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2-6

「好きなんでしょ。女の子の恰好するの」

 テーブルに頬杖を突きながら、かづきちゃんはそう聞いてくる。

「べっ別に好きじゃないよ!」

「別に隠さなくていいのに」

「隠してない!」

「じゃあ、どうしてスカート履いてたの?」

「いや、それは、その、って……もしかして見てたの!」

「うん。言ったでしょ。見ちゃったって」

「そんな……」

「あんなにうっとり自分の姿を見てたのに、好きじゃないなんて嘘だよ」

「あ、あああぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 恥ずかしすぎて、僕は近くにあったクッションに顔をうずめた。


 

 白状すると、僕はあの後も何度かこの服を着ていた。

 ダンジョンに潜らないにしても自分の体のことは知っておくべきだと思い、体を動かしていた時、青鎧剣術を出せないことに気が付いたのだ。

 原因が防具を身に着けていないことにあると直ぐに気が付いた僕は、実験のためだと自分に言い聞かせてスカートに足を通した。

 それから実験の後も、スカートを脱がずにそのまま少し過ごしてみたりして……。

 自分でもどういう気持ちなのかわからなくて、鏡で自分の姿を見ていたりしてたんだ。

 それを、目撃されていたなんて。


「だから今日は樹くんにプレゼントを用意してきたの」

 いつの間に持ってきたのか、かづきちゃんは紙袋をテーブルの上に乗せた。

「わたしのお古のなんだけど、似合いそうなものチョイスしてきたんだ……だから、ね」

 何を言いたいのか分かった僕は、即座に条件反射で否定した。

「着ないよ!絶対着ないから!」

「えぇ~。チョットだけ、ちょこっとだけだから」

「絶対嫌だ!」

 かづきちゃんは両手を合わせて頼んでくるが、こればっかりは譲れない。

 かづきちゃんのおさがりの服を着るなんて、意味が分からない!

 断固拒否だ!

「何があっても着ないからね!」

 自分のお古の服を従弟に着せようとするなんて、正気じゃない。

 かづきちゃんが何を考えてるのかわからない。


 僕があまりに強く拒否したからか、かづきちゃんはムスッとした表情でとんでもないことを言い始めた。

 

「………………あこやちゃんに言っちゃおうかな」ボソ

「それは!……あんまりだよ」

 あこやにバレたらどんな目に合うか!

 無視されるだけならいつものことだけど、あの冴えわたる毒舌で一体何を言われるか、想像するだけで恐ろしい。

 あの冷たい目で『気持ち悪い』とか言われたらと思うと……一生立ち直れない気がする。


「大丈夫、樹くんは自分の意志で着るわけじゃないんだから。わたしに脅されて、仕方なぁく着せられちゃうだけなんだから」

「…………しかたなく」

 

 このまま押し問答していても埒が明かないし、これでかづきちゃんが満足するなら、来てしまっても……。

 いや、人前でこんな……でも………………。


 僕の逡巡を好機と捉えたのか、かづきちゃんは紙袋と一緒に僕を隣の部屋に押し込んだ。

「ほら、早く着替えてきて」

「ちょ、ちょっと……」

 

 パタン

 扉の閉まる音が、耳元にいやに響いた。

 

「……はぁ」

 こうなったら、かづきちゃんが満足するまで付き合ってあげるしかない。

 僕は仕方なく、紙袋の中身を取り出した。

「こ、これ、着るの…………」

 






 

 

 着替え終わった僕を見て、かづきちゃんは歓喜の声を上げた。

「やっぱり!似合うと思ったんだ~」

「……似合ってないよ」

 僕は不貞腐れたようにそっぽを向く。

「まぁまぁ、こっちおいで」

 手招きされソファに座ると、かづきちゃんはカバンから化粧品を取り出した。

「ほら、顔出して」

「……はぁ」

 ここまで来たらしょうがない。僕は暫くの間、大人しくされるがままになっていた。

 

「ん~、よし!」

「……終わったの」

 なんだか唇がひりひりする。

「ばっちり。どんな仕上がりか見たいでしょ。鏡あるところに行こ」

「あ、ちょっと待って」

 かづきちゃんに手を引かれ、玄関前の姿見の前まで連れていかれた。

「ほら、自分の姿を見てごらんよ」

 全く、こんな服着せて、かづきちゃんはいったい何がした――――


 


 鏡の前には、白いワンピースを着た女の子が映っていた。

 ワンピースはうっすらピンク色をしたシンプルな形をしていて、肩出しのワンピースの上から青いカーディガンを羽織っている。

 靴下は花柄の可愛らしいデザインで、服全体が淡いパステルカラーのガーリィなファッションだった。

 華奢な手足、色白の肌、顔だけは真っ赤に染めて、とても驚いたような表情でこちらをじっと見つめていた。

 

 

「どう?とっても可愛いでしょ」


「……」

 言葉が出なかった。

 

 大きな瞳に、少しピンク色のぷっくりとした唇。髪はおでこを出すように可愛らしいヘアピンで留めてある。

 いつも鏡で見ている自分とは全く別の誰かがいるようで、僕は鏡から目が離せなかった。

 

 僕の隣に映る、鏡の中のかづきちゃんは満足そうに頷いて、それからこんなことを言った。

 

「それじゃあ、買い物行こっか」

 

