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彗星の如く  作者: タロウ
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第10話 戦いの幕開け

翌朝、通学路。青野彗悟は、一緒に歩く友人・健司を呼び止めた。


「健司、昨日の話だけど」


「おう?」


「やっぱり、俺、空手部に顔出してきた」


「マジで!?」




色めき立つ健司に、彗悟は努めて冷静に、そして誠実に、昨日体験した事実を伝えた。




「で、試してきた。俺のジャンプは、やっぱりただのジャンプだった。あれを使って殴ろうとしても、赤ん坊みたいなパンチしか出ない。道場の奴らにも笑われたよ。だから、あれは喧嘩じゃ全く役に立たない。俺が保証する」




その言葉には、嘘やごまかしではない、「実感」がこもっていた。 健司は、彗悟の真剣な顔を見て、最初は少しがっかりしたような顔をしたが、やがて納得したように、照れ臭そうに頭を掻いた。




「…なんだ、そうだったのかよ。ちぇ、つまんねーの。でも、分かった。悪かったな、変に煽っちまって」


「いや…」




彗悟の胸から、ここ数日つかえていた大きな棘が、すっと抜けていった。 彼の最初の目的は、これで、完全に達成された。




その日の放課後。 彗悟は、更衣室で、竹村から渡された道着に袖を通していた。ゴワゴワとした分厚い生地は、ジャージとは全く違う重さで、彼の身体にのしかかる。 帯の締め方も分からず、栞奈に教えてもらいながら、なんとか形だけ整えて道場へと向かった。




彼の、空手部員としての初日が始まった。 しかし、その内容は、想像を絶するほど地味で、過酷だった。




「違う、腰が高い!」


「拳の握りが甘い!親指は外!」


「腕だけで突くな、腰で撃つの!」




栞奈の指導を受けながら、彗悟はひたすら基本の立ち方と、正拳突きを反復する。だが、彼の身体は、悲しいほどに言うことを聞かない。腰を回そうとすれば、軸がブレる。強く握ろうとすれば、肩に力が入る。




その、あまりに不格好な動きを、菊田 空が冷ややかな目で見ているのが分かった。その視線は、「だから言ったんだ。時間の無駄だと」と雄弁に語っていた。




練習が終わりに近づき、彗悟が自分の不甲斐なさに打ちひしがれていた、その時だった。 「全員整列!」 主将である竹村の声が、道場に響き渡った。弛緩しかけていた空気が、再び張り詰める。




竹村は、部員たちを見渡し、低い声で告げた。




「二週間後、県内屈指の強豪、王城おうじょう高校との練習試合が決まった」


「王城と!?」




部員たちの間に、激しいどよめきが走った。王城高校は、星流高校にとって、全国大会への道を阻む最大のライバル校の一つだ。


竹村が、試合の出場メンバーを発表していく。上級生の名前が順当に呼ばれ、誰もが頷く。 そして、一年生の部。部員たちの視線が、絶対的エースである菊田に集まった。




「一年は、二人出す。一人は、菊田」




当然だ、という空気が流れる。だが、竹村は言葉を続けた。彼の視線が、道場の隅で一人、所在なげにしている彗悟を、真っ直ぐに捉えた。




「――そして、もう一人は、お前だ。青野」




「は?」




彗悟の間の抜けた声が、静まり返った道場に響いた。 一瞬の沈黙。 そして、次の瞬間、道場は爆発した。




「嘘だろ!?」


「キャプテン、正気ですか!」


「あいつは今日入ったばかりのド素人ですよ!?」




栞奈でさえ、息を呑んで竹村を見つめている。


その喧騒の中、最も激烈な反応を示したのは、菊田だった。 彼は、信じられないといった表情で、竹村と、そして、まるでゴミでも見るかのような目で彗悟を睨みつけた。




「ふざけるな…ッ!」




エースの静かな、しかし怒りに満ちた声。 その声に、彗悟はただ、何が何だか分からないまま、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

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