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虹色の植物に近づくと植物は僕を認識したようで、花の重みで撓んでいた茎をぐぐっと起き上がらせた。
彼我の距離はだいたい三十メートルほど。
植物はその場にしっかりと根を張っているようで、動く気配はない。
「移動しそうもないのなら、攻撃は――」
花の先端が僕の方を向くと、先に空いた穴から物凄いスピードで黒い塊を打ち出してきた。
「遠距離っ!だよね!」
僕はそれを見切ると、最小限の動きでかわす。
「……見える」
物凄い速さに思えたが、黒い塊の軌道をしっかりと目で追うことができた。
それどころか、黒い塊の形状も具に観察することができたことに、僕は驚きを隠せずにいた。
「すごい……僕はどれだけレベルアップしたんだろう」
虹色の植物は僕が攻撃をかわしたのをみて、ふるふると体を震わせた。
それから連続で種を発射してきた。
そう、あれはおそらく種だ。
黒く尖った菱の種のような形をしている。
僕は飛んでくる種をかわしながらもう少し考察してみる。
種は様々な角度から発射させられるようだが、どれも直線的で緩急もない。近くに落ちた種を見てみるも、そこから新たなモンスターが生まれることもなく、触れても破裂したりはしないようだ。
あとはどれだけの種を打ち出せるかだけど……お?
しばらくかわしていると、虹色の植物は種を出さなくなった。
「これで終わりかな」
僕は油断なく植物モンスターへ近付くと、根っこから力を入れて引き抜いた。
植物モンスターはじたばたと動いていたが、間もなく動かなくなった。
「思ったより簡単だったな」
植物モンスターの茎を割いてみようと思ったが、思いのほか固く頑丈だった。
力を入れれば無理やり割くことはできそうだが、こんなところで体力を消耗するのは馬鹿らしいなと思い、植物モンスターの観察はやめることにした。
散らばった種をざっと数えてみると、およそ百粒ほどあった。
次の戦闘ではだいたい百発ほどを目安に戦えばいいな。
「よし、先進もう」
それから一度の戦闘も、宝箱もなく、すぐに階段を見つけることができた。
地面に矢印を書くことができたので、博打的に移動してみたことが功を奏したようだ。
そして驚くことに、階段のすぐ近くには水場があった。
壁の一部から水が染み出していて、それを受ける水瓶が半ば壁に埋まるようにくっついていたのだ。
それを見つけたとき、僕は興奮のあまり水質の安全性など気にせずに頭から水瓶に顔を突っ込んだ。
息をするのも忘れて水を飲み、腹がタプタプになるまで飲み続けた。
「ぷはぁ!生き返る!」
少し落ち着いてから改めて見てみると、水瓶は壁にくっつけてあるだけのようで壁との隙間から水が漏れていた。内部は壁面からの青い光できらきらと輝いて、澄んだきれいな水であることがわかる。
階段を上った先を覗いてみると、疎らにだが、まだ草が生えていた。
まだ、知らない場所だ。
僕はどこまで深く降りてしまったのだろう。
途方もない気持ちが沸き起こってくる。
「あと、どのくらい……あるのかな……」
水の確保が容易になったとはいえ、食料は無く、いまだ状況は予断を許さない。
少し休憩を取った後、すぐ上の階へ足を進めよう。そう考えながら僕は壁にもたれるように座り込んだ。
少しだけ、少しだけ……休憩…………。
気が付いたら、意識を失っていた。
どれくらい寝ていたんだろうか。
「……気持ち悪い」
体を動かそうとすると、ひどく怠い。
頭もあまり回っていない気がする。
起きなくちゃ。
そう思い、立ち上がろうと体に力を入れようとしたが、うまく力が入らなかった。
そのことに危機感を抱いた僕は、無理にでも体を動かそうと足に力を入れる。
「あっ」
しかし、支えがきかず前のめりに倒れこんでしまった。
水気を含んだ土が、べちゃりと頬を汚す。
「うぅ」
気持ちが悪い。胃酸で胃がキリキリと痛む。
苦しい。
「なんとか、しなくっちゃ……」
自分の足で出口まで歩かないことには、外に出られる可能性はない。
今は、誰も助けてくれないんだ。
だから早く立ち上がらなくちゃ。
うちへ帰るため、友人や家族とまた会うために、ここから脱出しないと。
そう思うのに、もう体が動いてくれなかった。
倒れ伏した地面からは、底冷えのするような冷たさを感じる。
もしこのままダンジョンから出られなかったら、このまま、一人で死んじゃうのかな。
死んだ後も、誰にも発見されずに、骨になっても、ずっと一人で…………。
そう思うと、ひどく心細い気持ちになった。
「うちへ帰りたい……」
横転した視界が涙で滲んでいく。
「このまま、死にたくない……」
まだ高校だって始まったばかりで、江畑君たちともまだ放課後に遊んだりしたこともない。
部活にも行きたいし、かづきちゃんともまた買い物に出かけたい。
学校も卒業して、将来のことだって……
「寂しい……」
一人は寂しい。
誰かに会いたい。
だれか……
「寂しいよ……おねえさん」
涙が目じりから零れ落ちた。
その時、ふいに聞きなれた電子音が耳元に響いた。
【ピロリ】
【ナビゲーション機能がアクティブになりました】
【五階層と四階層を繋ぐ連結通路内に非アクティブのフロアがあり、高エネルギーの経口摂取可能な物質が確認されます】
【現在のフロアは五階層です。ナビゲートを開始しますか?】
「…………おねえ、さん?」
話しかけてくれた、の?
おねぇさんが?
どうして……
お姉さんは、ずっと見ているだけなのかと思っていた。
こっちから話しかけても無視するし、スキルだとかなんだとか専門用語を多用してくるし、助けを求めた時だって、まったく取りあってくれなかった。
事務的な声で、淡々と……なのに。
「助けて、くれるの?」
【…………】
相変わらず、僕の質問には答えてくれない。
けどこの人の声はいつも、なぜだか僕に親しみを感じさせるんだ。
どこかなつかしさに似た、温かい気持ちを。
「ふふっ、あはは」
気づくと、僕は笑っていた。
「あはははは」
何が面白いのかもよくわからないけど、でも、なんだか可笑しいんだ。
【ナビゲートを開始しますか?】
お姉さんが、再度問いかけてくる。
けど、もう僕の答えは決まっている。
「お姉さん。案内、お願いします」
【ピロリ】
【ナビゲーションを開始します】
気持ちが軽くなったからか、先ほどまであった疼痛を今はあまり感じなかった。
体を起こす力も、いつの間にか戻ってきていた。
お姉さんが話しかけてくれたから、僕はもう少しだけ頑張れそうな気がする。
【現在目視で確認できる四階層への連結通「あっち、ちょっとまって、起き上がるまで待って!」ん段目の右側のか「待ってってば!」】




