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翌日、火曜日になった。
火曜日、そう今日は初めての部活の日。
僕は朝からうきうきで学校に向かった。
昨日、江畑くんも天文部に入部したことを知ったのでサプライズ的な嬉しさもあり、僕は鼻歌を歌いながら教室のドアを開いた。
教室内にはすでにイトと江畑くんの姿があり、僕は机にカバンを置いて二人の元へと近づいた。
「おはよう」
「お……おはよう」
「……おう」
ん?なんだろう。二人とも変な反応。
「どうかしたの」
「へ、いや、何でもないよ」
イトは両手と首を忙しなく横に振る。
「ん?……そう」
「き、今日は、早いんだな」
「いやぁ、今日初めての部活だと思うとそわそわしちゃってさ。いつもより早く起きちゃったんだよね」
「そうか……はは」
なんか、会話がぎこちない。
二人ともよそよそしい感じというか……。
昨日何かあったのかな。
昨日?
「そういえば、昨日はどうだったの?モリミツ、元気そうだった?」
「っ!あーー、そう元気。元気だったよ、な!」
「……あぁ」
なにやら必死そうに話を振るイトだったが、江畑くんは難しい顔でそっけない反応を返している。
「もう今にも走り出しそうな感じでさ、病人なのに寝かせとくのがやっとだったよ」
「それは、すごいね……」
寝かせとくのがやっとって、赤子のような扱われ方されてたのかな。
でもまぁ
「それなら安心だね。今日はこれそうかな」
「あ~、それは――」
「今日もこねぇよ」
江畑くんは、暗い表情でそうつぶやいた。
「えっ」
「そ、そうだったそうだった。潜伏期間っていうヤツがあるからさ」
「ん?……感染力が残ってるって言いたいの?」
「それそれ!」
「……そう」
なんなんだろう、このやり取り。
「なあ蒲生」
僕が訝しげに二人を見ていると、徐に江畑くんがこちらを向いた。
その表情があまりに真剣に見えて、僕はちょっと身構えてしまう。
「な、なに?」
「おまえ……」
「おい凪!いきなりそれは」
たしなめるように、イトは江畑くんの話を遮った。
江畑くんはイトを見たあと僕を見て、それから少しだけ目を泳がせた。
「……なんでもない」
それだけ言うと、また窓辺を向いてしまった。
なんだろう。僕なんかしちゃったかな。
朝礼以降も、僕らは一日似たようなやり取りを繰り返した。
休み時間や授業中、移動教室の時は二人とも廊下で何かひそひそと会話をしているのを見た。
僕はもどかしくて何度も訳を聞こうとしたが、うまく聞き出すきっかけがなく、時間だけが過ぎていった。
そして、そのまま放課後になった。
「では新入生の入部を祝して、かんぱい!」
「乾杯」
「か、かんぱい」
放課後、僕は天文部の新入生歓迎会の席についていた。
「いや~君が入ってくれてほんとに助かったよ。今年部員三人しかいなかったから、君ともう一人の一年が入ってくれなかったら廃部の危機だったんだよね」
パーティー用の三角帽子と付け髭を付けた女子生徒がそう話す。
「僕は廃部でも一向に構わなかったんだけどね」
隣にはぐるぐる眼鏡に付け鼻をした男子生徒が嘲笑的な笑みを浮かべている。
「部室がないと私たちの行き場がなくなっちゃうじゃない」
「ロクに活動もしてないくせに」
「ばっか!新入部員の前でそんなこと言わないでよ」
成り行きを見守っていると、何やら不穏なことを言い始める先輩方。
「あの……活動、してないんですか?」
「だ、ダイジョブダイジョブ。ちゃんとやってるわよ」
「今年からね」
「おだまり!」
今年から?と疑問を持つも、話しを聞くと今年から、顧問の先生が変わったのだという。
以前の先生は天体観測の知識があまりなかったそうで、部室は今年卒業して行った先輩方のたまり場になっていたのだそう。
今年から顧問の先生が向井先生に変わり、ようやくまともな部活動が四月から始まったということだった。
「ごめんね、不安な気持ちにさせて」
にこやかに謝る彼女は、それから陽気に自己紹介を始めた。
