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「なんで」

 どうして江畑くんが家に?

 というか、どうして僕の家を知ってるんだろう。

 先生にでも聞いたのかな。

 それで、急に遊びに来たくなったとか――では無いよね。それなら一言連絡くらいはあるだろうし。

 それに、そんな雰囲気でもなさそうだ。

 インターホン越しに見える江畑くんの顔は真剣そのものだった。

 

「蒲生、居るか」

 インターホン越しに聞く声は、いつもより少し低く感じて、ドキリとした。

「……うん、ちょっとまってて」

 少しだけ玄関を開けたくないような後ろめたさを感じつつ、僕は玄関に向かった。

 

 扉を開けた先にいた江畑くんは、やっぱり固い表情をしていた。

「休日に押しかけて悪い」

「いや、大丈夫。暇してたから。それより……どうしたの」

 どうしたの、と聞いてはみたが、江畑くんが来た理由なんて聞かなくてもわかる。

 僕もずっと、それを考えてたんだから。

 

「あぁ、……蒲生に少し、聞きたいことがあってさ」

「聞きたいこと……」

 僕が想像していたのとは少し違った切り口で、江畑くんは話しだす。

「あの、な……」

 けど、そう言った後、会話は途切れてしまった。


 ……

 …………

「……立ち話もなんだし、中入りなよ」

 先に焦れてしまった僕は、仕切り直そうと話を振る。

 けど、江畑くんは(かぶり)を振った。

「いや、ここでいい」

「……そっか」

 僕の提案を断った江畑くんだったが、それがきっかけになったのか少しづつ話し出した。

「イトは直接聞く前に裏を取ったほうがいいとか言ってたんだけど、時間かかっちまってるし、その間ずっとお前とこんな関係でいるのも、嫌だからさ」

 裏を取る?急に何の話だろう。

 迂遠な言い回しでよくわからないけど、やっぱり僕が何かしちゃったのかもしれない。

 僕は緊張した面持ちで、次の言葉を待った。

 

 江畑くんは、たっぷり時間を置いた後、こう言った。



「蒲生、おまえ人を殺したことあるか?」

「へっ?」

 人を殺したこと?

 急に何の質問?

「そんなのあるわけないよ。なにその質問」

 僕がないない、と首を横に振っていると、江畑くんは真偽を確かめるようにじっと僕を見据えた。

 それから、深いため息を吐いた。

「まぁ、だよなぁ」

 

 僕が否定したことに安心したようで、江畑くんは訳を話してくれた。

「いやさ、先週からモリミツ学校に来てないじゃん。あいつ今なんかノイローゼみたいになっててさ、家に引きこもってんだよ」

「えっ、ノイローゼ?大丈夫なの」

「わからん。それで、なんかこの前の週末にお前が人を殺してたとか言っててさ」

「このまえの週末……」

 この前の週末といえば、ダンジョンから出られなくなってた日だな。

「それが妙に真に迫るような言い方でさ。俺もイトもマジかもしれないって若干信じちゃってたんだ。あいつ嘘つくようなタイプじゃないし」

「そうだったんだ」

 なんだ。

 そんなこと真に受けて、一週間も引きずってたんだ。

「僕はてっきり何か気に障るようなことしちゃったんじゃないかって思ってたよ」

「そうか、なんも言わなかったから誤解させちまってたんだな。悪かったよ」

「ううん。もういいよ」

 僕が怒らないのを見て、江畑くんはほっとした表情を見せた。

「そういってくれると助かる」


 よかった。

 一時はどうなることかと思ったけど、丸く収まってほっとしたよ。

「後はモリミツが心配だけど」

「あぁ、だな。後で誤解だったって説明してくるつもりだけど、すぐに良くなるかは分からないからなぁ」

 江畑くんの言う通り、精神的なものはすぐに良くならないことも多いらしい。

 一度思い込んでしまった事柄は、なかなか頭から離れないそうだし。そういった場合は元の精神状態に戻るまで時間がかかるって、保健体育で習ったな。

 

「でも、心配ないと思う。あいつ前にも同じような感じになってたことあるからさ」

「そうなんだ」

「あの時もちゃんと立ち直れたんだ。だから今回もきっと大丈夫」

「……そう」

 信頼してるんだな。

 ……モリミツと江畑くん、イトは幼馴染だというし、僕の知らない過去があったって別に驚くことでもない。

 けど、少しだけ寂しい気持ちになる。

 もっと仲良くなりたいな。

 

