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「木箱……?」

 手のひらサイズの簡素な木箱が無造作に地面に転がっていた。

 道の隅に置かれていて一見気づき辛いように思えるが、内壁から突き出ている岩でさえ青白い亀裂が走ってるのだ。光っていないもののほうが逆に目立つ。

 しゃがんで箱を拾ってみると、思ったよりも軽かった。

 振ってみると、カシャカシャ音がする。何か入ってそうだ。

 中は気になるけど、勝手に開けてもいいのかな?

 そんなことを考えてしまうが、ぼくが悩んでいる間に、斜めに持っていた箱は自重で勝手に開いてしまった。

「わっと」

 箱の中は藁が敷き積まれており、その上に白と紫を基調とした花の形の髪飾りが入っていた。

 大きな一輪の花に小さな花が鈴なりに咲いているデザインで、青い光に照らされて仄かに輝いているように見える。手にやっと収まるサイズの髪飾りは大きさの割に質素で落ち着いた印象を与える。

 髪飾りはピンで留められるようになっていて、金属のピンには青い飾り模様が入っていた。

 あこやもヘアピンは付けているけどこんな立派なのは持ってないだろう。

 いいお土産を見つけたな。

 ぼくは、開けるまでの逡巡など当に忘れて、花飾りを自分の拾得物のように考えていた。現金なものだと自分でも思った。

 

 少し進むと道が暗くなっているところがあった。

 青白い光の線がそこでぶっつりと途切れていて、この異様な空間の中にあってさらに際立った異質さを感じさせる。

 ここは後回しでもいいんじゃないかという考えが浮かんでしまうが、ここまで戻ってくるのにどれだけ時間が掛かるか分からない。

 覘くだけ覘いてさっさと戻ろう。そう考え、気合を入れて前に進んだ。

 

 慎重に近づいていくと、そこは下へ延びる階段のようだった。

 なんだ階段か、そう安心すると同時にボッと音を立てて階段の壁に付いていた松明が燃え始めた。

「わっ」

 驚いて後ずさる。

 センサーでも付いてるのだろうか。独りでに点いた松明の炎は階段の奥を照らしていく。

 松明の炎は洞窟の青白い光ではなく暖かなオレンジ色をしていて、後ずさったぼくの足を再び前へと進めさせた。

 階段前に着くと下の様子が薄っすらと窺えた。真っすぐに伸びた階段には等間隔に松明が灯っていて、奥には青白い床が見えたのだ。

 下にも同じような空間があるんだ。

 人工的な階段があるなんて、本当にここは何なんだろう?

 この不思議な場所への疑問は尽きないけれど、今はそれより階段を発見したことの方が重要だった。

 下への階段が作られているのなら上への階段も必ずある筈!

 脱出への気持ちに確かな希望が灯った。

 

 きっと外へ出られるはず、そんな気持ちだけでここまで歩いて来たけど、ずっと不安な気持ちでいっぱいだった。

 だからこの階段を発見した時、どれだけ勇気づけられたかわからない。

 階段を離れる時、ぼくの足取りは軽かった。

 

 

 進むたび、幾度となく球体に遭遇し、そのたびに撃退した。

 必勝法が分かったからと言って恐怖がなくなるわけではなく、毎回緊張しながら球体と対峙していた。

 白い靄に対しても同じで、大丈夫だと思ってもまたあの苦痛に苛まれるんじゃないかと毎回びくびくしていた。

 何度か石を投げて逃げ出したこともあったが、逃げ切れずに追いつかれてしまった。

 そんな時、花飾りを握っていると幾らか気持ちが和らいだ。


 何度目の時か、白い靄が身体に吸い込まれた時、電子音と共に【レベルが上がりました】という高音の綺麗な声が響いた。

 すぐに周囲を確認してみるが、人影などは見つからなかった。

 スピーカーの類も見つけられず、どこから声がするのだろうかと不思議に思った。


 レベルってなんのレベルだろう?

 そんなことを考えながら進んでいた時、ついにソレを見つけることができた。

「階段だ!」

 思わず壁から手を放し駆けだす。見覚えのある暖かな松明の色が見えたのだ。

 

