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2-10

 錬金術は私にとって生きることそのものだった。

 生まれた時から私のそばにあり続け、そこにあるのが当たり前の物だった。

 息をするように器具を清め、手足を動かすように調合を行い、食事をするように錬成をした。

 

 野山を駆けて小霊を集めるのは楽しかった。

 錬成時の彩光を見るたびに心が躍った。

 新しい錬成法を見つけたときは、興奮して夜も眠れなかった。

 錬金術に果てはなく、私の心はいつも錬金術で満たされていた。

 

 そんな錬金術に傾倒した生活を送っていた私だったが、幸いにも錬金術の才能があったようで、錬成物を対価とし日々の糧を得ることができた。

 その世界では一廉(ひとかど)の人物として世間にも認められ、ひと時は一世を風靡したことさえあった。

 誰もが私の才能を恐れ、敬い、妬み、羨んだ。

 しかし、何人も私の世界を犯すことは出来なかった。

 なぜなら錬金術とは私の中で生まれ、私の中で巡り、私の中で実り、私の中で消えていく。

 すなわち私の錬金術(せかい)は私の中で完結していたのだ。

 ――していたはずだった。


 ある時を境に、どこか満たされない思いを抱くようになっていった。

 新しい小霊の処理法を見つけても、気持ちが上向かない。

 既存の理論から新たな可能性を見出しても、心に掛かる靄は晴れない。

 難解な錬成を成功させても、達成感を得ることさえない。

 あるのはただ空虚な自分だけだった。


 時を経るごとにその思いは強くなっていくばかりだった。

 満たされない思いは焦燥に変わり、激しい憤りを感じては周囲に当たり散らす日々。

 いつからか、錬金術も思うようにいかなくなっていた。


 

 なぜそうなってしまったのだろうか。

 いつだったか、あいつが言った一言が原因だったような―― ――










 僕はいつの間にか座り心地のいい木製の椅子に座っていた。

 窓から月明かりの差す暖かな木造の部屋の中。暖炉には赤々とした暖かな火が灯り、パチパチと薪の弾ける音と共に、外からは微かに風の音が聞こえた。

 目の前には白髪の老人がおり、ランプの明かりを頼りに何か作業をしているようだった。

 僕はその後ろ姿をぼんやりと見つめていた。


 

「違う、これじゃない……」

 老人は鬼気迫る様子で机に向かっていた。

「そうじゃない!こんなんじゃダメなんだ!!」

 頭を掻きむしり、実験器具を投げつけ、時折激しく机を叩く。

「なんでだ……どうして……」

 激情に駆られたように肩を怒らせる老人。けど、その背中はどこか寂しそうにも見えた。

 だからだろうか、声を掛けたくなってしまったのは。

 

「あの……」

「誰だ!!」

 振り返った老人は顔を真っ赤にさせていた。しわだらけの顔を醜く歪め、その眼光は炯々(けいけい)としていた。

 しかし、すぐその様相は崩れ、困惑した様子を見せ始める。

「なんだ!?どこから入ってきた?私の世界に……この完璧な空間に」

 老人はひどく狼狽え、今にも椅子から転げ落ちそうな様相を呈していた。

 だが、老人ではないけれど、僕も混乱していた。

 なんでこんなところにいるんだっけか?ええと、確か――。

「本を読んでたら、いつの間にか?」

「本だと!何をふざけたことを!ここをどこだと…………いや、そうだ、ワシは確かこの世界を書の形に折り込んで……」

 叫んでいたと思ったら、今度は急にぶつぶつと独り言を呟き始めた。

 世界を書の形に?

 う~ん、なるほど!ここはさっきまで読んでいた本の中の世界に違いない!

