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2-7

 僕はカバンから素早く帽子を取り出して全力で顔を隠した。


 どうして!どうして江畑くんがここに!?

 家は商店街のある相林町とは別方向のはずなのに!

 休日だから遊びに出てきたのかもしれないけど、だとしてもタイミングが悪すぎる!

 というか、なんですぐにバレたんだ。

 メイクは完璧だって、誰にもバレないって言ってたのに!

 かづきちゃんの嘘つき!!

 

「おまえ、その恰好……」

 それだけ言うと、江畑くんは言葉に詰まったように何も言わなくなった。

 どうしよう。

 絶対引いちゃってるよ。

 どうしよう!どうしよう!

 何か言わないと、弁解しないと!

「あ、や、うぅ……」

 うまく言葉が出てこない。

 もう、どうしたらいいかわかんないよ。

 僕は涙目になって俯いていることしか出来なかった。


 だけど、それから直ぐ、江畑くんから耳を疑うような言葉が聞こえてきた。


 

「似合ってんな」

「――え」

 今なんて。

 似合って、る?

 言葉の意味が分からなくて、僕は少しだけ顔を上げ、帽子の縁から江畑くんの表情を伺った。

 目が合うと、江畑くんは笑った。

「かわいいよ」

「か、かわ////!?」

 僕の思考が一気に沸騰した。

 

「お待たせ~」

 そこでタイミングよく?かづきちゃんがたこ焼きを持って帰ってきた。

「ごめんね、思ったより並んでて…………」

 それから僕と江畑くんを順番に見て、あちゃぁといった表情をする。


 僕はかづきちゃんの後ろにさっと隠れた。

 かづきちゃんの後ろに隠れるなんて、まるで小さな子供のようだと思った。けど、今はそんなこと気にしてはいられなかった。

 恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだった。

 

 かづきちゃんはこの状況を見て少し思案すると、それから急に怪訝なそうな視線を江畑くんに向けた。

「あ、あの……」

 江畑くんが何か言おうとしていたが、かづきちゃんはそれを無視して後ろに隠れる僕を見た。

 それから唐突によくわからないことを言い出した。

「うきのちゃんの知り合い?」

「は?うきの!?」

 僕より先に、江畑くんが驚いた声を上げた。

 僕はそれを聞いて、ハッとして首を大きく横に振った。

「違うの?じゃぁナンパか」

「え、あ!いや!違います!」

 江畑くんは手と首を猛烈に横に振る。

「俺、なんか友達と勘違いしちゃったみたいで!」

「すごい。ナンパの常套句だ」

「違うんですって!ほんと、違います。ほんとすげぇ似てたんですよ、蒲生(あいつ)に」

「ふ~ん」

 かづきちゃんは、わざと険のある声を出しているようだった。

 ……よくもまぁ、この一瞬にここまで効果的な嘘をつけるものだ。

 本当に、よく頭が回る。

 今回は助かってるけど、これにいつも苦しめられていたんだなぁ。

 そう思うと、必死に誤解を解こうとしている江畑くんが少しかわいそうに思えてきた。

 

「……そういえばあいつ、妹がいるって」

 あれ、なんか勝手に勘違いしてくれている?

「何の話かな」

 かづきちゃんの攻撃的な声にビビりつつも、江畑くんは言葉を絞り出した。

「あの、もしかしてなんですけど、そっちの女の子……蒲生樹の妹さんですか」


 頼む当たってくれ!と言わんばかりの切実な目で僕を見る江畑くん。

 それを見たかづきちゃんは、ここが落としどころかな。そんな表情を僕に見せる。

 二人の表情を見て、僕は小さく頷いた。


「そっか、そうでしたか……」

 江畑くんは心底安心した様子を見せた。「焦った……マジでよかったぁ……」

「樹くんの友達だったんだ。なら早く言えばいいのに」

「すいません。気が動転してて。――あれ、でもこの子には蒲生って苗字を言ってたんですけど……」

「あぁ、うきのちゃんはシャイだからね。初対面の人とはうまく会話できないんだ」

「あ~、確かにまだまともに話したところ聞けてないです」

「病弱でね。あまり人付き合いをしてきてないんだ。許してやってね」

 よく舌が回る。

 かづきちゃんはどんどんうきの(ぼく)の勝手なプロフィールを作り上げていく。

「っていうか、どうして女の子を樹くんと間違えるかな」

「いや、だってあいつ、すげえかわいい顔してるんすよ。あなただって、って……あなたは樹のどんな知り合いっすか?」

「いとこ。香月 摩耶っていいます」

「あ、俺は江畑 凪です。あいつのクラスメートやってます」

 そうしてかづきちゃんと江畑くんは挨拶を交わした。



 江畑くんは去り際、怖がらせてごめんと僕に謝っていった。

 その紳士的な態度に罪悪感を覚えて、僕も騙してごめんと心の中で謝った。


 車の中でかづきちゃんは僕に何度も謝ってきた。

 知り合いに会う可能性を考えてもっと離れたところに行くべきだった。と、そんな内容だった。

 僕は窓の外を眺めながら、もういいよ。とだけ言った。




 その日の夜は眠れなかった。

 精神的には疲れたけど、肉体は全く疲れておらず、いやに目が冴えた。

 眠たくないのに布団を被っていると、余計なことばかり考えてしまう。今日会った出来事ばかり。

 恥ずかしくて、落ち着かなくて、悶々として。そして、だんだんイライラしてきた。

 かづきちゃんのせいで今日は散々な目にあった。

 女装させられて、カメラで撮られまくって、女性用の下着を着させられそうになって、挙句の果てに江畑くんに見られるなんて!

 他はいいとしても、友達にあの姿をみられるのだけは勘弁してほしい。

 今回はうまくごまかせたけど、もしバレてたら学校中の笑い物だ。

 学校中で白い目で見られて、クラスでハブられて、江畑くんたちとも疎遠になって、学校経由で親にもバレて、孤立して、学校に居場所がなくなって……そして最後に妹にこう言われるんだ。

 

『気持ち悪い』

 

 あー!眠れない!!

 僕はベッドを飛び起きると、剣と盾を持ってスライム狩りに出かけた。

「かづきちゃんのばかぁぁぁぁぁ!!」

 



 ♢♦♢♦

 



 翌日、江畑くんは時間ギリギリに学校へ登校してきた。

 バス乗り遅れちまって、と笑う江畑くんはいつも通りで、やっぱり昨日のことはうまく誤魔化せたようだとほっとした。


 休み時間になって、江畑くんは僕の机に寄ってきた。

 僕は授業の板書がまだ書き切れていなくて、急いでノートに書き写していた。

 最近髪が伸びてきて、板書を書き写すのに邪魔だった。

「蒲生ぉ、聞いてくれよ。昨日さ、商店街でお前のいも――」

 

 邪魔な髪を耳に掛けながら、僕は江畑くんを見上げた。

「なに?」

 その瞬間、江畑くんは固まった。


「え、どうしたの?」

「……いや、なんでも」

 江畑くんはそう言うと、自分の机に戻ってしまった。

 なんだったんだろ。


「凪、……それ、どういう表情?」

「うるせぇ」


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