である顧問に向けて、自らの「賭け」の意図をプレゼンした。
「王城は、菊田のデータは中学時代から完璧に分析してきます。彼の正攻法は、研究し尽くされているでしょう。しかし、青野のデータはゼロ。常識外の身体能力を持つ『未知の駒』をぶつけることで、相手のリズムを崩し、一勝をもぎ取る。それが、私の狙いです」
竹村の言葉を聞き、鈴木先生はしばらく黙っていたが、やがて、にやりと口の端を吊り上げた。
「…面白い。実に、面白い賭けだ」
彼は、反論しようと口を開きかけた菊田を手で制すると、全体に宣言した。
「この練習試合の采配は、主将である竹村に一任する。一年生の二人目も、青野で正式にエントリーしておく。これは、顧問命令だ。異論は認めん」
主将の「賭け」に、顧問の「承認」という、誰も覆すことのできない印籠が渡された。 菊田は、怒りと屈辱に顔を歪ませながらも、唇を噛んで黙るしかない。彼は、忌々しげに彗悟を睨みつけると、「…足を引っ張ったら、容赦しないぞ」という一言だけを残し、足早に道場を去っていった。
取り残された彗悟は、ようやく事態を飲み込み、パニックに陥った。
「む、無理です!無理に決まってるじゃないですか!俺、ルールすら知らないんですよ!?」
その彗悟の前に、水野栞奈が立った。
彼女の瞳には、驚きではなく、覚悟の光が宿っていた。彼女は、竹村の賭けの本当の意味を、そして、その賭けを成立させるための自分の役割を、瞬時に理解していたのだ。
彼女は、真っ直ぐに彗悟の目を見て、言った。
「大丈夫。二週間ある」
そして、それは約束であり、宣告でもあった。
「――私が、あなたを『戦える』状態にしてあげる」
その力強い言葉が、彗悟にとっての、地獄のような二週間の始まりを告げていた。