 ……ちょっと思考がファンタジーすぎるかな。

 

 

 僕は老人が何をしていたのか気になったので、俯いているのを良いことに素知らぬ顔で作業台に近づいた。

 作業台には見知らぬ器具が山ほどあり、透明な容器には様々の液体が入っていた。

 所狭しと並べられた得体の知れない物質や、見たこともない文字がびっしりと書かれたノートの山。

 それはまるで、一昔前の科学者のラボを想像したそのままの見た目だった。


「何を作っていたんですか?」

「うお!いつからそこにいた!勝手にワシの物に触るでない!」

 僕が勝手に持ち上げていたガラス瓶をひったくると、老人は僕を睨む。

「すみません」

「全く何なんだ!早く出て行ってくれ!錬金術の邪魔だ」

 老人は僕を部屋から追い出そうとしてくる。

 たしかに勝手に自分の部屋に人が入って来たら、誰でもこんな反応をするかもしれない。

 しかし老人は僕が聞き流すことのできない一言を言ってしまった。

「錬金術!?これが!」

「……なんだ、気になるのか」

 老人は口を尖らせて、僕の言葉に反応する。

「はい、僕、錬金術を学ぼうと思っていて」

「はん。お前のようなヒヨッ子ができるほど、錬金術は甘くはないぞ」

 老人は僕を鼻で笑う。

「そうですよね。それに僕、魔力がないようでして、錬金術のこと諦めようかと思ってて」

 諦め悪くこんなところまで来てしまったようだけど、これ以上粘っていても時間の無駄かもしれない。

 そんな諦めかけた僕の言葉を聞いて、老人はクワッと目を見開いた。

「なんだ!そんなことで諦めるのか!魔力がないからなんだ!それでだめだと言われたのか!バカバカしい。そんな頭の可笑しな者どものバカ理論に丸め込まれおって!錬金術をなんだと思ってるんだ!」

 なんだなんだ。急に怒り出したぞ。

 なにか、この老人の気に触る発言だったのかもしれない。

 唾を飛ばしながら捲し立てた後、老人は、「見ていろ、自身の魔力など使わずとも錬金術ができることを教えてやる!」と息巻いて宣言した。

 

 なんだかわからないけど、老人は錬金術を教えてくれるようだった。


 

 老人はテーブルに広げてあったものを、腕で邪魔くさそうに押しのけ、スペースを作る。

 それから、ガラクタの山みたいな所から、ひょいひょいと何かを取り出すとテーブルに乗せた。

「まずは簡単な奴からだ」

 

 老人は丸底フラスコと緑色の石を僕に見せつけるように持つ。

 

「これはデルパレイスと言われている苔の塊だ」

「石じゃないんですか」

「見た目で判断するな!」

 怒られてしまった。

 全く、と言って老人は僕の手に苔を乗せた。

「あ、たしかに硬いのに表面は柔らかい」

 苔なんてあまり触ったことないけど、苔だと言われればそんな気がしてくる触感だ。

「この苔は水辺を探せばよく落ちている。土の中で繁殖し、長い年月をかけて圧縮されたものが、川の流れで削られ地上に出てくる。この苔は圧縮される過程で周囲の魔力を取り込み、変質させ、苔と共に熟成される。苔内部の魔力の質や熟成度合いを見ればその土地の状態が分かるともされていて、魔法文明学者なんかは調査をする時真っ先にデルパレイスを調べるほどだ」

 デルパレイスという名の苔は、地質学的に価値のあるものなんだろう。

 だけど――

「僕の世界に、この苔はなさそうです」

 残念だけど、今から教えてくれる錬金術は、材料不足で僕には再現できない。

 僕はそう思ったが、老人の反応は違った。

「世界だぁ?そんなもの関係ない!たとえお前が異なる世界の者だろうと、ワシの本を読んでいるのならどこかで必ず繋がりはあるはずだ。そこを辿って手に入れろ!錬金術は小霊集めが基本だからな。死ぬ気で何とかしろ」

 言い方はきついけど、確かに老人の言っていることは一理ある。それが実現可能なことかは別として。

「そうかもしれませんね」

 お姉さん経由で輸入できないか後で聞いてみるかな。

 

