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技の名を口にすると同時に、僕は剣を真横に振り抜いた。
すると、剣の切っ先をなぞるように絢爛と光り輝く力が前方に放たれた。
それは刃のような鋭さを模した三日月状の形を取り、前方のモンスターの茎を切り割いた。
放射状に広がる刃が切断するのはモンスターのみに留まらず、進行方向の綿毛さえすべて消滅させ、それでも止まらずダンジョンの壁に激突し激しい音と衝撃を発生させた。
後に残ったのは、刃の軌道上にぽっかりと浮かび上がった、何もない空間だけだった。
「…………」
構えを解いたあと、僕はしばらく放心していた。
剣を降り抜いたとき、どこか物悲しい感情が僕の中に流れてきた。
それは、胸を締め付けられるような激しい気持ちではなく、水面を揺らす波のような、淡く切ない感情だった。
この思いは、どこから流れてきたんだろう。
僕は強く握りしめていた剣を見つめた。
強大な光刃を放った剣身は、いまだ淡い光りを放ち続けていた。
しんみりとした気持ちで武具を眺めていると、自分の体が酷く痺れていたことを思い出した。
そういえば、まだ綿毛が舞いあがっている場所にいるんだった!
気が付いた頃には、体にベタベタと大量の綿毛がくっついてしまっていた。
「うわっ、すごい痺れてきた。しかもさっきの技、めっちゃ疲れる……立って、られない……」
こうして僕は倒れ伏し、モンスターの養分となりました。
めでたしめでたし。
……
めでたくはないね。
しばらくするとお姉さんの声が聞こえた。
【ピロり】
【熟練度が一定を超えたため、麻痺耐性 中を獲得しました】
体が動かせるようになってきた。
というか、いつの間にか麻痺耐性も持っていたんだな。
僕は今どれだけのスキルを持っているんだろう。
何か確かめるすべはないだろうか。
う~ん。
ゆっくり体を起こすと、腰につるしていた水筒(革袋)から水が溢れて、服がべちゃべちゃになっていた。
「はぁ、また汲みに戻らないと」
どうしてこうも、簡単に進ませてくれないんだろうか。
水を汲みに戻った後、僕は歩きながらスカートについた綿毛の種を一つひとつ丁寧に毟っていた。
……ずいぶん慣れてしまったものだ。
僕はスカートを履いていることを思い出し、何とも言えない気持ちになった。
いまでもスカートが腿を擦れる感覚を意識してしまうと少し恥ずかしい。
けど、戦闘時に大きく揺れたりするのはもう気にならなくなっていた。
戦闘に集中できるのはいいことなんだろうけど…………慣れてはいけないものを慣れてしまっているような、そんな疚しい気持ちになってしまう。
何よりも、スカートを履いていることを忘れてしまいそうになるという事実が、僕の心を当惑させた。
「……」
なんとはなしにスカートの裾を両手でひらひらと動かしてみる。
冷たい空気が股の下をすっと吹き抜け、ゾワッとした感覚に、無意識に足を閉じてしまう。
「……ぅ」
…………帰ったら真っ先に脱ごう。真っ先に。
そんな僕の心とは裏腹に、四階層の探索は順調に進んだ。
綿毛モンスター――命名痺れ綿玉――の討伐は、綿毛が飛んでいるのを見つけたところから全力で距離を詰める方法を採用した。
盾で綿毛の当たる個所を最小限に抑えれば、そこまで痺れることはない。
もう一度青鎧剣術を繰り出そうとしてみたのだが、技を出すまでの溜めが長く、痺れ綿玉に対して使うのは断念した。
ただ剣はすごぶる切れ味が良いので、わざわざ青鎧剣術を使わなくとも痺れ綿玉の茎ぐらいスパスパ切れてしまう。
茎からでる草の汁も、一払いすればほとんど刀身に残らない。
うっとりするような光沢に、見とれてしまうこともしばしば。
そうして、体感で二時間ほど進んだころ、三階層への階段を見つけた。
三階層に入ると、草はもうどこにも生えていなかった。
一階層と同じ、シンプルなダンジョンだった。
三階層の様子を見て、進むかどうか少しだけ悩んだが、水もまだ十分残っているので、このまま進むことにした。
水は十分残っているといったが、実際はほとんど飲んでいなかったりする。
あの不思議な玉を飲み込んでから、ぜんぜんお腹も空かないし喉も乾かないのだ。
それどころか、体の内側から気力が後からあとから溢れ出てくる。
さすが、隠し部屋に置かれていたものだけはある。
このいい状態のまま、行けるところまで行ってしまいたい。
「一階層に出られればすぐだから、実質あと二階層分上ればいいんだよね」
あと少し、あと少し。
自分に言い聞かせるように、一歩一歩歩いて行った。
三階層に出てきたモンスターは、お馴染みのスライムだった。
琥珀色をした透明なスライムだったが、いつものスライムより少しだけ見た目が違うようだった。
楕円形のいつもの形に、うねうねと自在に動く腕を付けていた。
そう、触腕だ。
触腕が二本、いや、そのスライムによって付いている本数が違う。
それを自在に動かすのだ。
触腕は伸ばせば伸ばすほど本体の体積は減っていくが、一・二階のスライムのような体液を噴射させる攻撃はしてこない。
自身の身を犠牲にする攻撃方法を克服した、まさに進化したスライムだった。
鞭のようにしならせれば力強い音が鳴り、触腕を壁にくっつければ体を引っ張るように高速移動する。
そんなスライムに苦戦しつつも、異様に切れ味のいい剣に助けられながら先へ進んだ。
触腕を切れば、切断面から体液が流れ出てくることはないが全体の体積は減る。触腕はあまり細くできないようで、体積が減れば、必然的に攻撃できる範囲も狭まる。
攻撃を見切りながら触腕を切断することにだけ集中すれば、一対一の戦いに置いて負ける要素はなかった。
スライムの体内に魔石が複数あることを見つけ、触腕の数と魔石の数が一致するという法則を見つけながら慎重に探索を続けた。そして、ほとんどの道を探索しつくした頃、ようやく二階への階段を見つけることができた。