「改めまして、自己紹介!私は天文部部長の百瀬有希奈。動物を飼うのが趣味で家には6種類の生き物が住んでるよ。この学校は生き物飼ってないので仕方なく天文部に入りました。三年一組にいるので暇なときは遊びに来てね」
付け髭を外して自己紹介を始めた百瀬先輩は、とても凛々しい顔つきをしていた。顔を全体的にみると整っているのだけど、パーツ一つひとつが力強いというかなんというか……とにかく特徴的な顔をしている。背は僕よりやや高いほどで、顔に比べてすこし華奢な印象を受ける(僕の身長が低いと言いたいわけではない!)。
ちなみに先日江畑くんと部室に来た時に鍵だけ開いていたのは、この先輩がカギを開けっぱなしにして帰ってしまったからだという。部活動の長にしてははどこか抜けていそうな人だな。
「そして」
そういって百瀬先輩は隣でにこやかに座る男の先輩へ挨拶を促す。
先輩はぐるぐる眼鏡をはずすと、内側にもう一つ眼鏡を掛けていた。
「僕は永原うしお。永遠の永に野原の原、名前は今時珍しくひらがなで書くんだ。趣味は……読書かな。小説も読むけど、漫画もよく読む。最近のおすすめはアフターヌーソでやってるヒストリカル。古代ギリシャを舞台にした歴史ものなんだけど、昔の文献なんかを参照したりしていて、歴史的な角度の高い話なんだ。史実は史実として書きつつ文献として残されていない抜けの部分は作者のオリジナルとして書かれていてね。漫画としてのクオリティも素晴らしくて、これがなかなか読ませる。惜しむらくは作者が病気療養中で、休載していることなんだ。あんな面白い話が途中で止まっているなんて「うしお、脱線しすぎ」おっと、まぁ今度持ってくるから貸してあげよう。天文学は部活でほどほどにってぐらい。あとはおいおい知っていってくれるかな。よろしく」
これまた特徴的な人だ。
見た目はブラウンの髪に眼鏡をかけた真面目そうな顔。
マンガ好きなことがよくわかる、いい自己紹介だった。
「よろしくお願いします」
僕が挨拶をすると、部長の百瀬先輩はため息をつく。
「学年くらい言いなよ」
「高校二年。そんなの学年章を見ればわかるだろう」
「わかるとしても、それくらいは言っていいんじゃない。じゃなきゃ何のための紹介なのかわからないよ」
「そんなマナーはしらん」
百瀬先輩と永原先輩は学年が一つ違うようだけど、遠慮のない会話をしていて気の置けない間柄のようだった。
「もとの部員が三人って言ってましたけど」
「あぁ、もう一人はいわゆる幽霊部員ってやつだから気にしないで。殆ど会うこともないと思うから」
「そうなんですか」
「たまに来ることもあるじゃないか。名前くらい教えてやってもいいんじゃないか」
「あー、それもそうだね。水無月鏡って子なんだ。不思議な子だけど会うことがあったら仲良くしてあげて」
それから僕ももう一度自己紹介をした。
一通り挨拶が終わると、百瀬先輩はこれで終わりとばかりに手を叩き、テーブルに粗雑に置かれたお菓子類を僕のほうに寄せてくる。
「ささ、遠慮せず冷めないうちにお食べ」
「暖かい物なんてないだろう」
「いいの。こういうのは雰囲気がだいじなんだから、ね」
「はは……」
「苦笑いされてるぞ」
「だまらっしゃい!」
せっかく進められたので、近くにあったあの子の山を一つ口に放り込んだ。
「それにしても、もう一人の子も来ればよかったのに」
「用事なんだからしょうがないだろ」
「……」
今日は、江畑くんは部活に来ていなかった。
用事があるからと言って帰ってしまったけど、きっとどこかでイトと何かを話してるんだろう。
なんだかよくわからないまま放課後になって、雰囲気の悪いまま別れてしまったけど、なんであんな態度を取られていたのか、どれだけ考えてもわからなかった。
部活のことで浮かれすぎてたのかな。気づかないうちに、気に障ること言っちゃったんだ。きっと。
明日、謝らないとな。
他家の子の里を袋から取り出しながら窓の外を眺める。
天文部の部室はグラウンドの方を向いているようで、野球部の走り込む姿がよく見えた。
「……」
一緒に部活できるって、楽しみにしてたんだけどなぁ。