 ところで、さっきから何度か出てきている小霊って言葉、なんでそんな言い方するんだろうか。 

「ところでなんですけど、なんで素材のことを小霊って言うんですか?」

「なんだ、そんなことも知らんのか!これだから最近の若いやつは。ちゃんと調べてから物を言え」

「……わるかったですね。これから勉強するところだったんです」

「は~、無知なものほど人に聞きたがるとはこのことか。呆れてモノも言えん」

 イラッ

 なんなんだこの爺さん。


「この世界はすべて何らかの精霊が関わっているとされる。岩や木や水、生命にもだ。だからこそ我々は小さな精霊と言ってそれを敬ってるんだ!わかったか能無し小僧!」

「……さいですか」

 説明はありがたいけど、ちょっとムカッと来たので言い返してやる。

「そんなに怒鳴りながら敬ってるって言われてもなぁ」

「なんだその態度は!次行くぞ!」

 老人は眉にしわを寄せながら講義を進める。

 

「これを水の張ったフラスコに入れ、加熱していく」

 またゴミ山からひょいと取り出したアルコールランプに火をつけ、三脚台の上に置いたフラスコを温める。


「温めている間に、草の処理だ」

 今度はミツバのような見た目の草を僕に渡してきた。

「この草はレィデージュという常緑種で、一年を通して採取できる。花は咲かないが、別名を万華草と言う」

「ばんかそう?花が咲かないのに」

「はん。葉の部分を透かして見ろ」

 またバカにしたように鼻を鳴らされた。

 僕はイラっとしながらも、言われるままに葉を月明かりに透かして見た。

 すると、葉の表面に花のような模様が浮かび上がった。

「わぁ、花が咲いてる」

「葉ごとに模様が違うから万の華と呼ばれている。微弱な強心作用を持つ小霊で、今回はその作用を抽出する必要がある。そこで」

 そういうと、老人はレィデージュを木製の板の上に乗せ、それから僕にナイフを渡してきた。

「細かく刻め」

「細かく、ですか」

「それぐらいできるだろ?ん?」

 

 急に仕事を押し付けてきたな。バカにして。

 教えてもらっているから文句はないんだけどさ。文句なんてないけどさ!

 

 ナイフを使うのは初めてだったけど、押し付けられたナイフは思いのほか握り心地がよかった。

 僕は包丁のようにナイフを持って、レィデージュをみじん切りにしていった。

「なんだ。うまいじゃないか」

 珍しく褒めてきたな。

「あなたは苦手そうですね」

「なんだその憎まれ口は!」


 レィデージュを玉ねぎのみじん切りサイズに切ってみたが、老人は首を振るのでもっと細かく刻んでいく。だいぶ細かくなってきたのでこれでどうだ、と老人を見ると、それで終わりなのか?といった顔をされた。

 ムカついて僕はほとんどペースト状になるまで叩きつけるようにナイフを動かした。

「やりすぎだ。もうほとんど汁になっとるじゃないか」

「ずっと見てたくせに、止めないあなたが悪いんですよ」

「なにを言うか!」

「ほんとのことでしょ!」

 言い合いをしている間に、フラスコの湯はいつの間にか沸騰していた。



「沸騰させることで苔同士の結束がほどけ、離れやすくなる。今度は、ほれ。これでかき混ぜろ」

 丸底フラスコを火から下すと、老人は今度は僕に木のスプーンを渡してきた。

 僕は熱くなっているからと渡された布でしっかりとフラスコを抑え、スプーンをデルパレイスに押し付けた。

 デルパレイスはスプーンが当たったところがぐにゃりとへこみ、強くかき混ぜると繊維がほどけて熱湯の中に優しく広がっていった。

「それが終われば後はもうすぐだ。熱いうちに刻んだレィデージュを入れる」

 老人はどこからともなく漏斗を出してきてフラスコの口に挿す。

「レィデージュは熱湯に入れると成分が揮発してしまうので本来は冷ましてから入れるんだが、この後熱いうちに形成作業をしなければならない都合上冷ます工程は省いている」

 僕は漏斗から漏れないように慎重にレィデージュをフラスコに入れながら老人の話を聞く。

「成分が揮発するなら、効果が薄まってしまいません?」

「問題ない。この後の作業で成分を変質させるから、元の成分がフラスコ内に残っていればそれでいい。だから入れ終わったらすぐにコルクで蓋をせい」

「はいはい」

「なんじゃその気のない返事は!これだから最近の若者は――」

「これだから説教臭い老人は」

「マネするでない!」

「は~い」


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