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火炎放射器は、可燃性の液体を高圧ガスによって点火・噴射させる火炎兵器である。
その性質上、衣服に付着すれば繊維に染み込み、容易に引火する。
しかし、真に恐るべきは、塹壕や洞窟内などの密閉空間において使用された場合だ。
噴射された液体は壁や天井に当たり、跳ねるように周囲に燃え広がる。
その時、周囲の酸素を使用し燃え上がるため、塹壕内にいる人間は酸素欠乏を起こし窒息死するのだという。
そんなことを、ふと思い出した。
熱い!
熱い熱い熱い!熱い!!
体の表面が、全体が痛い!
呼吸をするたび喉が焼けるように痛い!
でも!まだ動ける!
火炎の噴射を認識したとき、僕は反射的に炎の軌道を見切ることができた。
しかし、軌道がわかっても、炎をよけられるほどの回避行動をあの咄嗟で行うことはできなかった。
なので僕は腕で顔を守りながら、なるべく炎の軌道からそれるように遠くへ飛んだ。
ゴロゴロと泥だらけになりながら回避し、体を起こすと、すでに周りは火の海になっていた。
「あつっ!!」
穴だらけのズボンが燃え上がっている。
回避しきれずに当たってしまったんだ。
僕は慌てて水たまりを探し、燃え上がる体ごと泥水に飛び込んだ。
体についた火を消している間、ちらりと視界の端で先ほどの植物モンスターの群れが、火から逃げ惑う姿を目にした。
「うっ」
頭がズキズキと痛む。
炎の中にいるからだろうか。頭以外にも体中がジリジリと痛む。
花のモンスターを確認すると、火の噴射を止めていて、こちらをじっと観察するように花弁を揺らしていた。
炎の熱でこっちに来られないのかもしれない。
……自分の火で?
そんな疑問も頭に浮かぶが、距離が開いている今は絶好のチャンスでもあると思考の優先順位を切り替える。
このまま逃げるか、それとも相手の出方を見るか。
…………少し頭がぼーっとする。さっきの炎のせいだろう。思考が妨げられるほどではないけど、今のまま戦うのはちょっと危険かもしれない。
今回は戦略的撤退か。
僕は逃げる選択をして――――足がもつれて倒れてしまった。
「あれっ」
すぐに立ち上がろうと手をつくも、激しく目が回るような感覚に陥り上手く立ち上がれない。
頭痛に、めまい。…………そうか、酸欠だ!
空気中の酸素濃度は、わずか数パーセント下がるだけで体に影響が出ると言われている。
十パーセントも下がると、めまいや吐き気、判断力の著しい低下が起こり、それ以上下がってしまうと意識喪失や痙攣を起こし、最悪死に至る。
低酸素状態のところに長くいれば、もし生き残っても、脳機能を損傷してしまう可能性だってある。
だから一刻も早くここから抜け出さないといけない。
けど、体は思うように動いてくれなかった。
僕は倒れたままでモンスターの位置だけでも把握しようと首を後ろに向ける。
花のモンスターは、僕が倒れたのを認識して、根をゆっくりと動かしこちらに移動してきた。
あのモンスター、こっちに来られなかったんじゃない。僕が倒れるのを待ってたんだ!
うっ、気持ち悪い。
首だけ後ろを向いていたから気持ち悪さがひどくなった。頭もぼーっとしてきてる。
このままじゃまずい。
僕はありったけの力を振り絞って、がむしゃらに地面を這って逃げた。
ぐっ、このまま死んでたまるか!
動け!僕の体!
まだ…………まだ!
「諦めて、たまるかぁぁぁああ!!!」
チカ――
左目の辺りが光ったかと思うと、体が少しだけ軽くなった。
【ピロリ】
【熟練度が一定を超えたため、熱耐性 中を獲得しました】
【熟練度が一定を超えたため、不屈を獲得しました】
体に力が入る。
いける!!
僕は勢いに乗って一気に立ち上がると、よろけながらも全力で足を動かした。
立ち上がったことで周りの様子が視界に入った。
ここの湿気のせいか、もう火はほとんど消えかかっていた。
火の熱で少し洞窟の奥から風が来ている。酸欠の症状が楽になったのは、この風のおかげかもしれない。
花のモンスターに視線を合わせると、こちらへ来る移動速度は倒れていた時と変わらず遅いようだった。
炎が強力な分、移動は遅いのだろう。
「このまま、逃げ切って、やる」
僕は慢心せず、疲れた体に活を入れる。
ギイイイィィィィィィ
花のモンスターは、このままでは僕に逃げられてしまうと悟ったのか、再度火炎を吐き出そうと準備を始めた。
モンスターとの距離はずいぶん離れていると思うのだが、この距離までも火が届くのかもしれない。
だとしたらまずい。
僕はすぐ近くにある十字路へ、全力で走った。
ボッ
と音がして通路が焼かれたのは、僕が十字通路の曲がり角に転がり込んだのと同時だった。
ぶわっと熱風が吹き付ける。が焼かれるような痛みはない。間一髪でよけられたようだ。
見ると、十字の交差路は火で溢れかえっていた。
「はぁ、はぁ」
ここもすぐ酸素が足りなくなる。
すぐに移動しないと。
僕は壁を支えに立ち上がると、小走りで移動を始めた。
十字路の先は、分かれ道もなく長い一本道が続いた。
途中、先ほどの火で歩くのにも支障が出るほど襤褸になってしまったズボンを脱ぎ捨てた。
ポケットに入れていた黄水晶の欠片は、ズボンが焼けたときに穴が開いてしまったようで、いつの間にか無くなっていた。
黒いインナーだけになってしまい少し恥ずかしいけど、誰に見られているわけでもないので、気にしないよう歩いた。
そう、あの火炎の中でもインナーはほとんどダメージを受けていなかったのだ。
さすが宝箱から出た布だ。耐火性能も抜群なのだろう。
それにしても、あの炎は魔法的なモノではないのだろうか。
下の階にいた時、水晶の出した火球では酸欠になんてならなかったのに。
あの時は、すぐに火の元から移動していたから何ともなかったのかもしれない。けど、酸素を使うなんて、あまりに現実的だ。
「やっぱり、魔法なんてないのかな」