「ここまで来るの大変だったでしょ。上がって少し休んでいきなよ」

「……いや、止めとくよ。あいつのこと、気になるし」

「そっか……優しいね」

「別に、普通だろ。こんなこと」

 江畑くんはやめてくれ、というように手を振った。

 

 江畑くんはそういうけど、僕はそんなことないと思う。

 普通は、そんなに深く友達のことに関わろうとはしないから。

 友達とは言っても他人の事情だし、深く関わる勇気なんて皆んな持ってない。それに、最後まで関わり続ける根気も度胸もないから。

 自分では何もないなんて言うけど、こんなにもいいところを持っているのに。

 

「今日は暑いし、なにか飲み物だけでも飲んでいきなよ」

「ん~、そうだな。じゃ、なにか貰おうかな」

 そういって、江畑くんは僕の家へ足を踏み入れた。


 その時、途轍もない違和感が僕を襲った。

 それは強い衝撃を感じたというのではない。

 今まで感じていた何かが消えてしまった、と言ったほうが正しいだろう。

 肌に感じていた独特の気配。

 その感覚の正体を、僕は既に知っていた。

 

 ダンジョンの入り口が、閉じたのだ。






 







 §〈モリミツ〉



 

「じゃ、また来るからな。ちゃんと飯食えよ」

 扉越しに会話をしていた凪は、そう言って会話を切り上げ、帰っていった。

 

 トットットッ

 階段を下りていく足音が、静かな部屋の中に響く。

 カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中で、俺は布団に包まったままその音を聞いていた。


 情けない。

 どうして俺はいつもこうなんだ。


 俺は自分が恥ずかしくて堪らなかった。

 

 誰にも負けないくらい強い自分でいたい。そう思って生きてきた。

 華奢だった自分を変えようと、たくさん食べて体を大きくした。

 自己啓発本を読み漁り、常に自信のある溌剌とした自分でいることを心掛けた。

 日課の筋トレも欠かさず、強くなるため柔道部にも入った。

 

 だが、現状はどうだ。

 学校にも行かず、親に迷惑をかけ、心配してくれる友人にまともな言葉も掛けることが出来ない。

 勉強も何も手につかず、布団に包まり一日一日を無為に過ごしてる。

 どうにかしようと思いながらも、部屋から出ることさえできない。そんな理想とかけ離れた自分の姿が、たまらなく許せなくて、惨めな気持ちになった。


 モリミツは、震える指でドアの取っ手に触れようとした。

 だが、直前まで来ると、手の震えが激しくなり、発汗と激しい動悸が襲って来た。


 

 あの目だ。

 俺を見つめる、狂気に走ったあの瞳を思い出すたび、恐怖で体がすくむ。


「見るな。見るな見るなみるなみるな」


 あの目が、ドアの奥にあるんじゃないか。

 どこかで、まだ俺を見つめてるんじゃないか。そう思うだけで頭がどうにかなってしまいそうだ。


「見るな………………見るなよぉ……」

 俺は体を抱くように小さく丸くなることしかできなかった。







 

 コンコン


 不意にノックの音がした。

「だ、誰だ!」

 俺は驚いて大声を上げた。

 けれど、ドアの奥から返答は返ってなかった。

「誰だよ!なんとか言えよぉ!!」

 必死に怒鳴り声をあげて俺は平静を保とうとした。

 だけど、いくら叫んでも、扉の奥からは何の反応も帰ってこなかった。

         誰かがまた見ている

 確かにノックの音を聞いた。

 なのに、扉の奥からは息遣い一つ聞こえてこない。

   見つめている

「誰だって聞いてるだろ!」

 扉一枚隔てた向こうに、得体のしれないものがいる。

                   あの目が

「何なんだ……誰なんだよぉ……」

 それが、ただただ不気味だった。

 


 

 震える声が沈黙に完全に吸収され、耳鳴りがするほどの静寂が訪れた後、その人物は静かに言葉を発した。

 

「こんばんは。私はジェンティーレ・V・アルノルフィーニ。お困りのあなたにいい話を持ってきました」


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