1-33
漸くここまで来た。
ここまでくれば、あと一階層上にあがればいいだけ。
そうすれば出口まではすぐに行ける。
あともう少し、もう少し。
着実に進んでいるという実感が僕の歩幅を広くする。
このまま走り出したい気分だ。だが、焦りは禁物。
ここまでダンジョンをさ迷い歩いてきて、何度も死にそうな目にあってきた。そのたびにダンジョンは甘くないということを身に染みて感じてきたんだ。
今更焦って出口を探したりなんてしない。
それに、そうはさせてくれない相手が、直ぐ目の前にいるのだから。
「やっぱり来たな」
強敵、赤いスライムだ。
スライムは、僕が来るのを待ち構えるように道の中央に鎮座していた。
濁った瑪瑙のような色合いのスライムに、僕は剣を突き付ける。
「来い。以前との違いを見せてやる」
スライムは答えるようにふるふると体を震わせた。
僕らは互いに攻撃の体勢を取りつつ、ゆっくりと間合いを図る。
じりじりと少しづつ間合いを詰めてくるスライム。
僕もまた、焦れるようにすり足で近づいていく。
どちらが先に仕掛けるか。
すり足で進んでいた僕の足に、小石が触れ、コッと小さな音が響いた。
それを機に、僕は走り出した。
走り出した僕を牽制するように、スライムは体液を打ち出してくる。
それは以前は気にすることもできなかったが、一階にいる透明なスライムのような、やみくもな噴射ではなかった。打ち出す体液は球状になっており、小さく、まるで弾丸のようなスピードだった。
だが、そんなもの!
「牽制にすらなってない!」
僕は剣の腹で体液の球を叩きつけ、避けることなく突き進む。
あと数歩。このまま押し切る。
さらにスピードを上げるため、僕は足に力を入れた。
が、近づかれたスライムは、見たこともないほど体を思い切り凹ませた。
なんだ。何をしてくる。
「くっ」
何が来るかわからないので、迷いながらも盾を構え速度を落とした。
だが、僕が盾を構えきる数舜前、スライムから大量の体液の球が放射状に打ち出された。
こんな攻撃が!
まずい!この距離では避けきれない!
僕は意識して思考を加速させた。
水の球は広範囲に広がるように発射されている。
盾に身を寄せたところで、体全体を覆えるほど、この盾は大きくない。
くそ、勝負を急ぎすぎた。
今からでも距離をとるべきか。
迷っている間にも、体液の球は恐ろしい速さで僕との距離を縮めてきている。
くそっ!
迷った末、僕は回避することを選び、後方へ飛びながら、盾に隠れるよう小さく体を丸めた。
頭と胴は守れるようにと上体に盾を構えていたため、脚全体に突き刺すような痛みが走った。
「うっ!」
盾にも強い衝撃が波状に走り、僕は仰け反るように倒れてしまった。
「ぐっ、――――スライムは!」
体制を立て直しながらスライムを確認すると、すでにそこには居らず、まるで飛行機雲のように体液が空中に線を描いていた。
それをたどる様に僕の首は真上を向いていく。
「ちっ近――」
僕の顔の真上まで来ていたスライムは、さらなる攻撃のため体を凹ませていた。
やられる
「うわぁあぁ!」
僕は我武者羅に盾をスライムに叩きつけた。
途端に強い衝撃が盾越しに伝わり、弾かれるように腕ごと地面に叩きつけられる。
「あ……ぐっ……」
痛みと衝撃で頭が働かない。
早く、起き上がらないと。
体を起こそうとして、左腕が上がらないことに気づく。
さっきの衝撃で左腕が脱臼してしまったんだ。
激しい痛みに挫けそうになるが、このまま死ぬのだけはいやだと、歯を食いしばり体を起こす。
「うっ!……はぁ、はぁ」
すぐさまスライムを確認する。
すると、スライムは見る影もなく小さくなっていた。
戦闘前の四分の一ほどもないだろう。
しかし、その闘志はまだ消えていないように見える。
「ふぅ……ふぅ……お互い、ボロボロだね」
ふるふる
「……次で、決めようか」
ふるふる
僕は上がらない左腕を見て盾を諦め、右手のみで剣を構えた。
スライムはもう、体液を出し惜しんだりはしないだろう。
なら僕も、今出せる全力を振り絞るのみ。
「右手だけだけど……あの技、出せるかな……」
剣を強く握ると、それに応えるように剣身が輝きだした。
「……うん」
僕は体を半身に構え、足を広く取り、少し後ろ足に体重をかける。
剣は正面に構え、手首を上に捻る。
剣身が夜空に浮かぶ月のように、淡い光を辺りに散らす。
「それじゃ……行くよ」
僕の準備を待っていたかのように、スライムは完成させた最大級の球を僕めがけて打ち出した。
僕はそれを避けることはせず、冷静に剣先を球に向けた。
そして、口にする。
青鎧の剣の名を。
〈青鎧剣術 三之剣 ルピナス〉
一条の光が走った。
それは、煌めくような派手な光ではなく、まるでレーザーポインターを当てたかのような静かさで、すっと水球を貫いていった。
その先にいる、スライムの核もあやまたずに。
水球がはじけ辺りに飛び散った時には、すでにスライムは靄と消えていた。
【ピロリ】
【レベルが上がりました】
【熟練度が一定を超えたため、溶解耐性 中を獲得しました】
スライムを倒したのを見届けると、僕はその場に座り込んだ。
それから、僕は少しの間放心していた。
そうしていると、スライムを倒したという実感がじわじわと湧いてきた。
その気持ちがだんだん強くなってきて、いてもたってもいられなくなった僕は、今の気持ちを包み隠さず思いっきり叫んでみた。
「いや、赤いスライム強すぎでしょ~!!」
下に行くほどモンスターが強くなっていくものだとばかり思っていたけど、全然そんなことない!
「前はよく倒せたな、っていうか絶対死んでただろって思うぐらい強い!絶対おかしいよこれ!」
これゲームだったら絶対炎上してるよ。
「って、いたた……今になって痛くなってきた……」
痛みを訴えるのは下半身と左肩。
体液のついた皮膚を見てみると、少ししか爛れていないようだった。
溶解耐性のおかげか、レベルアップのおかげか……なんにしても助かった。
…………あっ。
そういえば、足を撃ち抜かれてたんだっけ…………。
「だいじょう――――――ぶっぽいね」
足には鈍い痛みが残っているけど、どこからも血が出ている所はなかった。
鈍い痛みのある場所は全てニーソ……靴下の生地の下だった。
「防弾性能もあるんだ」
さすがダンジョン製の防具だ。
安心感が違う。
あとは左腕だけど……。
左腕を見ると、肩から見事に脱臼していた。
ぷらんぷらんの状態だ。にもかかわらず、そこまで強い痛みはない。
こんな状態で痛くないなんて……ずいぶんと、痛みに強くなってしまったな。
む。
痛くないなら、アレできるかな。
むかし友達に借りて読んだ漫画で、脱臼した肩を自力で入れている人がいたんだよね。
たしか、拳を床につけて、伸ばした腕に体重をかけてたよな。
「ん~こうかな……あれ、もうちょっと強く……んん~~いたたたた!」
ゴキン
ふぅ、思ったより痛かった。
これは普通の人は絶対できないな。
さて、体の状態は問題ないとして、このスライムを相手にこれからどうやって進んでいこうか。