 時刻は午前11時。

 休日は、まだ終わらない。





 ♢♦♢♦




 

「やっぱり……むりだよぉ」

「何言ってるのさ、ここまで来て」

 駐車場の片隅で、僕らはそんなやり取りを繰り返していた。

「こんな格好で外なんて出られるわけないよ!」

「じゃあ、どうしてこんなところまで付いて来たのさ」

「だって……」

 鏡の前で驚いている間に、かづきちゃんが勝手に僕を助手席に詰め込んだんじゃないか。

 流れるような積み込みからの運送は、ほとんど誘拐のようだとさえ思った。


 十分ほど押し問答をした後、かづきちゃんがしょうがないといった様子で折衷案を出してきた。


「全く、じゃぁこれならどう?」

 かづきちゃんは車のトランクからつばの広い帽子を取り出して僕の頭に乗せた。

「日焼け対策用の帽子。これなら少し顔が隠れるでしょ」

「こ、これなら……まぁ」

「ほら行くよ~」

「ま、まって、待ってってば!」

 かづきちゃんに手を引っ張られ、僕は車の外に連れ出された。


 

 駐車場を出た先は、商店街だった。

 日滝森からほど近い、相林町にある商店街。

 政令指定都市である那須乃坂市に近く、週末は街から来る人でにぎわう。

 

 近くにあるのは知っていたし、今度行ってみようってかづきちゃんと話していた所ではあるけど……こんな格好で来るとは思わなかった。

 僕は帽子を両手で握りしめながらかづきちゃんの後ろを歩いた。

「そんなにしてたら前見えないでしょ」

「そんなこと言ったって……」

 誰かに見られていないかと心配で、周りをきょろきょろ見回してしまう。

 商店街のアーケードは人通りも多く、人とすれ違うたびに男だとバレたんじゃないかと気持ちがざわめいて落ち着かない。

 まだ夏前の涼しい気候のはずなのに、僕はじっとりと嫌な汗をかいていた。

 

「そんなことしてると、逆に怪しまれるよ」

「う゛っ」

 確かに、はたから見たら僕はただの不審者だ。

 帽子を握りしめて挙動不審にしている人がいれば、僕でも見てしまうと思う。

 でも、だからと言って、辞められるわけでもなくて。

 僕は一層帽子を深くかぶった。

「もう」

 かづきちゃんは僕に向き直ると、帽子のつばを手でくいと上げ、僕の顔を覗き込む。

「だいじょうぶ。ちゃんと女の子だよ。自信もって」

「な!……」

 女の子という言葉に顔が熱くなる。

「普通にしてたら誰も君を男だとは見抜けないと思うよ。私のメイクも完璧だしね」

 それに、とかづきちゃんは続ける。

「君が思っているよりも、周りの人たちは君を見てはいないから」

 そう言うと、かづきちゃんは帽子のつばから手を放した。


 みんな自分のことばっかり

 最後にぼそりと、そう言った気がした。

 

 

 そうだろうか。

 誰だって、周りと違うものには目ざとく、排除しようとするものなのに。

 それに僕は……自分に自信なんて持てない。


「ほら、顔を上げなよ。せっかく商店街に来たんだから楽しまなくちゃ」

 また僕の手を引くかづきちゃん。

 そんな彼女の笑顔につられて、僕は自然と帽子から手を離していた。


 顔を上げると、商店街の情景が一気に僕の視界に飛び込んできた。

 色褪せた壁やさび付いた鉄柱、色とりどりの看板。にぎやかな呼び込みの声。道行く人たち。

 歩き去る人たちの顔を見ると、みな楽しそうに笑っていて、商品を眺めていたり、スマホを見ていたり。僕のことを気にしている人なんて誰もいなかった。

 それが、なんだか不思議だった。

 



 


「じゃあ、買ってくるから座って待ってて」

 かづきちゃんはそう言ってたこ焼きを買いに行った。

 

 ふぅ

 ベンチに腰掛けると、自然と吐息が漏れた。

 体はまったく疲れてないけど、精神的な面でどっと疲れた。

 あれから、商店街をまわっていろんな店に入った。

 クレープを食べたり、ゲームセンターでぬいぐるみを取ったり、小物やアクセサリーの店を見たりした。

 こんな時でも、かづきちゃんはいつも通り僕にちょっかいをかけてくるので疲れる。

 僕のことをしきりにカメラで取ろうとしてくるし、服屋でレディースの服を試着させられた時は恥ずかしくて死ぬかと思った。

 でも、いつもと違う視点で物を見ているような気がして、新鮮だった。


 もう気にする必要もないか。そう思い、帽子を脱いで肩掛けカバンにしまい込んだ。

 このカバンは、さっきかづきちゃんに(無理やり)買ってもらったものだ。

 

 晩春の朗らかな風を肌に感じて、少しだけ気が緩む。

 ペットボトルのお茶を飲みながら、僕はぼんやり道行く人を眺めた。

 僕の横を歩き去る人達は皆いろんな表情をしていて、見ていて飽きない。

 しばらくそうしていると、ふとその中の一人に目が留まった。

 短く切った栗色の髪に、見上げるほどの伸長。カーゴパンツにパーカーと緩い私服姿のその人は、ベンチに座る僕のすぐ近くを歩いていた。

 

 そして、その人と目が合う。


「が、蒲生!?……なのか」

「――なっ!!」


 なんで江畑くんが!

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