 それは小さな階段だった。150程しかないぼくの身長でも屈まなければ進めないほどに天井が低い。

 ぼくは階段に手を付くと急いで登り始めた。

 階段の先は薄暗い。上った先にまた洞窟があるのかもしれない。

 そんなことを考えたくなくて、階段を見ながら登っていると、ゴンッと強かに頭を打ち付けてしまった。

「いったぁ~、なん、えっ!?」

 痛みに悶えながら頭を上げるとその先に階段はなく、行き止まりになっていた。

「なんで……」

 ここまで来て、行き止まりなんて。


 僕が絶望しかけた時、天井に触れた手がひやりと冷たい手触りなことに気が付いた。

 叩いてみるとコンコンと軽い音がする。

「もしかして、扉なの?」

 力を入れて押してみると、奥側から光が漏れる。

「外だ!」

 脱出できる喜びに、ぼくは全力で扉に力を籠めた。

 扉は重く、背中を支えに両手でぐっと押し込むことで少しずつ上に開いていった。

 途中まで開くと、ずるりと何かが滑る感覚がして扉が軽くなった。


 扉を開け切るとそこは物置のような部屋だった。

 いろんな物が所狭しと置いてあり足の踏み場もない。

 正面の壁にドアがあり、なぜか電気も点いてる。

 床の扉の方を見ると、いくつかの物が横倒しになっていた。

 これで扉が重かったんだな。

 それにしてもここ、見たことある気がする。どこだったっけ?

 思案顔で腕を組む。

 すると、聞き覚えのある声が聞こえた。

 ハッとして、正面のドアを凝視する。

 そうだ、ここは!

 ぼくはドアに向かって走り出した。

 ドアとの同線にある物がいくつか倒れてしまったが、そんなこと今は気にする余裕もない。

 ドアの向こうが少し騒がしくなる。

 なんとかドアまでたどり着くと思い切りドアを押し開けた。


「わあっ、なんだお兄ちゃんか」

 目の前にあこやが立っていた。

「あら、いつのまに、帰ってたの?」

「帰ってたんなら一言いなさい。遅いからそろそろ探しに行こうと思ってたんだぞ」 

 お母さんとお父さんもいる。

「もぉ、驚かさないでよ。急にバタバタ音がするんだもん」

「あこや……」

「うわ、ばっちい、泥だらけじゃん。そのまま近づかないでよ」

「…………」

「ねえ聞いてる…………なんかあったの?」

「うわぁぁぁぁ」

 帰ってこれたことの安心感と、家族に会えたことの嬉しさと、さっきまでの張りつめた気持ちからの解放感と、洞窟から出られた達成感と――諸々すべての気持ちが一気に押し寄せてきて、たまらず目の前にいた妹を抱きしめてしまった。 

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!キモいキモいキモい、抱き着くなぁぁぁ!」

 あこやが大暴れして「死ね!死ね!」と蹴りを入れてくるが、構わず抱きしめ続けているとその内蹴りは止んだ。

 この時あこやは相当困惑した表情で母さんを見ていたそうだが、その時のぼくには周りを見渡す余裕なんてなくて、ただ疲れ果てるまで泣き続けているだけだった。

 

 


 あの後、泣き止んだぼくは急に恥ずかしくなり2階の寝室に籠城した。布団を被ってしばらく丸くなっていたのだが、強い眠気に襲われそのまま寝てしまった。家族は心配してくれていたのに、悪いことをしたなと起きてからばつの悪い気持ちになった。

 翌日、みんなに謝って事情を説明した。と言っても全ての説明をしたわけでは無かった。

 物置部屋で洞窟の説明をしようとしたのだが、入り口が消えてしまっていたのだ。

 金属扉はあるのだが、その下は一段窪んで平らな土の床があるだけだった。

 この状況ではうまく説明ができる訳もなく、穴に落ちてしまって出られなかったという話を掻い摘んで説明するに留めた。

 あこやは、なんだそんなことかとバカにし始めたが、言葉とは裏腹にほっとしたような表情をしているように見えたので言い返すことはしなかった。得体の知れないものに襲われた、知らない人に話しかけられた、なんて言えば余計な心配をかけてしまうだけだとも思ったからだ。

 怪我はなかったかと心配してくれる両親に大丈夫と答える。不思議なことにあれだけ強く打ち付けたお尻や頭は痛くなく、顔にできたと思った擦り傷もほとんど目立たないほど小さい。

 帰る前に大穴の開いていた場所も確認しに行ったが、見つけることはできなかった。

 なんとなく穴は塞がっているんだろうなと想像がついていたのだが、まるで穴なんて初めから無かったかのような草地を見せられると少なからず動揺してしまう。

 ここまで何も残ってないと、昨日の出来事は夢だったんじゃないかとさえ思ってしまう。

 悪い夢だったんだと思って忘れてしまえばよかったのかもしれない。けど、昨日から入れっぱなしになっていたポケットの膨らみが、絶えず現実にあったことだとぼくに主張してくるのだ。

 

 ひどく怖い目にあったことは事実だったが、忘れるにしてはあの場所は少し綺麗すぎた。

 強烈なファーストインプレッションを与えたこの迷宮と呼ばれる地下構造物は、ぼくに様々なものを与え、そして奪っていった。

 当時の僕はそれを自分で選び取っていると思い込んでいたんだ。


 終わりへと続く、その道を。

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