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植物に覆われたこの階層は、ほかの岩肌がむき出しの階層とは違う独特の様相を呈していた。
膝上まである植物をかき分けながら、慎重にダンジョンを進んでいるのだが、植物は歩くには邪魔なほど多く、時折水たまりを踏んでしまい思うように進めない。
植物が生えているのは地面だけではなく、壁から天井まで一面を覆うように伸びている。
壁から漏れ出る光は植物にあたり、ダンジョン全体が緑色に照らされている。
緑に光っているのは綺麗でいいのだけど、僕はあまり長くここには居たくなかった。なぜなら――
「……蒸暑い」
ものすごく暑いのだ。
しかもこの階層は水が多いようで、暑さの他に湿気も酷い。
肌の露出しているところには、玉のような水滴がびっしりと付いてしまっている。
湿気に混じった植物独特の臭気も漂ってくるし、水たまり以外の場所も地面がぬかるんでいて足はドロドロ。疲労と空腹もあり、気分は最悪だ。
でも、水があるのはありがたかった。
ここまでずっと飲まず食わずでいたので、ずっと喉が渇いていたのだ。
災害時などでは飲み水の確保が最優先だとよく耳にする。
図らずもここで水を見つけられたのは僥倖だった。
けど、さすがに水たまりに口をつけて飲むのは憚られたので、湿気で葉の隙間や岩の窪みに溜まった水を飲みながら、僕は先へ進んでいた。
さわさわ
「ん?」
何時ものように壁に沿って進んでいると、何か植物の擦れる音が聞こえたような気がした。
「風、は吹いてないよね」
気になったので、立ち止まって耳を澄ませてみた。
しんとした空気の中、聞こえてくるのは、湿気のせいで結露した水分が天井から滴る音。それ以外は何も聞こえない。
「…………はぁ、先すすも」
疲労からくる聞き間違いだろうかと思い、僕は先を急ぐことにした。
さわさわ さわさわ
「……やっぱり聞こえる」
しばらく進んでいると、だんだん音が大きくなっていることに気が付いた。
モンスターだ。
「付けられているのか」
後ろを振り返ってみると、音はピタリと止んだ。
動いている植物の葉はない。まだ見える位置には来ていないのだろう。
だが、おかしい。
「植物のモンスターだけじゃないのか?」
だとしたら厄介だ。
最初に見た桔梗の花ようなモンスターがいないか気にして歩いてきたが、植物の背丈より小さいモンスターがいるなら最悪接近に気づけない可能性がある。
どうしたものか。
僕は後ろを気にしながら、少しづつ前に進んだ。
今はそれしか出来なかったから。
進む度、さわさわと葉ずれの音が近づいてくるが、止まる度にぴたりと止む。
進む。さわさわ
止まる。――
進む。ざわざわ
止まる。――
「…………」
僕は試しに、後ろ向きで歩いてみた。
ゾワリとした。
目の前の、数メートル先の植物が動いていたのだ。それも、見える範囲全ての植物が。
「ひぃっ」
驚きと恐怖で足がすくんだ。すると植物たちもピタリと動きを止める。
僕は息をのむと、その場で動けなくなってしまった。
どうしようどうしようどうしよう。
音を立てないよう必死に考えるが、焦るといい案も出てこない。それが余計に焦りを生む。
理屈ではわかっているのに、上手く落ち着くことができない。
弱点……弱点をみつけないと。
焦るように頭を働かせていると、気づけば植物たちとの距離が縮まっていた。
音を立てずにゆっくりと移動してきたのだ。
「なんっ、あ」
やばい。
なるべく音を出さないようにしなく、ちゃ…………ん?音に反応?
…………。
考えている間に植物のモンスターは近づいてきている。
もう時間がない。やるだけやってみよう。
僕は音をたてないよう慎重に地面の土を掬うと、それを手で丸め植物のいる方に投げ落とした。
すると、バチャンと音を立てて落ちた場所に植物たちは一斉に群がり、一瞬にして蠢く緑の塊ができた。
キキキキキキキ
葉がすれただけでは絶対に出ないであろう不気味な音を立てて蠢動する植物たち。
軍隊アリを思わせるその光景に顔が引き攣りながらも、僕は賭けの成功を心の中で喜んだ。
植物たちは音で敵の位置を把握しているのだ。
しかし、植物たちの飛び付く動きが思った以上に速い。
逃げるにしても、もう少し距離を取らないと。
すかさず二、三個の玉を作り、植物の群れへ投げ入れる。
そのすべてに群がり、植物は緑の塊を形成する。
近づいていた植物の戦線は、これで一気に後退した。
このまま、もう少し距離をとって――
急いで泥玉を作っていたからか、形成が不十分な球が投げる直前に崩れ、足元の水たまりにバチャバチャと音を立てて落ちてしまった。
「あっ」
キッ
一瞬の間があった。
その後、僕と植物たちは同時に同じ方向へと走り出した。
「ああああぁぁぁぁ!!」
キキキキキキキキキキキキキ
一瞬にして距離を詰めてきた植物は僕の体に纏わりつくいてくる。
僕はそれをがむしゃらに引きはがしながら走る。
植物に引っ付かれていた場所が痛い。血が出ているかもしれない。でも確認している余裕なんてない!走らないと!
絶望的な状況に見えたが、少し走るとすぐに植物との間隔が空いたのを感じた。
後ろを振り返ると、植物集団は思ったよりも遠くにいた。
「はぁ、はぁ、逃げ切れた、か」
よく見ると植物の動きも鈍いように感じられた。
植物たちは瞬発力はあっても、持久力はないのかもしれない。
それでも、止まることなくこちらに移動してきているので、こちらも油断せず距離を取ろう。
「ふぅ、なんとかなりそうだな」
少し余裕ができたので、スピードを落としながら曲がり角を曲がる。
その先に、巨大な桔梗の花が咲いていた。
……どうしてこうも運がわるいかね。
ギイイイィィィィィ
花の中心にある雌しべの部分がパカリと開いたかと思うと、僕の体は炎に包まれた。




