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試しに真ん中にあった黄色い玉を一つ取り出してみた。
ビー玉サイズのその玉は不透明で、大きさの割に重たい印象を受ける。
その玉を、僕は一息に飲み込んだ。
すると、飲み込んですぐ胃の中からぽかぽかするような温かさを感じた。
これで、どれくらい動けるだろうか。
【ピロリ】
【No.274 βレルゼンの摂取を確認しました ミッションコンプリート ナビゲーションを終了します】
僕が玉を飲み込むとすぐ、お姉さんは事務的な別れの言葉を残して消えていった。
「えっ!もう行っちゃうの!」
急なことに驚いてお姉さんに問いかける。
けれど、もうお姉さんの返事は返ってこなかった。
「もっと話したかったのに……」
僕は寂しさを覚えて、その場にしゃがみこんだ。
本当なら外へ繋がる階段までナビゲートしてほしかったのだが……きっとそれは無理なのだろうな。
いつも一方的に話かけてくることしかなかったのに、今回だけは僕の行動に介入してきたのだ。
きっと無理をしてここまで案内してくれたんだろう。
そのことだけでも、感謝をしないとね。
「ありがとう、お姉さん」
僕の感謝の言葉は、狭い部屋の中で反響して、ゆっくりと消えていった。
「あっ、名前聞きそびれちゃった」
五階層と判明した場所で水分補給をした後、隠し部屋へ戻りその日は就寝した。
翌日?驚くべきことに体がすごく軽かった。
今までの疲労が全て消えてしまったかのようで、全身どこも痛くなく、体を見回してみても傷らしきものさえ見当たらない。
あのクエンティン・タランティーノみたいな薬が、ここまで劇的な作用があるなんて驚きだ。
さすが革製の宝箱。他とは格が違う。
これならすぐにでも出発できそうだった。
起きてから、開けていなかった二つの宝箱も中を確認してみた。
一つは、以前見かけた見知らぬ硬貨が革袋に入っていた。ポケットに入れていた硬貨と見比べてみると、同じように木のようなレリーフが描かれているが、こちらのほうが少し大きく金貨のような見た目をしている。高価そうだし、これも一枚ポケットに入れることにした。
これで革袋水筒が二つになった。
もう一つの宝箱には、なんと武器が入っていた。
両刃の直剣とヒーターシールドと呼ばれそうな形の盾。
剣は刃渡りが僕の腕ほどの長さで、盾は胴体をすっぽり覆えるほどの大きさだった。
白みがかった金属に揃いの青い模様が描かれていて、盾の表面には青を基調とした精妙な紋章が描かれていた。
一目見て防具と同じシリーズの武器だと分かった僕は、嬉しさのあまりスカートを履いていることも忘れて思い切り飛び跳ね、スカートが捲れたことにしばらく羞恥心を感じていた。
剣の鞘には革製の肩掛けがついていて、右肩に掛けるようにして背中に背負うことができた。盾も同様に背中に背負えるようだった。
移動する準備を整え武器を背負うと、今までの暗澹とした気持ちがどこかへ行ってしまったかのように前向きな気持ちになれた。
気持ちの面でもずいぶんとお世話になってしまったな。
もう一度心の中でお姉さんに感謝をして、僕は四階層へ向けて歩き出した。
四階層は疎らに草が生えているだけでそれ以外はダンジョンの一階層と差異はなさそうだった。
地面は固いので矢印は掛けず、今回からまた右手法にて移動することにした。
しばらく歩くとダンジョン内に綿毛が舞いだしていることに気が付いた。
「きれい……」
白い綿毛は青白いダンジョンの光によく映えた。
地面に落ちているそれを、試しに一つ手に取ってみた。
綿毛の下に種が付いていて、タンポポの綿毛に形が似ていた。
けれど、よく見ると細部が少し違っており、種の部分は服に引っ付きやすい性質がありそうだった。
「ん、なんか手がピリピリする」
もしかすると、綿毛にはかぶれるような成分が付いているのかもしれない。
それから少し歩くと、綿毛を飛ばしている植物が見えた。
やはり見た目はタンポポのような姿をしていたが、タンポポよりもずっと大きい植物だった。
それが、何本も集団で群生している。
その植物が、風もないのに不自然に揺れて綿毛を飛ばしていた。
「どんな仕組みで茎を揺らしてるのかなぁ…………って、なんか綿毛の量が多く――わわっ!」
ってこれ、モンスターじゃないか!
タンポポのような植物は、僕という獲物が来たことを知り、熱心に茎を揺すり始めたのだ。
きっとこのモンスターは綿毛で痺れさせた獲物を養分にして育つ生き物なのだろう。
これは一歩引くか?と思ったが、ここまでの必勝法を思い、下がりかけた足を止めた。
いつの間にか加速し始めた思考を意識的に早め、僕は攻略法を考える。
現状は、すでにいくつかの綿毛に触れてしまっていて、体が痺れ始めている。
けど、まだ動けないほどの痺れは感じていない。
タンポポのモンスターは綿毛以外の攻撃法はなさそうに見える。
綿毛をどうにかすれば、倒すのは簡単そうだ。
しかし、本体の綿毛の量がとにかく多い。
大量に舞い上げて見える綿毛も、本体を見るとみっちり生えている綿毛の一割ほどしか減っていない。
綿毛をすべて消費させるのは、現実的ではなさそうだ。
モンスターの見えない位置から高速で接近して切りつける手もあるが、あのモンスターは僕が近づく前から綿毛を飛ばしていた。
何らかの方法で僕の位置がわかるのかもしれない。
であればやはり突撃あるのみか。
そこまで考えたころには、僕の体に付いた綿毛が倍ほどにまで増えていた。
服の上から付いた綿毛はチクチクとして、体の痺れも強くなってきている。
そんな時、お姉さんからのアナウンスが響いた。
【ピロリ】
【βレルゼンの吸収が完了しました これにより特殊能力値 闘気を獲得しました】
【条件を満たしたため 装備スキル アルガリアの青い花がアクティブになりました】
なんだか色々言ってくれているが、これ以上は考えてられない。
僕は背中に背負っていた剣と盾を取り出し、構える。
なんだろう。
剣だけでなく、盾まで構えると妙にしっくりくる。
不思議な感覚だ。
いつも木刀を両手で振り回していたのに、剣と盾の組み合わせは、まるで昔から使っていたかのような自然さだ。
半身に構え、ヒーターシールドを相手に突き出すように持つ。刀身は振りかぶるように左肩の後ろへ。
知らない構えだ。
なのに、なぜだか自然と体が動く。
この後の動きも、きっと体が知っている。
一面に青白い綿毛が舞う中で、僕は静かに剣を構える。
青い空間、青い盾、刀身さえもが青白く光る。
迸る光の奔流に飲み込まれながら、僕はその技の名を口にする。
〈青鎧剣術 一之剣 シノグロッサム〉




